魂鏡五三、モヤモヤ
昼休み。
明里は普段なら机を並べて弁当を食べるクラスメイトたちに、風紀委員で呼ばれていると言い訳して、こっそりその場を去った。
燈里も普段なら義己と購買でパンを買って、適当な所で食べるのが常だが、ちょっと予定があると言って義己と別れた。
学校の屋上は、現在、立ち入り禁止になっている。
おざなりに置かれた立ち入り禁止のコーンを、ひょいと避けて、屋上の扉を開ける。
教職員たちはまだ気付いていないことだが、屋上の扉の鍵は去年から壊れている。
誰かのいたずらのせいだが、生徒たちはこっそり下の学年に教えてやったりするのだ。
『魂降りの災禍』以来、学校に来る人の数が激減した今となっては、屋上は知る人ぞ知る、レアな昼食スポットと化している。
燈里は辺りを見回す。
明里が弁当を開いているだけで、他の生徒は見当たらない。
「ウッス……」
小さく声を発して、明里のとなりに座る。
買って来た飲み物とパンを脇に置いて、とりあえず、飲み物で口元を潤す。
それから、パンを取り出して、もそもそと食べ始める。
「栄養、偏りそ……」
明里はそう言って、自分の弁当の蓋を皿代わりに、ブロッコリーのチーズ焼きと人参の煮物を置いて、燈里に差し出す。
「卵焼きも一個」
「贅沢者め……はいはい……」
明里は卵焼きもひとつ置いた。
燈里はパンの合間に、おかずを摘む。
「明里の母ちゃんの卵焼きって美味いよな……」
「それ、私が作ってんの……」
「え、あ、そう……うん、まあ、合格じゃね?」
「……。」
無言の抗議。
燈里はすぐに頭を下げた。
「サーセン。美味いっす!」
明里は、よろしい、という風に頷く。
それから、口を開く。
「考えたんだけど……私の『ムーンディスク』と燈里の『ムーンディスク』は何らかの繋がりがある。
これが前提。オーケー?」
「オーケー。あんだけ魂鏡がお互いを認識してます的に話してるからな」
「それで燈里の『ムーンディスク』の名前は……ジュサンミ? ギョクト?」
「ちょっと待ってくれ……この前も俺の魂鏡が勝手に話し始めることがあって……たしかその時に直居教授が色々と書きとめてくれたメモがある……」
燈里はそう言って自分の携帯のメモ機能を呼び出す。
「ええと、ジュサンミ、ヤオウイン、タンショウ、ギョクトって名前らしい。
その時にカグヤとかナヨタケって単語も飛び出して、直居教授は竹取物語の『なよ竹のかぐや姫』と関係してると考察してて……俺の魂鏡は、かぐや姫が天皇様に送った手紙を届けたのが自分だって主張してたらしい」
「じゃあ、やっぱり私の『ムーンディスク』ってかぐや姫なのかな?」
「物語のかぐや姫とは、性格とか違いそうだけど……でも、朝の時は『ヤタノコンジ』だっけ? そんな名前で呼んでなかったか?」
「うーん……お爺さんが、かぐや姫って名付けたんじゃなかった?」
「つまり、月での名前が『ヤタノコンジ』?
なんか、月でのエピソードっていうか、俺の魂鏡の上司が、かぐや姫だったらしいことを言ってたって……」
「なんか話しぶりからして、たしかに私の方が立場が上っぽくはあるよね……」
「明里の『ムーンディスク』な」
「こまかっ……」
「いや、大事なことだろ。俺と明里の関係と、俺の魂鏡と明里の『ムーンディスク』の関係は別なんだから」
「はいはい……でもさ、なんか違和感があるっていうか……変な矛盾があるのよね……」
「矛盾?」
「私の『ムーンディスク』と燈里の『ムーンディスク』は地球にいた時間が違うみたいな言い方をしてたでしょ?
私のが、かぐや姫だとして、燈里のは入れ替わりで地球に来てる。でも、同じ月遺跡から出土されて、あの『魂降りの災禍』で私たちの中に入ったとしたら、あんな謳歌してたくせに、みたいな言動にならないんじゃないかなって……?」
燈里は一瞬、迷うような素振りを見せたが、わざと茶化すように白状した。
「正解! まあ、実を言えば、俺の魂鏡は、俺がまだ幼稚園くらいの時に俺の中に入ったんだ……。
い、いやあ、今でこそ大手を振って変身できるけど、ここまで結構、苦労したんだよね〜。
直居教授にだけは話したんだけど、いわば俺の魂鏡って地球産の『アースディスク』って感じでさ。
まあ、本来なら一生隠して生きていくのかなって思ってたんだけど、今なら皆、変身しちゃうしさ。
俺もやっちゃえーって感じでさ……」
「ま、待って、待って……じゃあ、今まで意気地無しのフリをしてたってこと?」
明里は、頑なに他人との争いを避けようとしてきた燈里を見て、意気地無し! と何度か詰ったことがあったのを思い出しながら言う。
「まあ、ほら、怪物がケンカに混じる訳にもいかないじゃん。
殺しちゃったら、ケンカじゃ済まないし……皆が変身できる訳でもないのに、俺だけ変身したら、実験動物行きって可能性もあるしさ……」
「うう……私、燈里のこと何回も、意気地無しって言ったよね……」
「そりゃ、意気地無しになるよ。
当時は誰にも言えなかったしね……だから、明里が、意気地無しって言うのは、当たり前だと思う」
「……事情も知らずにごめんなさい」
「いやいや、事情を知られたら実験動物なんだって……」
「だとしてもよ。だとしても、やっぱり、ごめんなさい……」
「おっけー。気持ちは受け取った。許す。
だから、もうそういう顔はなしにしようぜ!
それよりも、本題に戻ろう。
俺たちの魂鏡に関係があるとして、その俺たちが求めているであろうモノ、アレラってやつな……」
「……うん」
「これも、直居教授のメモにあったんだけど、竹取物語の五つの宝物。
たぶん、これのことじゃないかと思うんだ」
「でも、それってこの世にない物なんじゃないの?」
「でも、それらがあれば、魂鏡を取り除けるって……」
「本当にそれだけなのかな?」
「どういうこと?」
「だって、かぐや姫が宝物を探していた時って、『ムーンディスク』は月遺跡にあるでしょ。
たとえ、『アースディスク』が燈里のやつ以外にあったとしても、物語の脅威としては語られていないってことは、『ムーンディスク』を人体から取り外す以外の目的があると思った方が自然じゃない?」
「そっか……竹取物語の脅威といえば、月の神官?
宝物があれば、月の神官に対抗できるとか?」
「たぶん、そういうことなのかも?
やっぱり、『ムーンディスク』を取り外すだけの力じゃないってことだよね」
「でも、結局のところ、集めて調べてみないと、どういう物か分からないんじゃ、どうしようもないんだよなぁ」
「聞けばいいじゃん!」
「え? 直居教授?」
「違う、違う。自分の相棒に。
変身した時にお互いに聞いたっていいし。
まあ、私は上手く自分の意志じゃ変身できないけど……」
「ちゃんと答えるもんなのかな?」
「分からないけど、聞いてみてもいいんじゃないの?」
「まあ、そうか……」
燈里は言って、自分の腕に嵌る変身ブレスレットを見る。
なんとなく、対話できるような気もする。
口が勝手に動く気持ち悪さは、我慢するしかないだろうが。
今度、やってみるかと考えていると、昼休みが終わった。
お互いに進展があったら報告し合うことにして、二人は教室に戻るのだった。




