9章「疑問」
もうテレビでは“臨終速報”の話題はどこにも見当たらなくなった。変わりに不倫騒動だとか、どこかのアイドルの引退だとか、臨終速報に代わって画面を埋め尽くす新しい話題に、人々は群がっていた。
通勤電車の中では、多くの人がスマホを眺めている。
画面には、XのトレンドやYouTube、ニュースサイトの速報を追いかけている。
それぞれの世界で、誰もが自分のリズムで生きている。
きっと、そうやって世界は変わらず流れていくのだろう。
そして私は未だ臨終速報に囚われている。
私が宣告されてから数日が経過している。次の標的は私だ。現在の情報では何の手がかりも見当たらない。この犯人の動きには驚かされる。だが人間がやったなら、雲のように消えたように見えても必ず痕跡は残るはず…。焦って整理もつかないまま考えていると、津田が静かに入ってきた。
「どうした?まだ考えてるのか?」
「ええ。早く何とかしないと次の犠牲者が出てしまうの」
「……とは言ってもな。現場に残ってた物でおかしなものはなかったし」
「そう逆に変なのよ。何故痕跡がないのか」
津田は腕を組み、しばらく黙ったあと言った。
「取り敢えず整理してみるか。何かしらの見落としがあるかもしれん」
津田は言葉を切り、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。机の上の書類を軽く指で叩きながら、視線を落とす。静かな間が流れ、部屋の時計の音だけが響いた。
その声で少しだけ落ち着きを取り戻した。
「なら、最初は朝倉さんね。私が初めて臨終速報を見た人」
「というか、結局臨終速報ってなんだよ?」
「…そんなの私が知りたい。結局何で私が選ばれたのか聞きたい」
「でもよ。お前以外も見てんだろ?」
「…そう言えばそうね。神蔵さんとか伏見さんが見てる」
「だよな?なら何でこの人達なんだ?」
「…待って神蔵さんは2回。伏見さんも恐らく1回……だと私だけ5回見てる」
「お前5回見てんの?あれ?でも4人だよな?じゃあ誰なんだよ」
津田の一言で私が5人目だという事実に背筋がぞっとした。忘れたくても忘れられない死亡宣告。
「それは今は良いの」
私が死ぬか犯人を捕らえるかどっちが先なのか…そもそも犯人はいるのだろうか?朝倉さんのように…
私が固まっていると津田が話しかける。
「実はよ。神蔵が怪しいと思うんだ」
私が津田の顔を見るといつも以上に真剣な顔で話す。
「あいつだけだぞ。名前を鮮明に言えて伏見さんの件は現場を言い当てたのは」
それはそうだったが私の直感が神蔵さんではないと告げていた。
「可能性は低いと思う。もし犯人なら警察に逐一伝える場合リスクが高いし。自己顕示欲とか承認欲求ならもう少し違う方法を取るはず」
「でも占いで言い当てたと言えばテレビとかで取り上げられるぞ?透視とかで」
「だったら既にテレビ局に行ってる。もう臨終速報の特集もやってないし遅すぎる。何より亡くなった方との動機が…」
今までは違和感だけだったが、今回初めて“繋がった”気がする。
「お願いしたいことがあるの」
いくつかの要件を伝えると津田は走って行った。私は時計を見て自分の鼓動と同じになるまで深く息を吸った。
――少し大変な事になってしまった。嫌な所から電話が数回来ている。身に覚えはあるので対応ができない。
そしてまたスマホが鳴った。もう勘弁してほしい。相手はもう怒り心頭だろう。
意を決して電話に出る。
「はい。神蔵です。」
電話先の相手は予想通りの事を話している。やはりもう時間が残されていない。
「いえ 大丈夫です。今度こそ間に合うようにします」
通話を終えた後、軽いはずのスマホがこんなにも重く感じてしまう。私は鞄の中から書類を探し電話をかける。
「もしもし。はい。そうです。お願いがありまして電話をしました」
もう選ぶ手段は私には残っていない。
――参考人として長い間警察署に居たが、数日振りの外の空気に触れる事ができた。色々な事があったがこれでやっと先に進むことが出来る。
警察署の出口には結城さんが待っていた。
「伏見さん。お父様の件、お察しします」
その言葉で親父がもうこの世にはいない事を実感できた。
「……大丈夫です。でも犯人は必ず見つけて下さいね」
「はい。絶対に捕まえます。ですが、伏見さんは子の後はどうするのですか?」
「父の跡を継ごうと思っています。不肖な息子ですが、父がこれまで作り上げたこの町を守りたいと思います」
「頑張ってください」と結城さんは俺の手を握ってくれた。そして署に戻ろうと入口に向かっている最中に「あと一つ報告がありました」と結城さんが思い出したかのように、ふり返ってこちらに戻って来た。
「署で保管していた伏見さんの衣類ですが、汚れが酷くこちらで対処してしまいました。申し訳ございません」結城さんは頭を下げてそう言った。
「いいえ大丈夫ですよ。あんなに汚れてたし、もう着る事はないと思ってましたから」
確かにあんなシミだらけの服はもう着ないので処分してくれた事がありがたかった。そう話していると男の刑事がこちらに向かって歩いてくる。
「結城警部補。こちらが頼まれていた物です」
そこにはA3程の茶封筒が入っており、結城さんは中身を見て納得した表情になっていた。結城さんはこっちの目線に気が付くと
「これはお父様の現場で見つかった“痕跡”です」
「痕跡?」
「犯人は人気のない廃墟のログハウスでお父様を呼び出し、殺害した」
「はい。そのように聞いてます」
「でも変なんですよ。司法解剖の結果、お父様はかなりの期間飲食していませんでしたし、手足に縛られた跡があったので恐らく監禁されてました」
結城さんの一言で疑念が生まれた。考えていると結城さんは続けて話す。
「なら答えはシンプルです。この靴の跡はお父様ではない。犯人は何処かで殺害した後、発見現場まで運び終えた後、お父様の靴を履いて向かったように見せかけた」
「でも、それならログハウス内に足跡が残るのでは?」
ふと思った事を言ってしまった。結城さんは想定していたかのように答える。
「恐らく、ビニールシートを使ったのでしょう。敷いてその上を歩けば何が通ったかは分かりません。なので私は違う場所を考えました」
結城さんはゲームに勝ち誇ったように封筒を指でトントンと叩き。
「そして津田巡査に探してもらい。見つけましたあのログハウスの外れから未発見の足跡と足紋が見つかりました」
「足紋?」
聞いた事のないものが出て来た。足の指紋だろうか?
「足にも指紋ってのはあるんです。それで身元を判定する事もあります。今日はダメでしたが、明日鑑識に提出して犯人が分かります」
俺の考えている事はお見通しのようで答えが出て来た。これ以上は何も言えずただ思った事を言う。
「もし真犯人が分かったら」
「すぐにお知らせします」
結城さんはそう言うと署の中に戻って行った。俺の心の中ではざわざわした感情が渦巻いていた。
――夕方になって俺は鍵を使い部屋に入った。そしてバックからある装置を取り出す。時間を確認すると余裕がない事に気が付いた。急がないとまずい...そう思うと焦ってしまうがここでは冷静にならないといけない。正確に慎重に取り付け、確認する…完璧だ。今の所は…...ここに居るだけでも息が詰まりそうになる。声を出した瞬間に『全てが終わる』そう感じてしまう程に。
誰もいない部屋が少し息苦しい。そりゃ自分の家とは違う。安心できる場所ではない。だけど今日だけは違う。アイツが帰ってくるまでじっとしている。
ふと窓を見るとオレンジ色の光として部屋を照らしている。あと少しで日が沈む。今日は長くなりそうだ。




