魂鏡四九、藤井の行方
右足を失くした、象みたいな鎧の覚醒者が浮島区の北の端で泣き叫んでいるという報告が『MD研究室』に入ったのは、藤井がお星様になって三十分は経った頃だろうか。
そこから、『MD研究室』の人員が到着したのは、さらに三十分は掛かってしまった。
燈里の暴走、変身ブレスの任意凍結、変身ブレス関連で覚醒者が集まってしまっていたのも、初動が遅れた一因ではある。
結果的に『MD研究室』の人員ご通報を元に、浮島区の端、放置された区画整理前の盛り土置き場で見つけたのは、幾らかの血痕だけだった。
では、一時間の間に、泣き叫ぶ象のような鎧の覚醒者は何処に行ってしまったのだろうか。
その顛末を見てみよう。
藤井は痛みに叫んでいた。
「ううっ……痛え! 痛えよ、クソ! なんでこんな目に……ううっ……あああっ、クソッ、クソッ、クソッ!」
口を開けば、悪態と叫びが飛び出る。
アドレナリンで痛みを忘れられる時間はとうに過ぎた。
飛んで落ちた場所が人気のない場所だったのは、不幸中の幸いだったかもしれないが、逆に言えば助けてくれる者はなく、このままでは失血死も有り得る状況だ。
「いやだ……死にたくない……クソ……力が入らなくなってきた……」
痛みという危険信号が次第に消えていく。
代わりに、体が冷たくなって、いつのまにか変身が解けて、ただの藤井が転がっていた。
「だ、大丈夫かね、あんた?」「やめとけって……『ムーンディスク』の保持者だろ……関わるとろくなことにならねえぞ……」
浮島区の北の端、区画整理前の状態で放置されている盛り土置き場には、何人かの本土の人たちがテント暮らしをしている。
帰る家が本土にあるが、『魂降りの災禍』によって浮島区に閉じ込められた人たち。
浮島区役所が表立って、そういった人たちを保護しているが、明らかに手は足りていない。
だから、彼らは放置された場所にテントを立て、勝手に住み着いているのだ。
区役所も何とかしたいが、どうにもできず、住む場所を黙認。炊き出しや無料の移動式シャワールーム貸与、本土からの補給物資の一部を回したりして、どうにかやりくりしているのが現状だったりする。
「人……ううっ……電話を……」
藤井はこんな所にも人がいることに驚きながら、どうにか震える手で携帯を操る。
意識が朦朧として、目が霞むが、どうにかその番号を探し当てる。
通話ボタンを押したが、そこまでで精一杯だった。
「なあ、あんた……」「やめとけって……今、区役所とMD研究室に連絡したから、専門家に任せた方がいいって……」「いや、子供だし、ボロボロじゃないか。このままにしておいたら、死んじまうよ!」
見に来た二人の内の一人が、意を決して近づく。
「うわっ、足が……」
片足が腿の辺りから完全になくなっていた。
そして、そこには血溜まりができている。
「ちょっと、あんた……冷たっ!」
その高校生くらいの男の子は、血を失っているからか、氷のように冷たくなっている。
───────もしもし、藤井くん。どうかした?───────
藤井の持つ携帯から声が聞こえるが、藤井を助けようとした男にとっては、それどころじゃない。
「おい、助けろとは言わないから、状況だけ説明してくれ!」「え? あ……ちょ……」
男がもう一人の相棒に携帯を放り投げ、自分は止血を試みようと上着を脱いで止血帯にしようとしている。
相棒の方は訳が分からないまま携帯を見て、何か声が聞こえると思い、恐る恐る電話に出る。
相手は若い女性のようだった。
───────あ〜、もしもし……───────
───────藤井くん? 何かあったの?───────
───────あ、いや、その藤井くんとやらの携帯なんスけど……俺は通りすがりのモンで……───────
相棒はしどろもどろになりながらも、何とか状況を説明する。
場所を聞かれたり、もう『区役所』と『MD研究室』に連絡済みで、救急車を伴って来ると言っていたから大丈夫だと、宥めたり忙しい。
そうしてる間に、なんとか男の応急処置が進み、男は他に異常がないかなど、甲斐甲斐しく世話をしてやる。
結果、相棒はしばらく携帯を持っていてくれ、と言われ、嫌とも言えず、手持ち無沙汰に男の動きを見ている。
そうこうしている内に、何人かの男が現れた。
「失礼、そこの藤井の連れなんだ。
藤井が世話になったみたいで、大変、助かる……」
サングラスの男たちだ。格好はまばらで、一瞬、その筋の人たちのようにも見える。
声を掛けて来たサングラス男は、どこかで見たことがあると相棒は思ったが、すぐには思い出せなかった。
区役所の人? いや、MD研究室の人かもしれない。
そんな風に考えていたが、少し妙な感じもする。
サングラス男は、これは礼だと言って二人に封筒を渡す。
そんなものはいらないと、返そうとしたが、サングラス男は、通報者に渡す規定だから、と言った。
馴染みがないが、見たことがあると思ったのは、MD研究室の人だからか、と応急処置をした男たちは考えた。
そうして、救急車を待つより、自分たちで運んだ方が早い、と男の子はサングラス男たちに連れられて行った。
サングラス男たちが去ってから、相棒は封筒を確認する。
そこには少なくない金額の現金が入っていて、相棒は興奮すると同時に、あ、携帯……、と携帯を渡しそびれたことを思い出した。
どうするか考えていると、見知った区役所の職員がやって来た。
「通報をもらった浮島区役所の者ですが、『ムーンディスク』保持者がいるとか?」
「あ、『MD研究室』の方が来て、もう連れて行かれましたけど……」
応急処置男が答える。
「ああ、了解です!
皆さんは大丈夫でしたか?」
そんな会話が繰り広げられる。
相棒は、携帯を渡しそびれたことを言って、それならば自分たちが預かって、『MD研究室』に連絡すると言うので、相棒は素直に職員に携帯を託した。
それから遅れること十数分後、『MD研究室』の人員が、ようやく登場したのだ。
「え? MD研究室?
さっき来ましたよね?」
応急処置の男と相棒が困惑する。
「通報すると、謝礼がでるとか?」
「いえ、皆さんの善意と我々の責任で成り立っているので、そういうことはしてませんね。
もしかして、謝礼が出たんですか?」
「え……は、はい。もちろん、こ、断りましたけど……」
相棒の男は、自分に嘘は言っていないと言い聞かせる。断ったのだ。それでもと渡されはしたが……。
「できれば、風体など覚えている限りで、教えて貰えませんか?」
「サングラスで、三人組、黒の革ジャンとTシャツ、ジーンズと、他二人は黒と紺のスーツだったと思います……倒れていたのは藤井と呼ばれていた、中学か高校生くらいの男の子でした……あ、藤井って人の携帯を預かって……でも、それは区役所の人に渡しました」
『MD研究室』の実務員がメモを取る。
あ、と応急処置の男が声を上げた。
「何か覚えてますか?」
「アレだ! 橋前の座り込みデモの時に、毎回、演説するテロのやつ!」
「もしかして、この人ですか?」
実務員から犬塚信二という高校教諭の写真が出てくる。
「ああ、コイツだ! うわぁ……だから、面倒事になるって言ったじゃないか……」
相棒の男は俯いた。
血痕、携帯、『マナガルム』の関与。
それらが、繋がるのはまたしばらく後の話になるのだった。




