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臨終速報  作者: 紅小豆
5/10

第5章「見えざる手」

登場人物


結城志保ゆうき しほ

警部補。機械に弱い刑事。


津田翔太つだ しょうた

巡査。結城の同僚。


伏見智遥ふしみ ともはる

結城の隣人。家電に詳しい青年。


神蔵美琴かみくら みこと

占い師。紫月ミラの名で活動している。


朝倉義男あさくら よしお

会社員。臨終速報に名前を告げられた男。


浅井誠人あさい まこと

借金を抱えた男。


岩下正雄いわした まさお

神蔵の知人。老衰で亡くなる。


宇佐美英充うさみ ひでみつ

人付き合いの少ない男。


伏見正明ふしみ まさあき

市議会議員。地元の有力者。

 家に帰り、すぐさま伏見さんに相談することにした。伏見さんは口に手を当てて考えていた。そして「なら、もう一度だけ調べてみましょう。もしかしたら違う場所に原因があるかもしれない」と言い、私の家を再度調べることにした。

 伏見さんはテレビやコンセントなど、様々なところを探したが、異常は見られないとのことだった。

「まず家には何も異変は見られませんでした。なので、結城さんが見たものは家からではなく、放送事故かもしれません」

「放送事故?」

「テレビの番組やCMは、あらかじめパソコンみたいな機械を使って、スケジュール通りに切り替わるシステムなんです。人はいますが、どちらかというと、間違えたら手動で切り替えるのが主です。昔、都市伝説として変な番組が流れた話を聞いたことありますよね?」

「確かに、そういった話は子供の頃に聞いたことはありましたが」

「あれって全部が嘘ではなく、新人が作ったダミー番組のデータを誤って放送してしまう可能性があって、それが現実的だったからこそ広まったんです。実際に流したとしても、すぐに周りが気づくので、一分もあるかないかで切り替える。だから見る可能性も低いし、見たとしても夜中なので、夢と勘違いしてしまう」

 伏見さんの説明だと、当てはまる点は多く、少し安堵してしまう。でもそれだと……。

「ならテレビ局で流してると?」

「普通に考えたら認めないでしょうね。仮に流してたとしても、証拠はありませんし」

「でも同じような内容を見た人もいますし」

「え? 他の人も見てたんですか?」

 伏見さんは不思議そうな顔をしていたが、すぐに切り替えた。

「なので、結果としては結城さんの家には問題はありません。それしか言いようがないです」

 そう言って、伏見さんは帰っていった。

 翌日になって、浅井さんの件は殺人と認定された。現場の状況も、遺体についていた跡も、その判断を裏付けていた。

 けれど――“臨終速報”の件だけは否定された。テレビを使った犯行予告など、常識ではありえない。

 上層部の判断は正しい。私だって、もし報告を受ける側なら同じ結論を出していたと思う。“臨終速報”を信じるほうが、よほど危うい。

 ……それでも。

 津田の言葉は、どうしても頭から離れなかった。

「あの“臨終速報”は“死を告げる放送”じゃなく、“殺す相手を指名する放送”ってことになる」

 犯行予告だとしたら、説明はつく。

 だが――『いつ・どうやって・誰が』二度も見せたのか。

 夢でも幻でもなく、私の家で。

 否定したいのに、記憶があまりにも鮮明すぎた。

 理屈と現実が噛み合わない。

 そのわずかな隙間に、不快なしこりとして残った。

 そして――その夜、再び“あの音”が鳴った。

 夜中、またあの音が聞こえる。ザー……ザー……と、砂嵐のような音。

 これは何かのトリックに違いない。頭ではそう思うのに、足がすくんで動けない。

 もし――また“アレ”だったら。

 息を殺し、ゆっくりとリビングへ向かう。

 テレビが点いていた。

 そして――。

「臨終速報です。宇佐美英充さん。次は貴方です」

 気がつくと歯がカチカチと鳴り、足が震えていた。

 映像の消えたテレビを見つめたまま、金縛りにあったように動けなかった。

 その夜も眠れずに過ごした。今回の“臨終速報”も、被害者はまだ現れていなかった。

 神蔵さんに電話すると、

「気づいた時には、もう終わりかけでした。最後の方をちょっと見ただけですけど」

 と言ってきた。

 やけに軽いなと思ったが、神蔵さんも見ていた。

「それは宇佐美英充とか言ってなかった?」

「いいえ。近所の方です。岩下正雄さんって言います。でもすっごく元気な方なので、そうそう死ぬようなことはありませんよ。百歳まで生きるって言ってますし」

「ちなみに年齢は?」

「まだ九十四ですよ。今日もラジオ体操に行ってました」

 まぁ元気なんだろうなとは思える内容だったが、私と見たものは違っていた。

 その後、津田と二人で宇佐美さんを探すことにした。もし生存していたら、助けられるかもしれない。

 そう思い調べるも、捜査権もない私たちには限度があった。それでもと思い調べて、数日が経過した。

 朝のニュースで男性の水死体が発見された。名前は宇佐美英充さんで、またしても私はどうすることもできなかった。

 署に向かい津田と合流すると、すぐさま現場に向かい、捜査に加わった。宇佐美さんは司法解剖の結果、大量の睡眠薬を服用してから入水したらしい。手足にはロープが巻かれており、自分の意思ではないことを裏付けていた。スマホは水没しており、データの復旧に時間がかかるとのことだった。もしかしたら、浅井さんと同じく連絡は取っていたかもしれない。だが現状は何も分かっていない。

「それで手にはこれが握られていた」

 津田はそう言うと、一枚の写真を出す。そこには藁で作られた亀のような小物があった。水の中でほどけかけていたが、それでも甲羅の形だけは崩れていなかった。まるで“沈んでも形を保て”と言わんばかりに、強く結ばれていた。

「鶴で吊ってるなら」

「亀は溺死だ。それに溺れる者は藁をも掴むってことか? ……ふざけてやがる」

 津田は吐き捨てるように言い、現場から遠ざかった。

 だがその一言で、私は同じ犯人だと確信できた。

 偶然ではない。藁を“握らせた”ことに意味があった。臨終速報は犯行予告として使われている。だが、宇佐美さんの事件は暗礁に乗り上げた。殺人事件としては取り扱うが、藁細工だけでは浅井さんとの関連性を立証するほどの力はなかった。係長は首を振った。

『仮説としては可能性はあるかもしれないが、藁だけでは立証は無理だ』

 津田は私の表情を見て「だよな」と言った。

 私は手がかりを求めて、宇佐美さんの親族から話を伺うことができた。来署したのは母親だった。落ち着いた身振りを保とうとしていたが、言葉の端に緊張が残っている。

「宇佐美さんに、何かトラブルはありましたか」

「特には……あの子は静かな人で、仕事と家の往復だけでした」

「最近の様子で気になった点は?」

「特に。休日も家にいて、外出が多いわけでもなくて。変わった様子は見ていません」

 淡白な生活の輪郭が、そこにある。目立つ交友もない。話が続かない。

「水場に行くようなことはありましたか」

「ないです。元々泳ぎが苦手な子だったので」

「交友関係で、相談できる人は?」

「いえ。そんな話も聞いたことがありませんでした。仲の良い友人も多くなかったと思います」

 “薄い”という言葉が頭に浮かぶ。孤立というほどではないし、充実もしていない。

「失礼ですが、金銭面などのトラブルはありましたか?」

「いいえ、特に。家賃の支払いも滞りはないと思います。節約はしていたようですが、特段切羽詰まっている様子は聞きませんでした」

「最後に、何か気にしていたことはありましたか?」

 母親は目を伏せ、少し考えてから答えた。

「……以前に、引っ越し費用のために短期間での副職を探しているとは言ってましたが……それ以外は特にありません」

 これ以上聞くことはなさそうだった。

「ご協力ありがとうございます。もし何か思い出したら連絡をお願いします」

 女性は深く頭を下げ、署を出ていった。情報は手に入ったが、線はどこにも繋がらない。

 その数日後、神蔵さんから電話が来た。

「岩下さんが亡くなりました……あのテレビは何なんでしょうか?」

 声が少し震えている。年が離れていても、神蔵さんにとっては知人以上の関係なのだろう。

「どうやって亡くなったの?」

「ご家族が朝起こそうとしたら、冷たくなってたみたいです」

 平均寿命は超えているし、大往生だとは思うが、神蔵さんにとっては違うのだろう。

 自宅で亡くなる場合は事件性がないか調べるが、老衰と診断されていた。要は寿命だったということだ。

 岩下さんの件は、それで一段落した。私は浅井さんと宇佐美さんの事件へ意識を戻したが、進展がないまま数日が過ぎた。

 私は、終わりの見えない現象を一人で背負い続けている気がした。

 恐怖で眠れなくなり、睡眠薬に頼るようになった。その夜もいつものように薬を飲み、ベッドに入る。日付が変わる頃、ようやく瞼が重くなってきた――その時だった。

 またあの音が聞こえる。ザー……ザー……と、砂嵐のような音。怖いが、見ないふりの方がもっと怖くなる。恐る恐るテレビに近づく。これまでと違い、ノイズがひどく、映像も乱れていた。

「臨……速報で……。・・し・・み・・正明さん。次はあ・・・で……」

 金縛りにあったかのように立ちすくんでいると、

「ああああああああっ!!」

 突き刺すような悲鳴が聞こえた。

 反射的に私は、警官としての本能で体が動き、玄関へ駆け出した。

 扉を開けると、伏見さんが外に出て、壁に背を預けたまま自分の部屋を凝視していた。

「伏見さん!」

 声をかけても、彼は目を逸らさず――、

「なっ……なんだよ……それ……」

 とかすかに呟いた。

「どうしたんですか!? 何かあったんですか?」

 肩に手をかけると、伏見さんはびくりと跳ね、こちらを睨む。

 だが、私だと気づくと、わずかに力を抜いた。

「……結城さん。テレビが……急に……名前を……」

 その言葉で、私はすべてを悟った。

 伏見さんも、“見てしまった”のだ。

 伏見さんの部屋に入ると、暗いリビングの中央にテレビがぽつんと置かれていた。

 映像は消え、ただ黒い画面が光を吸っている。

 テーブルの上には、血のように見える赤いもの――。

 一瞬息をのむが、それは赤い封筒だった。恐怖が、ありふれた色さえ歪めて見せた。

 明かりをつけると散らばった手紙が目に入るも、他に異常はなかった。玄関を出て、倒れ込んだままの伏見さんに近づくと、唇がわずかに動く。

「……ごきげんようって、何だよ……」

 少しして、落ち着いた伏見さんから話を聞くと、

「夜中にテレビがついていて……臨終速報が流れていた」

 とのことだった。

 だが、「内容はよく覚えていない」と、力なく繰り返すばかり。

 焦点の合わないその目に、私はそれ以上、何も聞けなかった。

 やがて伏見さんは立ち上がり、震える声で言った。

「……家には帰れません」

 鍵をかけ、足早に出ていった。

 玄関の外に残った冷気が、いつまでも引かなかった。

「まだ前の事件も分からないのに、もう出たのか?」

 翌朝、職場に着いた私は津田に昨日の件を伝えた。

 津田は何かを言おうとしては止めることを繰り返していた。考えがまとまらない様子だった。

「伏見さんは、あれから一度も戻ってないし、連絡手段も知らないの」

 昨夜の出来事で伏見さんは出ていってしまい、それから戻ることはなかった。

 私たちが手がかりもなく考えていると、神蔵さんから連絡が入った。

「……今日また見ちゃいました。『伏見正明』って名前が出てきて……。すぐに伝えなきゃと思って」

 『伏見正明』――確か、私が見たときにも“正明”という文字が一瞬、画面に浮かんでいた。

 あのノイズの中で聞き取れた断片。それがこの人の名前だったのかもしれない。

 ……しかし、それだけでは何の手がかりにもならない。

 津田に名前を調べてもらい、私は神蔵さんからさらに情報を聞き出すことにした。

「何か手がかりとかはありませんか?」

「……いやぁ、特には……あっ! 背景が変でした!」

「背景? なんなのそれ?」

「よくニュースの見出しの時に、現場の一部が映るのあるじゃないですか。あれです」

 ――神蔵さんが言うには、画面の背景に木々が映っていたらしい。

 ニュースの見出しに添えられる資料写真のように、アナウンサーの背後に一瞬だけ差し込まれた映像だったという。

 その端に、茶色い木の壁のようなものと、屋根の影が見えた。

 ただ、それが建物なのか、木立の陰なのかまでは分からない。

 それでも、不思議と心に引っかかった。

 お礼を言って電話を切ると、津田の帰りを待った。

 しばらくして、慌ただしい足音が廊下に響く。

「ビンゴだ!」

 津田は息を荒げながら言った。

「捜索願いが出てる!」

 伏見正明さん――六十八歳。地元の市議会議員を務めており、裕福な家庭だった。

 五日前から行方不明となっており、すでに警察も捜索を続けているという。

「でも、警察も動いてるのに、まだ見つからないんだぞ。どうすればいいんだ?」

 津田が正明さんの資料を持ってきた。

 すでに自宅周辺や交友関係は調べられていたが、進展はなかった。

「何か……無い? 他に情報は?」

「車は残ってる。遠出の形跡もない。別荘も捜索済みで、手がかりゼロだ」

「別荘?」

「ああ、狩猟が趣味で、山にログハウスを持ってるらしい」

 伏見。

 その二文字を見た瞬間、昨夜の伏見さんの青ざめた顔が脳裏に浮かんだ。

 ただの偶然。そう言い聞かせるには、もう私は偶然を見すぎていた。けれど、同じ姓というだけで結びつけるのは早い。

 今はそれより、神蔵さんが見たという木々と、正明さんが山にログハウスを持っているという事実の方が気にかかった。

 それが本当にログハウスを指しているとは限らない。

 けれど、その偶然を、今の私は捨てられなかった。

「だったら、そのログハウスをもう一度確認しましょ。神蔵さんから似た情報が来てる」

「あ? そんなの信じるのか?」

「可能性が少しでもあるなら、それに賭けるしかないでしょ。行かずに後悔するより、無駄足の方がまだいい」

 津田が何か言いかけたが、すぐに車の鍵を手に取ってくれた。

 小さな可能性でも動けるなら、動くしかなかった。

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