第7章「疑惑」
登場人物
結城志保
警部補。機械に弱い刑事。
津田翔太
巡査。結城の同僚。
伏見智遥
結城の隣人。家電に詳しい青年。
神蔵美琴
占い師。紫月ミラの名で活動している。
朝倉義男
会社員。臨終速報に名前を告げられた男。
浅井誠人
借金を抱えた男。
岩下正雄
神蔵の知人。老衰で亡くなる。
宇佐美英充
人付き合いの少ない男。
伏見正明
市議会議員。地元の有力者。
伏見瑛子
伏見正明の妻。
伏見正明さんの遺体が発見された後、警察はその別荘を中心に捜査を開始した。捜査本部の編成が決まり、上層部からの指示で、事件は一気に“重大案件”として扱われることになった。
だが、伏見さんへの扱いは慎重だった。
参考人として事情は聞かれているが、逮捕や家宅捜索に踏み切るだけの確証はまだない。
正明さん単独の事件なら、伏見さんは当然疑われていただろう。
けれど現場には藁細工があり、浅井さん、宇佐美さんとの連続性が重く見られていた。
さらに相手は、地元に影響力を持つ伏見家の次男だ。
上層部は、慎重すぎるほど慎重になっていた。
「まぁ、相手が相手だ。慎重になるのは当然か」
津田はそう言うと、テレビをつけた。テレビではどのチャンネルでも、話題は伏見正明の死一色だった。そして臨終速報も、“都市伝説”として広まりつつあった。
「噂によると、深夜になると突然テレビが点き、次の死者の名前を言うらしいです」
とコメンテーターが言う。その発言に、スタジオの空気は半分冗談、半分戸惑いといった様相だった。
「でも、これで三件目だったらしいです。警察はどうするんでしょうか?」
別の出演者が真面目な顔で問いかけたが、その直後には“宇宙からのメッセージ”だの、“故人が告発を試みている”だのと、話題は飛躍していった。
「まだ誰にも話してないのに……」
少数しか知りえないはずの“臨終速報”が、今や全国放送で語られている。誰が流したのだろうか。なぜ、広まってしまったのか。
そしてテレビに取り上げられたことで、やはり起こってしまった。連日警察に届く通報――『自分も見た』『芸能人の名前が出た』『警察は何をやっているんだ』など、電話応対で全国の警察署は大混乱となっていた。
「おい、見てみろよ」
津田はスマホの画面を私に見せてきた。そこには、Xで多くの人が預言者として挙げているユーザーが映っていた。拡散されている画像に映っていたのは、意味を持たない英数字の羅列。自動生成のようなIDに、投稿者の素性を隠す強い意図を感じた。
「これでバレるような馬鹿はいないよな」
津田はスマホを操作しながら投稿を読み上げた。
「浅井誠人、宇佐美英充、伏見正明か……しかも投稿時間は全員発見される前だ」
これらはニュースになる前に投稿されていた。名前だけの投稿だったため、誰の目にも止まらなかったが、三件目から変貌を遂げ、一気に日本中に知れ渡った。
この犯人は楽しんでいる?
今や時の人となっている。もう警察に届く情報は信憑性がなくなり、初動捜査が悪かったと無能の烙印を押されてしまったこの状況を?
津田が言うには、アカウントの行方を追おうとしたが、追跡は困難らしい。
中古のスマホを使い、駅のフリーWi-Fi経由で投稿された形跡だけでは、持ち主にはたどり着けないという。接続ログの保全期間も短く、端末はIMEI偽装の可能性まである――そう付け加えられた。
正直、IMEIが何を指すのか私にはさっぱりだ。ただ、津田の言うとおりなら、追跡の糸口はほとんど残っていないということだけは理解できた。
「とりあえず、動くしかない」
津田はそう言うと、足早に出ていった。
「どこに行くの?」
「他の二件だ。優先順位が変わったから、スマホの解析もすぐだ」
付いていくことにした。
「やっと解析結果が出たってよ」
津田が、二人のスマホに残っていた最後のやり取りを持ってきた。
スマホの損傷がひどく、データの確認には時間がかかった。
しかも使われていたのは、秘匿性の高いメッセージアプリだった。
当初は単独事件として扱われていたこともあり、解析の優先順位は高くなかった。
「日雇いだったらしいな」
津田が報告書を読みながら言った。被害者はSNSで見つけた“高額バイト”に応募していたようだ。浅井さんのスマホには、夜間のビル点検、屋上へのアクセス方法、そして“ロープを持参で”という指示――。宇佐美さんは河川工事の準備、そして遺体発見現場への道のりについて書かれていた。
「そうなると、呼び出した奴が二人とも殺した。足がつかないようスマホを壊して、解析不能にしようとした」
津田は連絡相手の欄を指で叩いて言った。
「でも、誰だかは分からない。動機もないし」
「こんなことをする奴の考えなんて分からねぇよ」
通り魔的犯行なら、快楽殺人となる。そして終わりのない事件になってしまう。しかし、理由もなく人を殺せるのだろうか。
私は胸の奥に、拭いきれない違和感を抱えていた。本当に、これは“理由のない殺人”なのだろうか。
もし本当に無差別だったのなら、なぜわざわざ秘匿性の高いアプリを使い、証拠となるスマホを壊し、さらに犯行前に名前だけを投稿するという手の込んだ真似をしたのか。
注目を浴びたいだけの犯人なら、もっと堂々と目立てばいい。
にもかかわらず、証拠を消し、足取りを隠す。慎重さと派手さが同居する違和感に、私は何か別の意図を感じていた。
「ちょっと確認して欲しいことがあるんだけど」
津田はすぐに近づいてきた。
「“預言者”って言い始めたのは誰? この騒ぎの最初の声を追える?」
「投稿の時刻を追えば、ある程度は分かると思う」
しばらくして、津田が戻ってきた。
「“預言者”を名乗った最初の投稿は見つけたが、どれも一般人のアカウントだった。意図的か偶然かは分からん」
「分かった。もう十分」
私は画面を見つめたまま、胸の奥でひとつの線が繋がっていくのを感じた。
何か手はないだろうか。
私は三件の事件の情報を整理した。
津田に印刷してもらった、あの預言者の書き込みと事件との共通点について調べてみると、朝倉さんは書き込みがなく、浅井さんは二日前、宇佐美さんは三日前、正明さんは当日と、書き込みから事件までの時間にばらつきが見られた。
そして三件の事件で唯一撲殺された、伏見正明さんの件。
これまで念入りな準備をしており、犯人に繋がる痕跡はほとんど残さなかったはずの犯人が、正明さんの件では数々の証拠を残していた。例えば、凶器の放置や伏見さんによる目撃情報がある。
これは何かが狂ったのだ。――そうとしか思えなかった。
そして今回の藁細工、鶴・亀ときたら次は何だろうか?
津田が藁細工を見て言った。
「今回のはなんだこれ? バットか? 綻びもあるし杜撰だな」
私もその写真を見た。確かに、ただの棒状の藁細工にしか見えない。
だが、これは同一犯の残したものだ。なら、必ず意味がある。
よく見ると、先端がわずかに広く、手元に向かって細くなっている。
その形に、私はどこかで見覚えがあった。
「これって……笏じゃない? 昔の肖像画とかで、貴族や神職が持ってる木の板みたいなやつ」
「まぁ……言われてみれば、そう見えなくもないな」
笏。
権威や格式を示すために持つ、細長い板のようなもの。
正明さんは市議会議員で、地元では盟主とまで言われていた権力者に近い存在だった。
なら、この藁細工は死に方ではなく、正明さん自身を示す犯人からのメッセージなのかもしれない。
「でも流れとしておかしくないか?」
津田はどこか納得がいっていないらしい。
「でも犯人の考えは分からないって、貴方も言ってたじゃない」
津田は黙ってしまった。
鶴、亀、笏。
それらは、死に方ではなく、死者の意味を示しているのかもしれない。
だとしたら、犯人は人を殺しているのではない。
何かを並べている。
私には、その並びがまだ読めなかった。




