9章「疑問」
登場人物
結城志保
警部補。機械に弱い刑事。
津田翔太
巡査。結城の同僚。
伏見智遥
結城の隣人。家電に詳しい青年。
神蔵美琴
占い師。紫月ミラの名で活動している。
朝倉義男
会社員。臨終速報に名前を告げられた男。
浅井誠人
借金を抱えた男。
岩下正雄
神蔵の知人。老衰で亡くなる。
宇佐美英充
人付き合いの少ない男。
伏見正明
市議会議員。地元の有力者。
伏見瑛子
伏見正明の妻。
もうテレビでは“臨終速報”の話題はどこにも見当たらなくなった。代わりに不倫騒動だとか、どこかのアイドルの引退だとか、臨終速報に代わって画面を埋め尽くす新しい話題に、人々は群がっていた。
通勤電車の中では、多くの人がスマホを眺めている。
画面には、XのトレンドやYouTube、ニュースサイトの速報が流れている。
それぞれの世界で、誰もが自分のリズムで生きている。
きっと、そうやって世界は変わらず流れていくのだろう。
そして私は、未だ臨終速報に囚われている。
私が宣告されてから数日が経過している。次の標的は私だ。現在の情報では何の手がかりも見当たらない。この犯人の動きには驚かされる。だが人間がやったなら、雲のように消えたように見えても、必ず痕跡は残るはず……。
焦って整理もつかないまま考えていると、津田が静かに入ってきた。
「どうした? まだ考えてるのか?」
「ええ。早く何とかしないと次の犠牲者が出てしまうの」
「……とは言ってもな。現場に残ってた物でおかしなものはなかったし」
「そう、逆に変なのよ。なぜ痕跡がないのか」
津田は腕を組み、しばらく黙ったあと言った。
「とりあえず整理してみるか。何かしらの見落としがあるかもしれん」
津田は言葉を切り、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。机の上の書類を軽く指で叩きながら、視線を落とす。静かな間が流れ、部屋の時計の音だけが響いた。
その声で、少しだけ落ち着きを取り戻した。
「なら、最初は朝倉さんね。私が初めて臨終速報を見た人」
「というか、結局臨終速報ってなんだよ?」
「……そんなの私が知りたい。結局、何で私が選ばれたのか聞きたい」
「でもよ。お前以外も見てんだろ?」
「……そう言えばそうね。神蔵さんとか伏見さんが見てる」
「だよな? なら何でこの人たちなんだ?」
「……待って、神蔵さんは三回。伏見さんも恐らく一回……だと私だけ五回見てる」
「お前、五回見てんの? あれ? でも四人だよな? じゃあ誰なんだよ」
津田の一言で、私が五人目だという事実に背筋がぞっとした。忘れたくても忘れられない死亡宣告。
「それは今は良いの」
私が死ぬか、犯人を捕らえるか。どちらが先なのか……そもそも犯人はいるのだろうか。朝倉さんのように……。
私が固まっていると、津田が話しかける。
「実はよ。神蔵が怪しいと思うんだ」
私が津田の顔を見ると、いつも以上に真剣な顔で話す。
「あいつだけだぞ。名前を鮮明に言えて、伏見さんの件では現場を言い当てたのは」
それはそうだったが、私の直感が神蔵さんではないと告げていた。
「可能性は低いと思う。もし犯人なら、警察に逐一伝える場合リスクが高いし。自己顕示欲とか承認欲求なら、もう少し違う方法を取るはず」
「でも、占いで言い当てたと言えば、テレビとかで取り上げられるぞ? 透視とかで」
「だったら既にテレビ局に行ってる。もう臨終速報の特集もやってないし遅すぎる。何より、亡くなった方との動機が……」
今までは違和感だけだったが、今回初めて“繋がった”気がする。
「お願いしたいことがあるの」
いくつかの要件を伝えると、津田は走っていった。私は時計を見て、自分の鼓動と同じになるまで深く息を吸った。
――少し大変なことになってしまった。嫌なところから電話が数回来ている。身に覚えはあるので対応ができない。
そしてまたスマホが鳴った。もう勘弁してほしい。相手はもう怒り心頭だろう。
意を決して電話に出る。
「はい。神蔵です」
電話先の相手は、予想通りのことを話している。やはりもう時間が残されていない。
「いえ、大丈夫です。今度こそ間に合うようにします」
通話を終えた後、軽いはずのスマホがこんなにも重く感じてしまう。私は鞄の中から書類を探し、電話をかける。
「もしもし。はい。そうです。お願いがありまして電話をしました」
もう私に選べる手段は残っていない。
――参考人として長い間警察署にいたが、数日ぶりの外の空気に触れることができた。色々なことがあったが、これでやっと先に進むことができる。
警察署の出口には結城さんが待っていた。
「伏見さん。お父様の件、お察しします」
その言葉で、親父がもうこの世にはいないことを実感できた。
「……大丈夫です。でも犯人は必ず見つけて下さいね」
「はい。絶対に捕まえます。ですが、伏見さんはこの後、どうするのですか?」
「父の跡を継ごうと思っています。不肖な息子ですが、父がこれまで作り上げたこの町を守りたいと思います」
「頑張ってください」
結城さんは俺の手を握ってくれた。そして署に戻ろうと入口に向かっている最中に、
「あと一つ報告がありました」
と結城さんが思い出したかのように、振り返ってこちらに戻ってきた。
「署で保管していた伏見さんの衣類ですが、汚れがひどくこちらで対処してしまいました。申し訳ございません」
結城さんは頭を下げてそう言った。
「いいえ、大丈夫ですよ。あんなに汚れてたし、もう着ることはないと思ってましたから」
確かに、あんなシミだらけの服はもう着ないので、処分してくれたことがありがたかった。そう話していると、男の刑事がこちらに向かって歩いてくる。
「結城警部補。こちらが頼まれていた物です」
そこにはA3ほどの茶封筒が入っており、結城さんは中身を見て納得した表情になっていた。結城さんはこっちの目線に気がつくと、
「これはお父様の現場で見つかった“痕跡”です」
「痕跡?」
「犯人は人気のない古いログハウスでお父様を呼び出し、殺害した」
「はい。そのように聞いてます」
「でも変なんですよ。司法解剖の結果、お父様はかなりの期間飲食していませんでしたし、手足に縛られた跡があったので、恐らく監禁されてました」
結城さんの一言で疑念が生まれた。考えていると、結城さんは続けて話す。
「なら答えはシンプルです。この靴の跡はお父様ではない。犯人はどこかで殺害した後、発見現場まで運び終えた後、お父様の靴を履いて向かったように見せかけた」
「でも、それならログハウス内に別の足跡が残るのでは?」
ふと思ったことを言ってしまった。結城さんは想定していたかのように答える。
「恐らく、犯人はビニール袋とかを簡易的な靴にして、お父様の靴跡の上を踏んで歩いたのでしょう。なので私は違う場所を考えました」
結城さんは、ゲームに勝ち誇ったように封筒を指でトントンと叩く。
「そして津田巡査に探してもらい、見つけました。あのログハウスから未発見の足跡と足紋が見つかりました」
「足紋?」
聞いたことのないものが出てきた。足の指紋だろうか?
「足にも指紋ってのはあるんです。それで身元を判定することもあります。今日は照合までは回せませんでしたが、明日鑑識に提出します。足紋が取れていれば、犯人に繋がります」
俺の考えていることはお見通しのようで、答えが出てきた。これ以上は何も言えず、ただ思ったことを言う。
「もし真犯人が分かったら」
「すぐにお知らせします」
結城さんはそう言うと、署の中に戻っていった。俺の心の中では、ざわざわした感情が渦巻いていた。
結城から預かった鍵を使い、俺は彼女の部屋に入った。
バッグから機器を取り出す。
こういう細かい仕掛けは苦手だ。だが、結城が必要だと言った以上、やるしかない。
Wi-Fi機器を棚の陰に置く。
あそこならすぐには見つからない。
コンセントを差し、ランプの点灯を確認する。
次に、寝室近くのセンサーを戻した。
伏見が見慣れた状態にしておかなければ意味がない。
テレビをつけ、接続を確認する。
画面は問題なく動いた。
……よし。
あとは、あいつが来るのを待つだけだ。




