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魂鏡〈たまかがみ〉〜古代変身ディスクを宿せし者たち〜  作者: 月乃 そうま


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魂鏡五八、荒ぶる魂


 義己は粘つく霧が吹き飛ばせないと分かると、動きを止めた。


 迷宮だ。霧という名のここは迷宮だった。

 祝詞を使っての変身で、声を遠ざけているにも関わらず、義己の中のミノタウロスは、怒りと憎しみに満ちた叫びを上げる。

 彼は迷宮というものを知り尽くしている。

 それもそのはずで、ミノタウロスにとって、迷宮は自分の住処であり、世界の全てだった。

 ただひとつ、彼に分からないのは、出口の開け方だけで、どこに何があり、どこに誰が居て、どうすれば入口に誘い込めるのか、全ては彼の手のひらの上だったのだ。


 ただひとつ。それが無い。


 それだけで、父を、母を、世界を憎むには充分だ。


「うおおおおおおおおォォォォォォッ!」


 義己は慟哭した。

 怒りと憎しみの裏にあるのは、深い深い悲しみだ。


「『魔凱着奏』……」


 ミノタウロスと深く同調した義己は、祝詞による『魔凱着奏』を捨て、本来の『魔凱着奏』をした。

 まるで血涙の様に、目元から下に赤いラインが走る。

 本能が出口を探し求める。

 その本能が指し示したのは、巨人トロウルの位置だった。


 殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ……。


 ミノタウロスは戦斧を構えつつ、走る。

 粘つく霧がそれとなく向きを変えようとしてくるが、ミノタウロスの渇望は止まらない。

 見えている訳ではないが、ソレを感覚的に捉えているのだ。

 戦斧を大きく振りかぶると、渾身の力を込めて、振り下ろした。


「ブモオオオオオオオオォォォォォォッ!」


 世界よ、砕けろ、そう念じながらの一撃。


 巨人は何もしていなかった訳ではない。

 霧を見通す目はないが、誰がどこにいるかはレーダーのように理解していたのだ。

 ただ、止まっていたミノタウロスが動き出した時、一瞬で距離を詰められたのだ。

 走り出した時、あの猫人間のように方向を惑わされて、ぐるぐる回ると思っていた。

 ほんの瞬きの間に、愚直に真っ直ぐに移動した。

 少しの油断があったのは確かで、それでも気づいてこん棒を構えようとした。

 だが、間に合わなかった。

 こん棒を持つ腕が切り飛ばされて、宙を舞った。


「い゛びぃ!」


 巨人はあまりの痛みに尻もちをついた。

 一メートル以内に入って視認できるようになったミノタウロスがやけに大きく見えた。

 ミノタウロスは、もう一度、戦斧を振りかぶった。


 巨人は斬られていない方の腕を振り回した。

 たまたま、巨人にとっては運良く、それがミノタウロスの体勢を崩すようにクリーンヒットした。

 ミノタウロスの魔凱、その兜と目が合ったような気がした。


 怒りに染まる表情は見えないはずなのに、ソレが分かった。


 巨人は這う這うの体で逃げ出した。


 戦斧が今しがた巨人の居た場所の地面を穿つ。


「ひっ……い゛や゛っ……」


 巨人はその驚異的な再生能力で斬られた腕を生やすが、そのせいでバランスを崩してしまう。


「ブモオオオオオオオオォォォォォォッ!」


 ミノタウロスは、巨人が霧の中に隠れようとお構いなしに、それを追い、渾身の力で戦斧を振り下ろす。

 巨人がどうにか逃れられているのは、ミノタウロスが常に全力で戦斧を振りかぶって、振り下ろすため、微妙にタイムラグがあるからである。


 巨人は完全に戦意を喪失していた。

 妖精のこん棒が腕ごと切り離されたことで、霧は次第に力を失い、ゆっくりとだが晴れていく。

 もう数度、地面を叩いたら、今度こそミノタウロスが霧の中を探す間もなくなって、巨人は胴体ごと真っ二つになるだろう。


 巨人の斬られた腕が手首辺りまで生えた時、ついに逃げる間がなくなってしまった。


「ココカラ、出セエエエエエエッ!」


 巨人は自信が無に帰るということを想像して、何故、自分はここにいるのだろうと考えた。

 情熱的に国家の変革を語る犬塚先生が眩しかった。

 醜い化け物に変身した自分を、美しいのだと言ってくれた犬塚先生に恋をした。

 この人のためなら何でもできると思った。

 そのために誰かを傷つける事だって、厭わないのだと自分に言い聞かせた。

 でも、魔凱着奏のために無関係な人を殺すのは、躊躇ってしまった。

 それでも、犬塚先生は傍に置いてくれた。

 君は絶対に必要な人材になるのだからと、言われた時は有頂天だった。

 しかし、いざ死が目の前に迫った時、私はどうだろう?

 そう考えたら、全てが幻想だったのだと気がついてしまう。

 あの男に騙されていたのではないか、美しいだけをピックアップして、気持ちが通じたような気になっていたが、その前に生物学的に、とか言っていたような気もする。

 心が裏返っていく。

 死にたくない。そう思う。


 ガキンッ! 重い金属音が響いて、青龍偃月刀と戦斧が絡み合っていた。


「黒木! 周りを良く見ろ!

 霧は晴れた! ここは迷宮じゃないんだっ!」


「ヴ……ヴモ……あ、さぎ……」


「お前が暴走したと知ったら、望月が悲しむだろうがっ!」


「うぉっ……」


 龍人である莉緒が、義己を押し返す。

 一歩さがって、たたらを踏んだ義己の目の色が戻る。


「トーリ……トーリは?」


 義己が周囲を見回す。


「あれ? いないニャ……」


 霧の魔力から気がついた叶和がそう言った。


「ふぇ……ふえええええええん……死にたくない……死にたくないよぅ……」


 巨人トロウルだった恵子が、気が抜けたように裸のまま泣き出した。


「おわあっ!」


 義己が戦斧をほっぽり出して、自分の顔を手で覆って隠した。


「ちょ……見るな! 見るなよ、黒木!」


 思わず後ろを振り向いた浅黄が恵子を身体で隠す。


「りょ、りょ、了解!

 早くなんとかしてくれ!」


 霧が晴れたことで、ようやく下総班と高見班の面々が恐る恐る近づいて行くのだった。




 ところ変わって、狼男である外村と楢原ならはらと呼ばれたライオンと車輪と無数の足の異形もそろそろ決着がつく頃合いだった。

 見た目で言えば、お互いに満身創痍。

 外村は蹴られても蹴られても、その再生能力で相討ちを狙った。

 楢原の無数の足は大半が折られ、ちぎられ、獅子の顔にも拳がめり込んだ跡が残り、ボロボロだった。


「ぜぇー、ぜぇー……なかなかしぶといじゃないですか……」


「オ前モナ……ココマデヤルトハ……ダガ、随分ト再生二エネルギーヲ使ッテイルンジャナイカ?」


「ははっ……それでもお前一人くらい倒さないと、怒られるの嫌なんで……」


「怒ラレル? ソノ程度ノ想イデ、私二歯向カウト?

 片腹痛イワ!」


 楢原が車輪を回す。背中の車輪が回り、そこに連なる足が高速で回転する。

 ほとんどの足は折れ、ちぎれたが、まだ二本の足が車輪に残されている。

 走り出す足を足せば、楢原には四本の足が残されている。


「死ネ! 私ノ道ヲ邪魔スルナ!」


「ぜってえ、怒られたくないっす!

 怖さを知らないクセに、その程度とか、簡単に言われたくないんですよっ!」


 楢原の遠心力キックと外村の損害度外視パンチが激突する。

 そう思われたが、外村はキックに肩口から突進した。

 そして、パンチは楢原のめり込んだ顔面、そこにもう一度ねじ込むのだった。


「クッ……カハッ……蹂躙……」


「させないっすよ……」


 外村が左肩を奇妙に捻れさせて、そう言った。

 右腕だけが、はち切れんばかりに筋肉を怒張させている。

 それは、外村にとって、骨を切らせて骨を断つような行為だ。

 残ったエネルギーを全て右腕に集中させた結果。

 遠心力キックを根元に近い部分で受けたものの、そんなものは誤差の範囲でしかない。

 キックの衝撃は肩口から入って、外村の内臓をぐちゃぐちゃにしている。

 完全に後先を考えない捨て身殺法で、、外村は楢原を撃退したのだった。


 ダブルノックダウン。

 だが、それでも、白目を剥きそうになるのを堪えて、外村は立っていた。

 楢原は、二度の顔面パンチで変身が解けていく。


「フーッ、フーッ……うっ……ヤバ……暴走だけは……」


 外村の頭の中では、狼男が騒いでいた。


 腹ガ減ッタ……肉ガ食イタイ……再生二エネルギーガ必要ダ……。


 外村はなんとか堪えようとするが、今にも意識が飛びそうになっている。

 目の前には、楢原という肉の塊が、血を滴らせて倒れている。

 外村の魔凱が解けて、狼男の姿になった。

 狼男の鼻が、血臭を吸い込んで、牙を剥き出しにする。

 外村の意識は段々と遠のいていく……。


 視界が薄れ、このまま意識を手放せば、どれ程気持ちが良いだろうか、と誘惑が押し寄せる。

 途端、目の前が闇に覆われた。

 まだ外村は意識を手放してはいない。

 いない、はずだ。


「そこまでにしておけ……外村」


 急に眼前にしゃれこうべのドアップが映る。


「おわぁっ! ひ、ひ、ひ、左前さんっ!?」


 それは左前が『直居覚醒』した姿。

 死神だった。


「食ったら、殺す……。涎を垂らしても、殺す……。美味そうな眼で見ても、殺す……」


「く、食ってません! あわわわ、〈口元を拭う、じゅるり、とした音〉た、垂らしてません! み、見ません!」


 外村は慌てて視線を逸らしたのだった。


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