魂鏡五六、包囲網
セミナーが開かれるオフィスビルは、静かに『MD研究室』によって包囲されている。
基本的には左前班の左前がセミナーに潜入。
地下駐車場にて、セミナー主催者である『マナガルム』メンバーを電磁ネットランチャーにより確保。
もし、不慮の事故が起きて、取り逃しそうになっても、地下駐車場の出口を中心に周囲には、下総班、高見班が展開していて、確実に全員を捕らえられるように布陣している。
セミナーが休日開催ということもあって、高校生四人組も、今回の作戦に参加している。
高見班には、莉緒と叶和、下総班には義己と燈里が組み込まれて、それぞれに待機している。
「左前さんも『ムーンディスク』保持者って聞きましたけど、どんな『ムーンディスク』なんですか?」
燈里はやつれた四十絡みの下総班長に話題を振った。
セミナー前から待機しているものの、どうにも手持ち無沙汰で、暇なのだ。
「左前くんね。彼はちょっと特別なんだよ……」
「へぇ、特別って言うと、下根さんみたいな?」
「ああ、下根くんは知っているんだっけ。
彼の特別とはちょっと違うんだけどね。
下根くんは、『直居覚醒』しちゃうと巨大怪獣みたいなドラゴンになっちゃうだろ」
「え、そうなんですか?」
「ああ、それは知らなかったか。
うん、まあ、そうなんだ。ただ、そのせいで色々と辛い目に合ってるから、ここだけの話にしておいて欲しい。今の『魔凱着奏』まで、並々ならぬ努力があったから……」
「あ、そこら辺はなんとなくは聞いてます……」
下根の暴走によって、周囲に毒が撒かれ、それが今の政府の『浮島区ウイルス説』の元凶となった。
そのことは宇宙開発公団内では、語り草になっている。
「まあ、それで左前くんなんだけど、簡単に言えば、死神の『ムーンディスク』ってことになるのかな?」
「死神……」
「死神とか、めちゃくちゃ強そうっすね」
それまで、聞くともなしに聞いていた義己が、大きな鎌を振るマネをしながら話に入ってくる。
「まあ、強いよ。幽霊だから、物理攻撃は無効にできる……」
「おおっ……」
「敵対したら相手は死ぬしね……」
「やば、強っ!」
「ただし、手加減ができない」
「え?」
「左前くんの『ムーンディスク』は次元が違うんだよ。
攻撃と言っても、物理的な何かじゃないんだ。
魂を連れ去るって言うのかな……まあ、そうすると相手は死ぬんだそうだ」
「それって防ぎようがないんじゃないですか?」
「ああ、だから普段は『ムーンディスク』保持者が必要な場面は、ほとんど外村くんに任せてるね。
外村くんもちょっと暴走気味だけど、左前くんが命令するとちゃんと言う事聞くし……」
「上下関係で暴走が抑えられるんですか……」
何とも言えない表情で、燈里は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「いや、あれは群れのボスは左前くんって認識なんだと思うよ。
外村くんは狼の気質が色濃く出ちゃってるから……」
下総は、少しだけ苦い顔をした。
もしかすると、一度、外村と組んだことがあるのかもしれないと、燈里は思った。
そんな話をしていると、無線に緊急連絡が入ってくる。
左前班が二人、取り逃したという報告だった。
一人は身の丈三メートルある巨人に『直居覚醒』していて、もう一人は黒犬を模した魔凱を着けた幹部、犬塚信二だという話で、下総班長はやつれた顔に深い皺を刻んだ。
「『魔凱着奏』が一人か。すまないが黒木くん、頼むぞ……」
「うす!」
それから、下総班長は高見班に連絡して、連携を取れるように準備する。
地下駐車場の出口から、巨人が現れたのは、もう間もなくのことだった。
「義己っち、犬塚先生はよろ!」
巨人の後ろには黒い魔凱の犬塚が着いて来る。
「おう、『魔凱着奏』!」
義己は変身ブレスによる軽装鎧を選んだようだった。
細身の犬塚相手ならばスピード重視が良いという判断かもしれない。
燈里は少し考えて、『直居覚醒』を選んだ。
なんとなく、『魔凱着奏』はギョクトを無理やり起こす感じがして、避けた結果だった。
兎人間と雄牛の魔凱がトロウルと黒犬の魔凱の前に立ち塞がる。
犬塚が二人に向けて、言葉を発する。
「黒木と望月だな。
瓜生から聞いたぞ。覚えてるか? 犬塚だ」
「覚えてるもなにも、有名人ですよ、犬塚先生」
義己が油断なく構える横で、燈里が忖度なく答える。
「……まあ、俺が担当してたのは一年生の頃だしな、そういう反応でも仕方がないか。
だが、俺は覚えてるぞ。
二人とも特に熱心だったとは言わないが、ちゃんとノートを取るくらいには、俺の授業を聞いてくれていたと思ったが?」
犬塚の授業では月に一度、ノート提出が義務付けられていた。
普通に授業を受けていれば、全員がノートを取ることになる。
犬塚は義己と燈里を覚えていると言ったが、それも実際のところ怪しいものだった。
特に二人から反応がないので、犬塚は続けた。
「君たちはあれだろ。自分たちがやっていることが社会正義だと盲信しているんだろ?
『ムーンディスク』が何なのか、社会的な意義までは考えずに、大人たちにいいように使われている。
こんな戦いの場に駆り出されて、考える間もなく巻き込まれている。
そうじゃないか?」
「犬塚先生は『ムーンディスク』が何なのか分かるんですか?」
燈里が聞く。
「『ムーンディスク』は選ばれた者にだけ宿る、世界変革の兆しだよ。
人類は月を行き来できるようになって、ある一定の到達点まで来たんだ。
それはこのままでは、次の到達点までは行けないことを示唆している。
『ムーンディスク』が我々に齎されたのは、次の到達点に必要だからだ。
より良い社会。より優れた人類。より明るい明日のための淘汰と選別。
人は次のステージに上がることになるんだ!
つまり、君たちは選ばれた側なんだ。
それだと言うのに、何故、君たちはまだそちら側にいる?
よく考えてみることだ。
選ばれた側の者の責務というやつを……」
「義己っち、分かる?」
犬塚の演説じみた話を、燈里は義己に聞いた。
その義己の答えはと言うと。
「すまん、聞いてなかった……」
巨人はいつ動き出すのかと、義己はそちらの方に意識を持っていっていたらしい。
今も、燈里の言に端的に答えながらも、義己は油断なく構えている。
そんな義己に満足そうに頷いて、燈里は犬塚と向き合う。
「……だそうですよ」
「何故、分からない?
単純な話だ。
『ムーンディスク』に選ばれた人間と選ばれなかった人間がいる。
選ばれた人間にはこの世界を変革させる使命がある。
それだけの話だ!
望月、君は分かるだろう?」
「え、僕ですか!?
ん〜、先生の話って抽象的で、具体例がないじゃないですか。
最近の政治家だって、嘘でも具体的にこうするとか言うんで、先生はあまり政治家向きじゃないなあとは思います」
「なっ……」
犬塚は一瞬で頭に血が昇ったのか、二の句が継げない状態で燈里を指さした。
「あ、僕のこと、バカだと思ってますよね?
まあ、成績はたしかに下から数えた方が早いですけど、先生が聞こえのいい表面的な言葉で騙そうとしていることは分かりますよ。
本当に説得したかったら、目を見て話すと思うんで……」
魔凱を着けたままでは、決裂と同時に戦いますと言っているようなものだ。
「ふっ……ふははっ……なるほどな……たしかにそうか……瓜生にわざわざ頼んで説得の道を選んだが、瓜生は乗り気じゃなかった。
こういう部分を見越していたのかもな……。
だが、お前たちは俺の生徒だ。
俺の生徒である以上、簡単には見捨てないぞ!
生徒が間違えた方向に行くなら、ぶん殴ってでも止めるのが教師の役割だ!」
今度は、怒りや呆れではなく、強い意志を持って犬塚は燈里を指さした。
「やめてください……そういう時代錯誤な考え方をしているから、テロリズムなんて方法論に行くんじゃないですか?
テロじゃ世界は変わりませんよ」
「変わる。いや、変えてみせる!
そのためにも、今はお前たちを殴る!」
犬塚が一歩踏み出すと同時に、義己が前に出た。
「ようやく、出番だな!」
犬塚のパンチを受け止めて、義己がカウンターを返す。
犬塚はそれを避けて、犬塚と義己の攻防が始まった。
「犬塚ざんの、やざじざがなんでわがらないのお!」
それまで大人しくしていた巨人が動き出す。
「わわっ……」
燈里が慌てて巨人と対峙する。
丸太のような腕が燈里の近くのコンクリートを殴り壊す。
「結構、ヤバいかも……」
燈里が泣き言のように呟くのだった。




