魂鏡五九、影打ち
燈里は太刀を振るい、パンチでもキックでもいいから、一撃を入れようと腕や足を振り回す。
「はははっ、遅イ、遅イ!
ソレで戦っているツモリか?」
犬塚は左手の爪で【生太刀・影】を払いのけると、右手の爪で燈里の脇腹を切り裂く。
徐々に治っていた火傷の痕を引っ掻き回すような一撃は、激痛によって燈里をさがらせる。
「くそっ……」
「バカは知らないダロウガ、教えてヤロウ。
俺の『ムーンディスク』は北欧神話で語られるガルムという地獄の番犬ダ。
戦神と名高いテュール神を殺した幻獣ダ。
お前が戦神ヨリも強いならイイガナ……生憎と俺の知識に戦神より強い兎はいない!
諦めるんだな!」
犬塚はその黒犬マスクの口を開いて、またもや火炎放射を浴びせてくる、かと思えば、それは燈里の【生太刀・影】を使わせる囮で、横あいから爪の勇器で切りつけてくる。
燈里はそれを躱そうと、身体を捻るが、【生太刀・影】を振った後では、どうしても躱しきれない。
「痛っ……」
傷が増える。燈里のギョクトは勝手に傷を治してくれる上、特に何か代償があるようにも感じないのだが、如何せん、瞬時にとはいかない。
皮膚の焼け焦げがようやく治ったと思えば、今度は犬塚の爪であちこちが切り裂かれている。
犬塚の動きは戦神を殺したという伝承通り、洗練されたもので、右かと思えば左、左かと思えば下と、フェイントを織り交ぜた攻撃を繰り出してくる。
これもガルムの声によるものなのだろう。
ギョクトは燈里の知る限り、前世が女性? 女神? で、今世ではかぐや姫と関わりがある薬学に精通した兎で、昔は偉かったらしいという程度。
戦神に並べるかと問われれば、たぶん、無理と言わざるを得ない。
考えるに、このままではどうにもならない。
燈里は受けに回る。
燈里のがむしゃらな攻撃は当たらない。
せめて、犬塚の攻撃を躱すなり、受けるなりしなければ時間稼ぎすらままならないと思ったのだ。
「随分と消極的にナッタナ!
俺は狩りも得意ダゾ!」
犬塚は残忍な笑みを浮かべて、細かいフェイントを繰り出すのを辞めた。
命を刈り取る一撃。
それを狙ってか、随分と大振りな一撃が燈里の首元に迫る。
だが、その攻撃は途中で止まる。
「そこに斬撃を置いておいたんだよ……」
【生太刀・影】は見えない斬撃を置ける。
燈里は守勢に回った段階で、一本の斬撃を置いた。
【生太刀・影】は持ち主の荒魂を吸って、斬撃を生み出す。
元が魂であれば、燈里にだけ見える斬撃の罠になる。
だから、燈里は斬撃が残っている内はそちらに注意を払わなくて良くなった。
それが、犬塚には隙として映ったのだ。
ギャリギャリ……と、犬塚の爪が斬撃に当たる。
瞬間、燈里はその手首を蹴り上げた。
犬塚の手首が餅化する。搗き立ての柔らかい餅だ。
くにゃり、と犬塚の手首が重力に負けた。
痛みはない。痛みがないから、犬塚は混乱した。
蹴られ、弾かれた手首が落ちた。
「先生が細身で助かりました。高桑みたいなデカイのが相手だと、餅化してもそうはならないので……」
犬塚が落ちた左手首を押さえて、後退る。
「くっ……これが無力化の力か……」
「俺は餅化って呼んでますけどね」
「見えない斬撃の線と無力化の攻撃……瓜生が気にするだけはある。
だが、タネが分かれば、次はない!
お前だけは、ここできっちり落とさせてもらう!」
犬塚が残った右の爪を燈里に向ける。
「俺だって、先生を逃がす訳にはいかないですからね!」
燈里は斬撃の罠をいくつも置いた。
自身の荒魂を斬撃に変換する行為は、戦う気力を削ぐ行為でもある。
燈里は少しずつ自身の身体が重くなるのを感じる。
「見えないなら、見えるようにすればイイ!【ガルムの火】」
犬塚の火炎放射があちらこちらで、裁断される。。
それを見て、犬塚は飛び込んで来る。
「バカめ! 罠を張ったからと、油断シタナ!」
犬塚が、動きの鈍くなった燈里を見て言い放つ。
「違……うぐっ……ぐはっ」
燈里の心臓に情け容赦なくガルムの爪が突き立てられる。
燈里は吐血する。
それは賭けだった。
燈里の頭の中のギョクトの声が、犬塚の爪を身体で受け止めるしかないと囁いた気がした。
燈里はその声に従って、身体で受け止めたが、もちろん致命傷は避けるつもりだった。
しかし、爪は見事に心臓を貫いていた。
動きが鈍っているのを考慮していなかったからだ。
その結果の吐血である。
燈里は意識が飛びそうになるのを必死に堪えて、犬塚の腕に触ろうと左手を持ち上げた。
「おっと……それは危ナイナ……」
犬塚が触られては堪らないと、素早く爪を引き抜いた。
燈里の心臓から、噴水のように血が吹き出した。
犬塚の魔凱が真っ赤に染まる。
「血には、無力化の力は無いヨウダナ……」
犬塚は魔凱に餅化の兆候が無いのを見て取って、安堵する。
だが、次の瞬間、犬塚の魔凱から一斉に稲、粟、稗などの穀物が芽吹いた。
「ナンダコレは!」
犬塚は慌てて爪で穀物を切り裂く。
だが、切り裂かれた穀物は、すぐにまた伸びて来る。
「親器君臨【月玉の豊受】」
燈里の口から言葉が漏れる。
それは燈里の心臓の上くらいに光が集まって結実して、白い月見団子のようになって、燈里の胸の内へと収まった。
燈里の意識が戻る。傷が塞がる。
「やっべぇ……死んだかと思った!」
燈里が慌てて上体を起こす。
「死ンドッタワ、バカモノ!」
燈里の口が勝手に動く。
「ヤバッ……暴走……」
「暴走ナドセヌ。童ト我ハヒトツ身二フタツ御霊ナノダ。童が死ネバ我ガ、我ガ死ネバ童ガ御霊ヲ分ケルコトニ成ル。ソウイウ成リ立チナノダ……故二、死ハ無縁ト心セヨ!」
「無縁って、もしかして不死身?」
「残念ナガラナ……」
「いやいや、凄いじゃん!
これで犬塚に勝てる!」
「フン……」
「悪いっすね、先生。
俺、不死身らしいっすわ!」
燈里がドヤ顔で立ち上がる。
「フザケルな!
そんな理不尽があってタマルか!」
ブチブチと身体に生える穀物を引き抜きながら、犬塚が怒鳴った。
「それを言うなら、先生の戦神と対等な力だって、理不尽じゃないですか。
つまり、これって理不尽の押し付けあいでしょ。
なら、より理不尽な力を持っている方がラッキーってことですよね!」
燈里は、犬塚の顔に穀物が生えるのを待って、それから迫った。
犬塚には片手がない。
だから、穀物をどうにかするのを諦めて、視界の隙間に向かって爪を振るう。
燈里は【生太刀・影】を犬塚の右腕の上から振るった。
犬塚の爪は力を失い、燈里を切り裂くことなく下に落ちた。
「ぐきゃあああぁぁぁっ!」
犬塚は両腕を失った。
その時点で戦う気力を失ったのか、魔凱が解けて、ただの男に戻る。
「うっ……ぐぼぁっ!」
燈里はまた吐血した。
埋めたはずの胸の傷が、青紫色に変色している。
犬塚の爪は毒の爪だったのだ。
犬塚の変身が解けて、安堵した瞬間、全身の切り裂かれたが治った傷が青紫になって、燈里の全身を蝕んだのだ。
毒は血管を通って燈里の内臓を犯し、血に混じって吐き出される。
燈里の中の毒が消える頃には、燈里はカサカサになっていた。
「はぁ……はぁ……うっ……おえ゛え゛え゛え゛っ……これじゃ……死んだ方がマシだ……」
「無駄ダ、死ネヌ……ウッ……」
燈里の信号を辿って、下総班がそのビルの屋上に着いた時、両腕を失くして意識を飛ばした犬塚と、辺り一面に咲き乱れる青紫の穀物、そしてその中心に倒れるミイラのような燈里を発見したのだった。




