魂鏡五二、監視中
ピンポーン。明里の家のインターフォンが鳴らされる。
「明里ー。彼氏来たわよー!」「もう、彼氏じゃないってばあ!」「いいから、早く出てあげなさい!」「じゃあ、いってきます!」「はい、いってらっしゃい!」
ガチャリ、バタン。
明里はなんとなく乱れてしまったように感じる髪を手ぐしで直しながら言う。
「おはよう……」
一連のいつものやり取りが丸聞こえな燈里は、何と答えるべきか定まらないまま、「お、おう……」とだけ答えた。
数瞬の気まずい沈黙。
だが、それも喉元過ぎればナントヤラだ。
明里はコンビニに寄って、竹井先生に渡す食料を調達する。
「すご……朝練する時間よりも食ってる時間のが長そう……」
まさか、人ひとり匿っていることなど知らない燈里は、その量に絶句する。
「はあ? べ、別に一人で食べる訳じゃないし!」
「なあ、お前、浅黄と藍沢からATMってあだ名つけられたりしてないよな?」
「わたしゃいじめられっ子か!
違うわよ、持ち回りで今日は私の番ってだけよ!」
「はあー、それにしても気合い入ってんだな。
ドカ食い気絶部だっけ?」
「剣道部よ」
「やっぱ、大会の時なんかはカレーの消費量、パない感じ?」
「飲み物じゃねーわ!
そもそも、ウチの学校からだと個人戦しか出られない……どころか、今じゃ大会すら出られないしね……」
急に明里の表情が暗くなる。
「お、おう……すまん……」
「別に。どっちにしろ出られるようになったところで、『ムーンディスク』保持者部門みたいなのを新設してもらわないと、不公平になっちゃうしね。
それに、大会で成績残したくてやるって言うより、自己鍛錬が目的だからね。
練習できるだけで、ありがたや、なのよ」
「ふーん、そんなもんかねぇ……」
「普段から身体動かしてない燈里に言っても、分かんないでしょうけどね」
「たしかに……。でも、剣道部ってなんかお前らの居場所なんだろうなって感じは分かるよ」
「はっはっはっ、義己ちゃんのとなりを居場所にしている燈里にも、分かるのかしらね?」
「バッカお前、義己っちのとなりほどお気楽な居場所なんてないんだって。
余計な気は使わなくていい。暇になったら相手してもらえる。食の好みは合うし、お互いの趣味にとやかく言わない、最高だろ!」
「彼氏、彼女か!」
「あ、それな。
たまに考える時あるわ」
「あるんだ……」
「これで義己っちがもう少し小さくて、可愛くて、女の子だったらなあって……」
「燈里……現実に目を向けなよ……」
「失礼な。別に彼女いらないとか言ってないだろ!」
「いや、その嫌味だらけの性格で、彼女とか。
ちゃんちゃら可笑しくて、笑えるんですけどー?」
「ほっとけ!
俺だってなあ、本気出せば彼女のひとりやふたり、簡単にできるから!
そういう明里こそ、浮いた話のひとつも聞きませんけどー?」
「私はね、いつか白馬の王子様が……」
「ああ、居るとイイネ、白馬の王子様……って、白馬に乗ってねえのかよ!
それじゃあ、白馬の『ムーンディスク』保持者になっちゃうじゃん!」
「ちょ……ほら、またすーぐそうやって、揚げ足取って!
ニュアンスで分かるでしょ、ニュアンスで!」
明里が燈里に苛立ちをぶつけようと、鞄を振り回す。
「おっと、危ない。自分が不利になると、そうやって暴力に訴えるの、良くないと思います!」
「それは私を怒らせる人が悪いと思います!」
ぶんぶん、と振り回される鞄を避ける燈里と、なんとかぶつけてやりたい明里。
二人はじゃれ合いながら通学路を歩く。
「あ、そういえばさ……その後、どうなん?」
「どうって……ああ、『ムーンディスク』?」
「うん。発現してなくても、頭の中で声が響くとかあったりする?」
「ううん、ない、かな?
あ、でも、一回変な夢は見たかも……まあ、夢だと関係ないか」
「いや、俺も変な夢でメッセージが来てたとかあるから、あながち無関係とは言いきれないかもよ」
「そうなの? ……いや、でも変な夢だから、関係ないと思う」
「まあ、せっかくだから聞かせてみぃよ。
笑わんから」
「ええ!? でも、ホントに恥ずかしいやつだよ。
燈里に笑われるのヤだなぁ」
「笑わないって。
いちおう、これも任務だから」
「むぅ……笑ったら許さないからね!」
「当然です!」
燈里はなるべく真面目な顔を作って頷く。
仕方ないか、と明里はひとつ息を変えた。
「なんか……自分が、かぐや姫になって、夜中に月を見上げてるの……」
「かぐや姫……」
燈里は「お姫様でございますか……」と茶化してやりたくなったが、そこをグッと我慢する。
「でもね、胸の内にあるのは郷愁とか羨望じゃなくて、ムカムカとイライラと、侮蔑っていうのかな……とにかく、めっちゃ怒ってるの。
それで、勝ち誇ってるの……」
「ドヤ顔のかぐや姫とか、イメージが……」
「だよね。贖罪のために月から来て、月に帰るかぐや姫がそんな顔するのかなって?
だから、たぶん関係ない夢かなって」
「スル……アノ御方ハ、絶対ニソウイウ顔ヲシマス!」
「え?」
「あれ?」
燈里は慌てて自分の口を塞ぐ。
「今、なんて?
もう一度、聞カセテミヤレ……ん?」
今度は明里が口を塞ぐ。
「アノ御方ニ罪ノ意識ヲ求メルノガ間違イト言ウモノ。
ソモソモ、罪トテワザト犯シテ、流刑ヲ望マレタノデス!
ソレグライノ性悪デスカラナ!」
「言ウニコトカイテ、性悪トナ。
誰ニ向カッテ、ソノ様ナ口ヲ……イッソ人気きゃらくたあニ成レルヨウニ、ソノ口ヲ縫イツケテクレヨウカ……」
「みっふぃ……マ、マママ、マサカ……」
「久シイノ……ジュサンミ……」
「ヤ、ヤタノコンジノ君……」
二人の口が勝手に会話をしていた。
「コレダケノ時ガアッタノダ、アレラハ見ツケテイヨウナ?」
「何ヲ仰イマスカ!
時ノ帝ニ、煮テ食オウカ、焼イテ食オウカト、脅サレ、ソレカラモ散々ニ石持テ追ワレ……死ヌヨウナ目ニ合ワサレ……ドレダケ苦労ヲ重ネタカ……」
「死ナヌジャロウガ、ワヌシハ!」
「死ナズトモ痛イノハ嫌デゴザイマス!」
「ナント、ナレバアレラモ探サズ、コノ世ヲ謳歌シタダケト申スカ!」
「謳歌!? 人世ト成リシ、コノ地デ謳歌デキルノハ、人ニ化ケルカ、ヤタノコンジノ君ノ様ニ、翼ヲ隠セル者ダケニ御座イマス!
我ガコノ地デ謳歌デキルトオ思イカ?」
「サリトテ、善キモ悪キモ、混沌タルガコノ世ナレバ、悪キダケデハ、アルマイテ。
善キコトガ無カッタトハ、イワサヌゾ!」
「ヴッ……シ、シカシナガラ……」
「ヨイ……」
「ハッ?」
「モウ、ヨイッ! ジュサンミナラバ、ギョクトナラバト目ヲカケタ、ワレノ目ガ曇ッテイタノジャ……」
「ナッ……!?」
「コウナレバ、今ト、始メルヨリアルマイ!
シカシ、ワガぱあとなあノ器デハ、ワガ御魂ガオオキ過ギテ、長ク起キラレヌ。
オヌシノ愚痴ヲ聞クノモ飽イタ……。
シバシ、寝ル……」
「オ、オォー、ヤタノコンジノ君!
ナンタル言イ草! モウ我ハジュサンミニアリマセヌ!
唯ノギョクトニ御座イマスゾッ!」
「ハジメカラ、ギョクトニ頼ンデオル!
命デナク、ワガママニ願ッタマデヨ……フワァー……」
「グッ……寝マスルカ?」
「ウム、寝ル……」
「願イマスルカ?」
「ウム。願ウ……ムニャムニャ……」
「クウッ……クチ惜シヤ……言イ負クルカ……」
はた、と自我を取り戻した明里が、燈里の中の魂鏡は何者だろうと見つめる。
すると、こちらも暴走が収まったのだろう燈里が、同じように明里を見つめる。
きせずして、二人は見つめあってしまうが、それは決して熱っぽい感じにならず、探り合う視線のぶつかりになる。
「……ねえ、どこかで話し合いが必要だと思うんだけど?」
「たしかに……このままだとモヤモヤするしな……」
二人は昼休みに屋上で話し合いの場を持つことにして、この場は学校に向かうのだった。




