魂鏡五一、『も』
『MD研究室』のバンが、とあるマンションの前で止まる。
梅木萌の自宅は高層マンションの十二階にある。
バンから出てきたのは、三人。
左前班、班長の左前と外村、案内役の莉緒だけだ。
「大人数で行って、警戒されるのも困る。
俺と外村、浅黄の三人でいい」
左前は生気のなさそうな声でそう言って、他の実務員を残した。
「班長、もう少し愛想良くして下さいよ。
ただでさえ、目つきが悪くて、怖がられやすいんですから……」
外村が左前に軽口を叩く。
「それは外村がやれ。
俺にはできん」
左前はそっぽを向いて、そう言うと外村の後ろに回った。
左前なりに気を使った結果なのだろう。
仕方なく外村はセールスマンのような笑顔を浮かべて、マンション入口のインターフォンの前に立つ。
莉緒は外村を押して、インターフォンの前から外すと、自分が映るようにして部屋番号のインターフォンを押した。
「……はい」
落ち着いた女性の声が答えた。
「あの、梅木さんのご自宅ですよね。
私、萌さんのクラスメイトで浅黄莉緒と言います。
萌さんはご在宅ですか?」
「萌の?
少し待って下さいね」
しばらくして、どうぞとエントランスの鍵が開かれる。
莉緒たちは十二階まで上がった。
改めて玄関の扉をノックすると、母親らしき人物が扉を開けた。
左前班長が、身分証を見せる。同時に足は扉が閉められないように扉の内側に差し込まれている。
「宇宙開発公団、MD研究室の左前です。
萌さんにお話を聞きに上がりました」
「え? あの……」
「すいませんね。萌さんのお友達の藤井くんが『マナガルム』を名乗って暴れちゃったせいで、彼のことを聞きたくて来させてもらったんですよ」
「すいません。萌ちゃんとお話させてもらえませんか?」
「大成くんが……それはどういう?」
「それが知りたくて来たんです」
半ば強引に押し入ろうとする左前に、母親は体を使って防波堤になろうとする。
押し問答を止めたのは、誰あろう『萌』本人だった。
「お母さん。大丈夫、入ってもらって……。
すみませんが、私の部屋で……」
スウェットにパーカーという部屋着姿で、萌は自分の部屋に案内する。
「浅黄、先に話を聞いておいてくれ。
我々はお母様に説明がある」
左前はそんなことを言って、莉緒だけを萌の部屋に入れる。
莉緒は、もしかして気を使ってくれたのだろうか、と思いながら、素直にそれに従った。
「そっか、莉緒ちゃんはMD研究室でバイトしてるんだっけ……」
萌と二人きりの部屋で、莉緒は多少、気まずい思いをしながらも対面に座った。
「うん。藤井くんのことは知ってる?」
「今の、ってことだよね。
……うん。知ってる」
「萌は、どこまで関わってるの?」
「藤井くんからさ……誘われたの……それで、犬塚先生と話して、連絡先を交換したの。
私にはちょっと難しい話だったけど、『ムーンディスク』保持者がこれから生きていくには、必要な過程なんだって。
正直、良く分からないんだけどさ……藤井くんが、一緒に生きようって。
ちょっと嬉しかったんだ……」
「……うん」
「でも、たぶん、私のことを見て言ってくれた訳じゃないのかも……って、だけど、嬉しかったからさ……着いて行っちゃおうか、なんて……危ないことしてるんだよね?」
「……そうだね」
「怪我したんでしょ」
「そう聞いてる」
「はぁ……なんで、大成だったかなぁ……」
「理由なんて、いらないから、藤井くんだったんでしょ」
「あぁ、そういうことかぁ。
本当はさ。危ないことやめてって言いたかった……でも、言えないの……分かる?」
「……想像はできる、かな?」
「まあ、莉緒なら言っちゃうもんね」
「言う? 言うのかな?
言わないこともあるかも……まあ、殴りはするかもだけど……」
「今、誰のこと想像したの?」
「え?」
萌に言われて、莉緒は途端に顔が火照る。
莉緒のために、命がけで戦って、命がけで莉緒を回復したアイツ……でも、アイツは明里のだから、想っちゃいけない。いや、想うだけならいいのかな……等とぐるぐるした気持ちが渦巻いて、慌てて気持ちを打ち消した。
なんとか頭から追い払おうとしていると、萌は優しく微笑んでいた。
「いいよ。まだ、しまっておいて。
こんな時代になっちゃったんだもん。
正しいことも正しくないことも、私は正しいことにしちゃったけど、莉緒もちゃんと考えて結論を出した方がいいよ」
それは、時代のせいにするべきことではなかったが、莉緒も時代のせいにすることにした。
いつの世も恋だの、愛だのは理不尽で、だからこそ自分のためにそれらは理不尽に扱われるべきものなのだ。
「ふふ……そっか。莉緒が気になる人なんて、初めてじゃない?」
「え……いや、別に初めてじゃないけど……」
「うん、今はいいよ。ちゃんと考えてから、聞かせて。
それと、これが犬塚先生の連絡先……」
言って、萌は自分の携帯にある犬塚の連絡先を莉緒の携帯に落とした。
そこには、『次回、日曜セミナー』、と住所まで書いてある。
とある貸しオフィスビルの会議室でそれはあるようだった。
「私は、大成のこと止められないから、莉緒に任せる。
あいつ、頭でっかちで独りよがりなところあるから、誰かがガツンとやらないと、分からないんだ。
だから……よろしく!」
萌は涙ぐみながらも笑って言った。
「萌……分かった。萌の分まで、私がガツンと言ってやるね!」
莉緒がそう決意を口にしたところで、遠慮がちに萌の部屋の扉がノックされた。
「えーと……どうかな?」
外村の声だった。
「外村さん、もしかして、聞いてました?」
「いや、そんな、まさか!?
左前さんが、そろそろ様子見て来いって言うんで、それで今、来たとこですよ!?
……えーと、それで?」
莉緒はとりあえず、外村の言葉を信じることにして、頷く。
「聞きたいことは、聞けたとおもいます。
詳しくは後で」
「あ、はいはい。じゃあ、お暇しようか?」
「はい。じゃあ、萌、またね!」
「うん」
そう言って、三人は梅木家を後にするのだった。




