表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
臨終速報  作者: 紅小豆
10/10

10章「閉幕」

登場人物


結城志保ゆうき しほ

警部補。機械に弱い刑事。


津田翔太つだ しょうた

巡査。結城の同僚。


伏見智遥ふしみ ともはる

結城の隣人。家電に詳しい青年。


神蔵美琴かみくら みこと

占い師。紫月ミラの名で活動している。


朝倉義男あさくら よしお

会社員。臨終速報に名前を告げられた男。


浅井誠人あさい まこと

借金を抱えた男。


岩下正雄いわした まさお

神蔵の知人。老衰で亡くなる。


宇佐美英充うさみ ひでみつ

人付き合いの少ない男。


伏見正明ふしみ まさあき

市議会議員。地元の有力者。


伏見瑛子ふしみ えいこ

伏見正明の妻。

 私が家に帰るとき、伏見さんが偶然そこにいた。

 先ほど会ったばかりだが、軽く会釈をして家に入る。

 一瞬、すれ違う視線に妙な静けさを感じた。けれど、それ以上は何も言わず扉を閉めた。

 着替えもせず、私はリビングで待った。

 恐怖を抑えるために、頭の中で手順を繰り返した。――計算通りに、すべてが進んでいる。そう自分に言い聞かせた。

 日付が変わる頃、テレビが勝手に映る。

 ノイズ混じりの画面に、白い文字が滲んだ。

「臨終速報です。結城志保さん。次は、貴方です」

 ――まだ大丈夫。

 落ち着こうとしても鼓動が早くなってしまう。

 そのとき、インターホンが鳴った。

「伏見です。今さっき結城さんの名前が流れたんですが、大丈夫ですか?」

 気持ちを抑え、扉を開ける。伏見の目は穏やかに見えて、どこか焦っていた。

「伏見さんも……見たんですね?」

「ええ。心配で……」

「どうぞ」

 扉を閉めた瞬間、私は鍵をかけた。

「では何か飲み物でも持ってきますね」

 私は台所に向かったふりをして、後をつける。伏見はリビングへ向かい、テレビの裏に顔をのぞかせると、すぐに固まった。あるべき物がないことに気がついたのだろう。

「そこにはもうWi-Fi置いてありませんよ?」

 私が声をかけると、驚いたのか仰け反るように体を起こした。

「結城さん? どういうことです?」

「ですから、貴方が仕掛けてたWi-Fiは違うところに置いてあります」

 私がそう言うと、表情を変えてポケットに手を入れた。

 右手にはナイフ。恐怖と焦燥が混ざった顔。ゆっくりと近づいてくる――。

 その時、背後から津田が押さえ込んだ。

 金属音が床を叩き、空気が凍る。

「伏見、動くな。現行犯だ」

「……お疲れ様。もう署にも連絡したから、もうじき到着する」

 翌日、署内は騒然としていた。

 伏見は逮捕され、証拠が次々と見つかる。

 伏見のパソコンからは、臨終速報の映像データが見つかった。

 さらに、部屋からは鯛の形をした藁細工も押収された。

 私の家に仕込まれていたWi-Fi機器には、伏見のパソコンから接続した痕跡が残っていた。浅井さんや宇佐美さんとの通信履歴も残っている。全てが一本の線で繋がっていた。

 そして伏見は、未だに容疑を否定している。

「結城さん。酷いですよ、俺は心配で行っただけなのに」

 伏見はいつも通りの穏やかな顔で訴えてきた。

 だがもう、その穏やかさが仮面であることを、私は知っている。

「なら、あのナイフは?」

「あんな怖い映像流れれば、護身用に持つでしょ?」

「でも貴方のパソコンから動画が見つかりましたが?」

 伏見は一瞬だけ引きつった。

「あれは冗談ですよ。結城さんが『臨終速報が怖い』って言うから、驚かせようと思って作ったんです」

「それで検査と称して、私の家にWi-Fiやセンサーを設置したと?」

「そうでないと見せられないでしょ? 確かに冗談にしては行き過ぎたかもしれませんがね」

 彼の言葉が止むたび、時計の針の音が聞こえる。

 それが、嘘の呼吸を測る音にも思えた。

「でもその冗談で人が亡くなっていますが?」

「俺も知りませんでしたよ。それっぽい名前を書いたら、偶然当たったんです」

「もう分かってると思いますが、貴方のスマホからXでのアカウントも、浅井さんや宇佐美さんと連絡を取っていたことも分かっています」

「あれは脅されたんです。匿名の手紙でそうしろとね」

「証拠はないでしょ?」

「はい。燃やしてしまいました」

 伏見は笑おうとしたが、口元だけが固まった。

 私は体をわずかに前に傾ける。

 机の距離が縮まるだけで、彼の声が細くなる。

「なら、あのお二人に対して貴方はどのような役割を?」

 伏見は視線を泳がせ、答えを探す。

 私の沈黙が、そのまま圧力になる。

「場所指定と道具の持参、そして飲み物を渡すように言われました」

「なら、どうやって殺害したのです?」

「俺じゃない。ただ呼べと言われただけで、殺してはいない」

「なら、あのペットボトルは貴方が用意したのでは?」

「違う。元々置かれていたんです。何かが入ってるなんて知るわけないでしょ」

「何で入ってたって知ってるの?」

 伏見の瞳が瞬きを忘れる。

 空気がわずかに止まった。

 沈黙のあと、声が掠れる。

「え? あの……入ってたんでしょ? 薬が?」

「確かに検出はされたけど、報道はされてない」

 彼の指先が机を叩いた回数だけ、嘘が増えていく。

 伏見は下を向き、喋らなくなった。

 なら、違う線で攻めるしかない。

「次に、伏見正明さんの件です」

 その名前を聞いた瞬間、伏見はこちらを睨むように顔を上げた。

 だがすぐに目を閉じ、深く息をつく。

「結城さん。俺は遺族ですよ? もう少し労わってくれると嬉しいのですが」

 声も態度も、取り繕うことが難しくなっていた。

「事件当日。貴方はあのログハウスにいたんですね?」

「そうですよ。俺はワインセラーにいたんです。外には出てませんよ」

「良かった。それが聞きたかったんです」

 私は口元だけで笑った。

 伏見が首を傾げる。

「この服を覚えていますか?」

 赤いシミの着いた洋服を机の上に置く。

 光が布に当たるたび、伏見の目がそれを追った。

「これは俺の服ですけど? 処分したって言いましたよね?」

 その表情には焦りが見えた。

 嘘は嫌いだが、この男には似合いの贈り物だと思った。

「まぁ、貴方が逮捕されたので調べてもらえました。嘘も方便ってやつですね」

 私は一息ついた。

 ……これで十分だ。

「ワインセラーでも血痕が見つかりました。知ってました? ――ワインの赤だけでは、血は隠せませんよ?」

 伏見は瞬きを忘れたまま、口を開けかけて閉じた。

 私は椅子から立ち上がる。

 机の向こうで、照明がゆっくり伏見の顔を照らした。

 それだけで、もう十分だった。

「お疲れさん」

 津田がそう言って、ミルクティーを差し出した。

「ええ。でも取り押さえてくれて助かった」

「まさか隣人が殺人犯だったとはな。恐ろしいな」

 ミルクティーを一口含む。甘さが体中に染みた。

「でもよ。よく伏見が犯人って分かったな」

 津田はまだ核心に気づいていない様子だった。

「前に言っていたことだけど、殺人事件の」

「八十パーセントは身内な」

「それで思い出したの。伏見が臨終速報を見た夜、部屋に入ると赤い封筒が置かれていたことを」

「それで?」

「あれは督促状で猶予はなかった」

 封筒一面の赤が、警告のように思い出す。

 机の上で、他の書類とは異なる存在感を放っていた。

「近いうちに差し止めされるほどの」

「それほど金がなかったと」

「そう。でも払えなかったってことは」

「親からも見捨てられたと」

「……動機は、そこにあったのかもしれないわね」

 津田は飲み切ったコーヒーをデスクに置き、前のめりになりながら聞いてきた。

「なら何でお前に臨終速報を見せたんだ?」

「それは――恥ずかしいけど、私の家に簡単に侵入できたから。あの時は伏見に電化製品は全部お願いしてたし」

「恥ずかしいって、そんな感情があったのか?」

 話の腰を折る津田を睨みつけて黙らせる。私はこう見えてデリケートではある。

「臨終速報の相談をした後、数日かけて点検という名目でいろんな道具や機械を持ってきてた。あの時にWi-Fiや送信機を取り付けたんだと思う。私なら何をしているか理解できてなかったし」

「ああ、信頼を裏切るってやつだな。それにテレビと同じWi-Fi使えば、パソコンで動画を再生できる。だから簡単に臨終速報を流せるってわけか」

 津田はそう言うと、一瞬遠い目をしていた。何かあったのだろうか。

 私は気づかないふりをして話を続けた。

「あとは私が警察官であるという立場ね。父である正明さんを殺すと、自分が真っ先に疑われてしまう。そうならないように通り魔的犯行に見せかけたかった。そして、それを立証する人物が必要だった」

「そうか。警察が連続殺人だと言えば、自分が疑われる可能性が減るというわけか」

「正解。実際に三人には何も接点はなかった。だから動けなかったのは事実」

 あの時の混乱は計算の内だったのだろう。

 臨終速報を見た夜を思い出すだけで、悔しさがこみ上げてくる。

「そしてXで預言者の真似事をしたと」

「恐らく、警察が連続殺人として取り扱わなかった時の保険。もし騒がれなかったら私に見せる予定だったでしょうね。そして正明さんの死で社会現象を引き起こせたので、奴にしたら成功したってこと」

「まぁ、運が良いんだな」

「そうでもないの。実はセンサーを見つけた日に、臨終速報が流れたの」

 津田は驚いた表情でこちらを見た。

「本当か? だから焦ってたのか」

「それでもし、あれが伏見にとってイレギュラーなことだったら? って考えた」

「それで?」

「例えば私の名前を流すも、ずっと生きてたらその効力がなくなったと思われるでしょ? 自然に臨終速報としての熱を下げようとしたと思うの。そして自分が遠くに行っている間に流せれば、アリバイとして無関係を装ってね」

「なら動画が流れるよう予約を入れてたってことになるのか」

「できるの?」

「まぁ、やろうと思えばな。ネットは繋がってるし、再生アプリを入れておけば、タイマーで勝手に動く。でも条件がシビアだ。テレビの電源を切ってたら終わりだし、お前が家にいなきゃ意味がない。それに伏見はその時、参考人として署にいた。帰れないから解除は不可能だ」

「でも私が見てしまったことで、思惑通りにはなった」

「まさかあの条件で見てたとは思ってなかったろうよ。結果、奴の“完全犯罪”は自分の手で崩れたってわけだ」

 ……あの時、五分でも寄り道をしていれば、気絶することはなかったのかもしれない。

 でも、あのおかげで全てが見えた。

「ならあの藁細工は?」

「あれは連続殺人として見られるための道具ね。全ての現場にあれば、同一犯として見られたでしょう。そうすれば正明さんは、無差別に選ばれた一人として認識される」

 津田は話を聞いていたが、少し苦い顔をしていた。

「Xとか藁細工とかを駆使してまで、拘ってたのか。異常だな」

「でも私も拘っていた。正明さんの時の藁細工だけ杜撰って言ってたでしょ?」

「ああ。よく分からない棒みたいなやつか」

「あれを私は『同一犯なら意味があるはず』と思ってしまった。だから先入観で笏と認識した。……藁の塊を、そう見てしまったの」

 その言葉を最後に、しばらく沈黙が落ちた。

 やがて津田が、少し空気を変えるように口を開いた。

「だけどよ。まさかあれで伏見がひっかかるとはな」

 津田が呆れたように笑う。

「まぁね。ログハウスにいたなら自分の痕跡は残せない。素足で移動するしかないかなって思ってたの。だからカマをかけて“足紋”って言ってみたの」

 津田はデスクの引き出しを開け、A3のファイルを取り出してこちらへ見せる。

 表紙には何も書かれていないし何も入っていない、ただの茶封筒。

「これがあいつには重要な物に見えたんだな」

「ええ。あれがなければ伏見は動かなかった」

 封筒を机の端に置くと、津田はふと思い出したように言った。

「しかし、あのWi-Fiは上手くいったな」

「ええ。あれがなければ臨終速報は流れなかった。奴に“まだ監視できてる”と思わせるには必要だったの。伏見は“繋がっている”ことに安心していた。自分が支配できる世界が、まだあると思い込んでいたのね」

 津田は短く息をついた。

「……そういう奴、いるよな」

 空のカップがテーブルの端に寄せられる。小さな音が、短い沈黙を作った。

 私は視線を落としたまま、わずかに指先を握りしめる。

 伏見も、私が話したことでこうなってしまったのだろうか。

 いずれは同じ結末を迎えていたのか。

 だが、その沈黙はすぐに破られる。

「あとは正明さんだな。あれはどうやったんだ?」

「たぶん、最初はワインセラーで監禁したまま、直接手を下さずに死なせるつもりだったんだと思う。鯛の藁細工も、そのために用意していた。けれど、どこかで予定外のことが起きた。だから撲殺に切り替わって、あんなに雑な現場になった。そう考えると、正明さんの事件だけ綻びが多かった理由も説明できる」

「アイツ、夜中に自分で作った動画が勝手に流れてパニックったのか。馬鹿な奴だな」

 本当にそうなのだろうか。『ごきげんようって何だよ……』その一行が引っかかる。私もどこかで聞き覚えがあることに気がつくも、それがいつだったか思い出せなかった。

「それで慌ててログハウスで殺害したと。それでどうしようとしたんだ?」

「旧ログハウスで殺されたにしては、血の量が少なすぎた。だから遺体は別の場所から運ばれた可能性が高い。正明さんの靴跡も、本人がそこへ向かったように見せるための偽装だったんだと思う。現場を変えれば、すぐには真相へ辿り着けない」

「何でそんな面倒なことを?」

「一種の賭けね。管理人がいるから、その人に気づいてもらえれば通報してくれる。それで現場から離れている自分は怪しいけど、すぐさま犯人とまではいかないって考えた」

「そして俺たちが到着して警察を呼んだと」

「そう。それで警官が来る前に、床や服に付着した血を隠すためにワインをばらまいて、泥酔しているように見せた」

「それで隠せると思うのが浅はかだな」

 現実は――今日まで誰も気づかなかったのだ。浅はかと言い切れない。

「まぁ、これで無事、事件も終わったし。飯でも行こうや」

「賛成。逮捕してくれたご褒美に奢ってあげる」

「マジで! なら行ってみたかった店があるから、そこにしよう」

 私たちは退勤後、日本料理亭に向かった。

 少し高そうな店構えに、私は小さく息を吐いた。

 ……お財布は、大丈夫だろうか。

 店に入り、座敷に通される。

 少し待っていると、障子が静かに開き、白い足袋の音が畳をわずかに鳴らした。

 仲居は一歩下がり、両手の指先を畳に揃えて三つ指をつく。

 その姿勢のまま、穏やかに頭を下げた。

「ようこそお越しくださいました。女将に代わりまして、ご挨拶申し上げます」

 その顔は、最近見知った顔だった。

「神蔵さん?」

 私の声に反応し、神蔵さんは顔を上げた。

 途端にその頬が、着物に負けぬほど赤くなる。

「いやぁ、そのぉ……」

 目をぱちくりさせながら、どもっている。

「何でここに?」

「実はお金がなくて……副業です、副業」

 神蔵さんの収入のほとんどはこの料亭で賄っているらしく、占い師としての稼ぎはほとんどないらしい。

 ……なら本業はどちらなのだろう。

「でも……でも……私は生きるために、こうやって恥を凌いでやっているのです。今日だって滞納の電話が来ましたし」

 綺麗な作法に邪な思いが混ざると、こんなにも違和感が生まれるものかと感心してしまう。そして滞納か……第二の伏見が出ても困る。

「ちなみに、あといくら必要なんですか?」

「あとですか? これぐらいです」

 神蔵さんが示す指の数を見て、心の中で計算する。足りるな。

 少し息を整えてから、鞄の中を探り、適当な封筒を取り出して渡す。

「……これは? 同情でも受け取りますけど、念のため!」

「これは、私個人からです。捜査に付き合わせたお詫びと、お礼を兼ねて」

 神蔵さんは封筒を開け、ぱっと表情を輝かせた。

「おお! これはこれは……高御産巣日神様、事代主神様、八意思兼神様。それに結城様、私の福の神!」

 受け取るや否や、よく分からない単語を口にしてはしゃいでいる。

 恐らく神様の名前だろうが、どれも聞き慣れない。

 ――もしかしたら、この人は本物なのかもしれない。

「でも本当に神蔵さんが津田を呼んでくれたおかげで、事件は解決したようなものよ。よく連絡先を交換したね」

 私がそう言うと、津田がこちらを見た。

「俺、教えてないぞ。教えたのはお前だろ?」

 一瞬で場の空気が変わる。

「いや、私は教えてないし、そもそも知らない」

 神蔵さんの方を見ると、神蔵さんは封筒の中のお札を数えていた。

「神蔵さん……どうやって連絡先を知ったんです?」

「はい? そりゃあ……連絡先に入ってたからです」

 神蔵さんはそう言うと、袖の中からスマホを取り出し見せてきた。

 確かに津田と書かれた連絡先が登録されている。津田の方を見ると首を振っている。教えていないと表情で語る。

「おかしいだろ。だってあの時!」

 津田はスマホを取り出し、着信履歴を見せる。そこには『エセ占い師』と登録されていた。

「津田……貴方、登録したの?」

「え? あれ? 俺……なのか?」

 津田の顔には困惑が見られたが、自分だったらやりそうだとも思える表情だった。

「私は似非でも占でもありません。占い師です!」

 怒った神蔵さんは、その後きちんと頭を下げて戻っていった。

 あの切り返しは、見習うべきものがある。

 出てくる料理に舌鼓を打ちながら、ようやく日常の味を思い出す。

 店を出る頃には、心地よい眠気が全身を包んでいた。

 もうこれで、私の事件も終わりだ。

 変わらない日常が戻ってきた。

 頭を空っぽにしてテレビを眺める。ニュースでは伏見の件を取り上げている。

 財産狙い、計画殺人など、見る側を掻き立てるような見出しとなっている。キャスターは「調子に乗って警察官を狙ったが返り討ちに遭い逮捕された」と言っている。結局、逮捕されて罪が明らかになれば、世間にとって細かいことはどうでもいいのだろう。

 一つだけ気になっているのが、伏見の言葉だ。

「結城さんが『臨終速報が怖い』って言うから、驚かせようと作ったんです」

 なら、少なくとも朝倉さんの臨終速報は伏見の工作ではない。

 岩下さんの件も、事件性のない自然死だった。

 そして正明さんの時に伏見が聞いたという“ごきげんよう”。

 あれだけは、最後まで説明できなかった。

 あれは、ただの偶然だったのだろうか。それとも、何かが私に“知らせようとした”のだろうか。

 伏見の犯行は、人の手で説明できた。

 浅井さんと宇佐美さんの死も、私に向けられた臨終速報も、仕組みは分かった。

 けれど、それですべてが片づいたわけではない。

 朝倉さんの名前。

 岩下さんの老衰。

 伏見さんが父親の名を聞いた夜に呟いた、「ごきげんよう」という言葉。

 どれも偶然だと言えば、偶然で済む。

 思い込みだと言えば、それ以上考えなくて済む。

 けれど私は、もうそれを完全には信じられなかった。

 昔の人は、虫の知らせや夢枕に立つ影を、死の予兆と呼んだ。

 たぶんそれは、心が“何か”を受け取った証拠だったのだと思う。

 けれど今は、死でさえ画面の向こうで消費される。

 誰かが亡くなれば速報になり、見出しになり、感想になり、憶測になり、次の話題が来れば忘れられる。

 人は死を知りたい。

 でも、本当には知りたくない。

 怖いから、面白い話に変える。

 悲しいから、誰かを叩く材料にする。

 分からないから、自分の信じたい形に押し込める。

 テレビは昔、“共通の窓”だった。

 みんなが同じものを見て、同じように笑い、同じように驚き、同じ死を知った。

 今は違う。

 ニュースも、噂も、死の意味さえ、自分が見たいものだけを選んで見ている。

 だから、同じ景色を見ている人なんて、もういない。

 臨終速報は、そんな時代に残った最後の“共通の報せ”だったのかもしれない。

 誰が信じようと、信じまいと。

 死だけは、都合よく切り分けることができない。

 答えのない問題を考えていたが、久しぶりの睡魔に抗えず、ベッドに身を沈めた。今日はぐっすりと眠れそうだ。

 結城志保は、深い眠りについた。

 テレビがついても、もう気づかないし、見る必要もない。

 リモコンの赤いランプが、夜の空気を小さく照らす。

 画面がゆっくりと明るくなり、白い光が部屋の形をぼかしていく。

 そこに音はなく、ただ一つの声だけが残された。

「……ここで、臨終速報です。伏見智遥さん。最後は、貴方です――ごきげんよう」

【補遺 臨終速報史】

臨終速報は、最初からテレビに映っていたわけではない。


昔の人は、虫の知らせや夢枕、夜中に聞こえる鳥の声を、死の前触れと呼んだ。

それは霊の声ではなく、死を知りたいと願いながら、同時に知りたくないと恐れる人間の心が受け取った、かすかな報せだったのかもしれない。


やがてテレビが家庭に入り、死は遠くの出来事として映像で届くようになった。

誰かの死は速報になり、見出しになり、画面の向こうで共有される情報になった。


その頃から、臨終速報は“テレビに映る報せ”として形を持つようになった。

本物の臨終速報には、必ず最後に一言だけ添えられる。


「ごきげんよう」


それは感情のある別れではない。

ただ死を告げるためだけの、無機質な挨拶だった。


けれど現代では、死はあまりにも簡単に消費される。

ニュース、SNS、動画、噂。

人は死を知りすぎて、同時に気にしなくなった。


だから臨終速報は、ほとんど姿を消した。

まれに条件を満たした者だけが、それを受け取る。

多くの場合、それは夢や誤作動として忘れられる。


本物と偽物の境界が曖昧になり、誰もが自分の信じたいものだけを見る時代。

それでも死だけは、都合よく切り分けることができない。


臨終速報とは、死そのものではない。

死を知りたいと願い、知りたくないと怯える人間の心が生んだ、最後の共通の報せだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ