魂鏡四八、金の羽根
「【大雷霆】!」
藤井が独鈷杵を高く掲げると、大地の雷と空の雷が独鈷杵に向けて集まった。
それは雷鳴が轟くどころの騒ぎではない。
ただ一点、独鈷杵に集まる雷が数百、それが一斉に咆哮を上げる。
あまりの大音量に、音の空白地帯のようになる。
藤井本人ですら、象の耳を畳んで、全ての目が閉じている。
そして、その集まる雷撃は視界いっぱいを白く染め上げるほどの光量でもある。
明里はその世界がどこかに似ていると感じていた。
灰色の大地と黒い空、音のない月。
昔はそんなことはなかった。
それは悠久の昔の話だ。
神々がお互いに持てる力を合わせて創った生活圏。
だが、お互いに譲らず、そんなものは束の間の平和で終わってしまった。
全てが灰になり、大気は消え去り、灰色と黒と音のない世界になった。
それでも、月を捨てきれなかった者たちは、その地下に生活圏を築いたが、失われた栄華の残滓に縋るばかりでプライドだけが肥大していく。
何もない世界。
そんな世界で何を育めるというのか。
だから、禁を犯した。
地球の裁定者を名乗り、何もせずに生きる世界に嫌気がさして、全てを捨てて地球に落ちた。
地球には全てがあった。
神々が失くしたモノ、その全てだ。
もう一度、夢を見ようと思える場所だった。
彼女はソレを探した。
探したが見つからなかった。
そうして、彼女はある者に全てを託すしかなかった。
彼ならば、きっと見つけてくれると信じて、迎えを受け入れることにした。
月に帰る。やはり、何もなかった。灰色の大地、黒い宇宙、無音の世界。
同じことを繰り返せば、同じ想いに至る。
だから、彼女は眠った。
肉体を捨て、魂鏡に入り、眠る。
いつか、彼がソレを見つけて来る、その時までと……。
「マタワレヲ何モナイ世界ニ連レ戻ソウトスルカ……。
嫌ジャ、嫌ジャ、嫌ジャ……。
智器照臨、【月も無い夜】」
明里には背中から伸びる翼があった。
それは黄金の翼だ。
黄金の翼の、その一枚の羽根。
黄金の羽根が投じられると、音も光も、力も何もかもが、そこに吸い込まれていく。
藤井が放った【大雷霆】は、辺り一帯を白く染め上げたかと思うと、一瞬にしてその力の全てが無に帰した。
後にはただ、黄金の羽根が一枚、ひらりと舞い落ちるだけである。
「なっ……何が起こった?」
藤井は辺りを見回す。
明里の背中から黄金の翼が広がっているのが見えた。
空の黒雲が、晴れ渡り、雲ひとつない空になっている。
「ち、智器照臨、【黒雲の乗り手】!」
白象巨人である藤井が鼻を上げる。
鼻先から大量の水が空に向けて放たれる。
それは黒雲を呼び、雷鳴を轟かせる。
「何の力か知らないが、天と地の力を纏めて放つ、最大奥義が何度も消せると思うなよ!
【大雷霆】!」
大地雷が走り、天空の雷が瞬間的に集められる。
轟音では済まないような音の奔流と、集められた雷光が染め上げる白い世界。
これを放てば、空から何百という雷が降って、周囲一帯を全て焼け野原にしてしまうほどの威力がある。
藤井は躊躇なく、それを放とうとした。
「【月も無い夜】!」
まただ。
たった一枚の抜け落ちた黄金の羽根。
そこに全ての力が吸われ、ひらり、と落ちた。
「無駄ジャ。ワレノ【サクヅキ】ハ、死シタ月ト繋ガッテオル。
今頃、ミコト様ハ地球ノ荒ブリヨウニ、マタ頭ヲ悩マセテイヨウガ、イイ気味ジャ!
ホレホレ、何度デモヤルガ良イ!」
明里の中の何かが、さも子気味が良いと言いたげに手招きする。
その仕草は子供のようでもあり、ある種の妖艶さをまとってもいる。
「ふん、この巨大な象の力で殴られても、同じことが言えるか?」
藤井は、その巨体を誇示するように、のっしのっしと歩く。
黄金の翼を持つ明里も、どこ吹く風と、優雅に藤井を眺める。
雪女先輩が、能力による黒雲が呼べず、焦りながらも迎え撃つべく、明里のとなりに立って構えるが、明里は優雅に手を振って、雪女先輩に離れろと指示する。
「ヨイヨイ。アノ程度、ワレノ敵ニモナラヌ。
巻キ込マレヌヨウ、離レテイルガヨイ……」
当たり前のように待つ明里の目の前まで来た藤井は、技も何もなく拳を振り上げた。
白象巨人は、明里の倍以上の身長と三倍以上の横幅がある。
普通に考えれば、ただ殴る、それだけで充分以上だ。
それが例え、先の戦いでチュパカブラ先輩に右腕を傷つけられていても、明里の身体よりも太い腕を振り上げ、振り下ろす、それだけで明里は潰れたトマトみたいになる。
「独鈷杵は雷を集めるだけの武器じゃない!」
パリパリ、と藤井の腕に電気が走る。
ゆっくりとした振り上げに対して、神速と言うべき振り下ろし。
電磁加速された腕が、かき消えるように振り下ろされる。
ゴバッ! と地面が抉れた。
あまりの速さに衝撃波が生まれた。
明里は光の粒子のように、その場で、パッと散らばったかと思うと、藤井の傍らに光が集まって、明里になった。
「ワレハ捕マランヨ。
ソレ故ニ、夜ノ光ニ例エラレル……カグヤトナ」
「このっ!」
藤井は、またも電磁加速した腕で裏拳を放った。
しかし、結果は同じだ。
光の粒子が散って、別の場所に集まれば、明里が立っている。
「クフフ……戯レニコレヲ続ケテモ良イガ、アマリ遊ンデモイラレヌ。
ワレガデシャバルト、コノ身ガ保タヌ。
【満ちる光】」
明里の掌中に光る玉が生まれた。
「ソナタ、死ヌナヨ」
明里が掌中の光を白象巨人の足に押し当てる。
その瞬間、巨人の足は光る玉を中心に捻れる。
藤井は何か巨大な物体がそこにぶつかったように感じる。
そうして、そこを中心に光が弾けた。
藤井の左足が太ももから千切れて、巨大な重量に押された藤井自身もスペースシャトルにぶつかったかのように、吹き飛んだ。
もみくちゃにされたように、空と地面が交互に見えて、ぐるぐると回転する身体は空高く打ち上がった。
漫画的に表現するなら、お星様になった、と言ってもいい。
だが、生憎と藤井はそんな悠長なことは言っていられない。
校舎を飛び越え、市街地を飛び越え、浮島区の端、何十キロという距離を飛んだのだ。
「ま、【魔凱着奏】!」
完全に侮っていた。
黒木がいないなら、後は雑魚。
ついでに瓜生さんが気にしていた望月を捕えられれば、自分の『マナガルム』内での地位も上がる程度に考えていた。
実際、風紀委員だという覚醒者たちなら、皆殺しにしてお釣りが来るくらいに考えていた。
橙山明里、アレは計算外だった。
おそらくは半端な覚醒、さらには暴走していたように思うが、訳が分からぬまま、ぶっ飛ばされた。
危険人物だ。
しかし、高桑のライバルの黒木をやっつけて、点数稼ぎをするつもりが、大変なことになった。
勝手に動いて、右足を失くしたことが瓜生さんに知られたら、失望されてしまう。
それが何よりも怖い。
藤井はアドレナリンで興奮していて、痛みを忘れているだけだというのに、呑気にそんなことを考えていた。
なまじ魔凱着奏して物理的にはほぼ無敵になってしまったのも、右足を失くした恐怖を薄れさせる原因だ。
地面に叩きつけられた痛みはない。本来ならば藤井こそ潰れたトマトになるところだったのだ。
だから、アドレナリンが切れて、右足を失くした痛みと恐怖が込上がって来た時、藤井は恥も外聞もなく泣き叫んだ。
藤井をどの陣営が確保するのか。
そんなレースがここに開催されるのだった。




