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臨終速報  作者: 紅小豆
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4/10

第4章「指名」

登場人物


結城志保ゆうき しほ

警部補。機械に弱い刑事。


津田翔太つだ しょうた

巡査。結城の同僚。


伏見智遥ふしみ ともはる

結城の隣人。家電に詳しい青年。


神蔵美琴かみくら みこと

占い師。紫月ミラの名で活動している。


朝倉義男あさくら よしお

会社員。臨終速報に名前を告げられた男。


浅井誠人あさい まこと

借金を抱えた男。


岩下正雄いわした まさお

神蔵の知人。老衰で亡くなる。


宇佐美英充うさみ ひでみつ

人付き合いの少ない男。


伏見正明ふしみ まさあき

市議会議員。地元の有力者。


伏見瑛子ふしみ えいこ

伏見正明の妻。

 出動要請が出ていたので、遺体発見現場へと向かうことになった。職務中に寄り道は駄目だが、進行方向は同じだったため、津田にお願いして一度私の家に戻った。やはり施錠はされておらず、鍵は玄関に落ちていた。拾った鍵で扉を閉め、足早に津田が待つ車へと戻った。

「うわ、また高層階か……」

 津田は三十階建てのマンションを見上げてぼやいた。

 既に鑑識課が入っており、検分も終わりに近づいていた。

「結城警部補。お疲れ様です」

 鑑識の方が声をかけてくれた。

「お疲れ様です。状況はどうですか?」

 把握している情報として、このマンションはオートロックだが、非常階段の扉が故障しており、外部から建物内に入ることは可能だった。防犯カメラはエントランスとエレベーターにしかなく、浅井さんの姿はエレベーターのみ確認されている。非常階段扉に指紋が付着しており、被害者と一致するか照合中とのことだった。

「ちょっと現場では不可解なことがあります」

「不可解?」

「仮に自殺だとしても、吊られ方が不自然なんです。このように自分を持ち上げるような形になっています」

 そう言うと、写真を見せてくれた。

 給水塔へ上る梯子にロープが掛けられており、浅井さんの身体はその下に吊られていた。

 だが、ロープの跡は梯子に結びつけられたというより、横桟を支点にして擦れたように残っている。

「普通に自殺するなら、柵や手すりにロープを結べば済みます。ですがこれは、ロープを梯子に掛けて、身体を引き上げたような形になっています」

 鑑識の言葉を聞いて、私は写真を見た。

 確かに、ぶら下がったというより、吊り上げられたように見える。

 自分でこの形を作るには、あまりにも複雑だった。

「そして服には砂利がついていました。携帯電話は破壊されていて、本人の指紋がついたペットボトルには沈殿物があります。成分分析をかけています」

 屋上の床には、細かな砂利が擦れた跡が残っていた。

 遺体がそこまで引きずられたのだとすれば、浅井さんは最初から梯子の下にいたわけではない。

 そして、壊れた携帯電話。

 中身の残ったペットボトル。

 ポケットの中の、小さな藁細工。

 どれも、自殺という言葉から少しずつはみ出していた。

「ねぇ。これって何だと思う?」

 私は写真の一枚を津田に見せた。

 津田はその写真を見て、少し考えた。

「何だこれ。見た感じは藁だな……小さな箒か?」

 箒にしては柄が短い。私には熊手にも見えた。しかも長いところには赤い紐が結ばれていた。ただのお守りかもしれないが、私には異物にも見えた。

 報告書には、索溝は明確で自殺も否定できないとしつつ、衣服への砂利付着状況および移動痕から、第三者関与の可能性を付記した。

 その後、藁で編まれていた小物の写真をコピーした。

 浅井さんの親族から話を伺うことができた。浅井さんは独身であり、警察署に来たのは妹さんだった。

「兄は恨まれるような人ではありません」

 そう言うと、不安からか体をこわばらせていた。

「では、最近気になるようなことはありましたか?」

「いいえ、兄は一人暮らしなので私は知りません。ただ……」

「ただ?」

「昔からそうだったんですが、少しお金遣いが荒かったので、借金はあったかもしれません」

 それは既に調べてあり、浅井さんは消費者金融数社から借金をしており、生活としては切迫していた。だが、それが故に殺されるような額ではないし、いわゆるグレーなところからの借入はなかった。

「分かりました。一応確認ですが、朝倉さんという方に心当たりは?」

 妹さんは即座に首を横に振った。

「聞いたことはありません。実家にも顔はあまり出しませんでしたし、その……交友関係も広くなかったと思います」

 なら、この二人に対する接点は少ないか……。現場は似たような高層階だけど関連性が見当たらない。けれど、臨終速報だけが絡んでいる。これは偶然なのか。それとも必然なのか。胸の奥に不快感だけが募る。

「ご協力ありがとうございます。また改めてご連絡します」

 私は妹さんを警察署の出口まで誘導して送り出す。帰り際に深く頭を下げて去っていった。たとえ疎遠でも、家族を失った悲しみは同じ……早くこの事件を終わらせる必要がある。

 臨終速報について情報が欲しかった私は、報告書を提出した後、神蔵さんに連絡をし、会う約束を取り付けた。勤務時間が終わり、私は神蔵さんと会うため、ファミレスに向かうことにした。

 津田にそれを伝えると、「ファミレスまで送るぞ」と言ってくれて、車を出してもらうことになった。

 神蔵さんの姿を思い出す。同じ“臨終速報”に触れた者同士。彼女の言葉の中に、何か手がかりがあるかもしれない。そう信じたかった。

 私は簡単にこれまでの経緯を津田に話した。津田は黙って聞いてくれた。

「何で浅井さんは亡くなったんだろうな」

 信号待ちをしている時に、津田はそう呟いた。

「それは私が知りたい。あの二人には接点がなかったし、犯人像がまったく浮かばない」

 どちらの事件も状況は似ているのに、関係性が見えてこない。唯一の共通点は“臨終速報”だけで、それは何の意味も持たなかった。浅井さんの職歴から見ても、朝倉さんとの繋がりは見当たらなかった。

「でも別に接点がなくてもいいだろ?」

 津田は何が悪いのか分からないような顔をして言った。

「日本の殺人事件における犯人は、顔見知りを含めた身内がどのくらいの割合か知ってる?」

「半分くらい?」

「八十パーセントは超えてるのよ。だから調べる際は、家族や周辺トラブルを重点的に見てるでしょ?」

「マジか……血の繋がりが憎しみに変わるのか」

 なんかロマンチストなことを言ってる気がするけど、私はスルーした。

「そして通り魔的犯行は僅か五パーセントほど。もし無差別なら、犯人を探すのは難しいの」

 津田は「なるほどな」と短く返すと、信号が青に変わった。

 車が静かに発進し、窓の外の街灯が流れていく。数字を並べて冷静さを保とうとしても、心のどこかでは分かっていた。――この事件は、統計では説明できない。

 私が考え込んでいる間、津田はそれ以上何も言わず、静かにハンドルを握っていた。

 目的地のファミレスに着くと、私は軽く息を吐いた。少し待つと、神蔵さんがやってきた。以前のような特徴的な服装ではなく、落ち着いた格好だった。隣に座る津田を見て、一瞬顔を硬直させる。

「本当に私は何もやってません」

 開口一番に何を言っているのか。やっぱりこの人の自宅を一回調べた方が良いのではないか。

「まだ何も言ってません」

 それよりも、同じ“臨終速報”に触れた神蔵さんに聞きたいことがあったのだ。

「先日、臨終速報を見たと言って警察署に来ましたよね。あの時の状況を、もう少し詳しく聞かせてもらえますか」

 呼び出した理由を聞いた後、神蔵さんはほっとした表情になり、「あ~そっちなら良いですよ」と言った後、「何か頼んで良いですか?」とメニューを開いた。

「どうぞ、折半ですけどね」

「情報提供料みたいなのはないのですか?」

 やっぱり図々しくなるな、この人は。そう思いながら、少し脅すことにした。

「それだと違法になるので、捕まりたかったらどうぞ」

「なら大丈夫です」

 目を伏せ、メニューを閉じ、コップに水を注ぎ、それだけで済まそうとした。

「……まぁ常識の範囲であれば奢りますよ」

 また同情してしまい、つい言ってしまった。神蔵さんは嬉しそうな顔でパスタを注文した。

 パスタが届くと、神蔵さんは「わあ、美味しそう」と嬉しそうに声を上げた。フォークを手に取ると、迷いなく麺を巻き、口に運ぶ。以前もそうだったけど、上品に食べている。私は水をひと口飲みながら、ぼんやりとその様子を眺めていた。

「なら何でも答えますよ。今なら占いも無料でやりますよ」

 生き生きとした表情で言ってきた。

「占いは結構です。臨終速報を見た流れを聞きたいのです」

 食べ終えた神蔵さんは口元を拭き、思い出すように目線を逸らしていた。

「結城さんと夕飯を食べた夜に、急にテレビが点いたんです」

 ……やっぱり似てる。私もあの日に見た。

「ぼーっと眺めてたら、ニュースキャスターが原稿を読み上げてて、『ここで臨終速報です。朝倉義男さん。次は貴方です。ごきげんよう』と言ったんです。普通に考えたらありえないことじゃないですか。でもそれから朝倉さんが亡くなったので、冗談じゃなかったんだと思って、怖くて行ったんです。でも『変なテレビで見ました』って言ったら何て言われるのかって思って、踏ん切りがつかない時に結城さんに会ったんです」

 神蔵さんが話した内容は、私が見たものと類似している。

「実は私も似たようなものを見たんです」

「結城さんも? やっぱりそんな感じでしたよね?」

「いや……そんなにくっきりじゃなかったの」

「そうなんですか……でも二人が見てたら、やっぱり現実だったんですね」

 神蔵さんはそう言うと、デザートを注文していた。怖くないのだろうか。

「神蔵さんは大丈夫なの?」

「別に? 変なモノを見たってぐらいですし。どうしようもないじゃないですか」

 言われてみればそうだが……この人の神経はかなり図太いのかもしれない。

 神蔵さんを見て、ふと思った。この人は何か変なところで知識がある。なら、これも分かるかもしれない。

 そう思い、鞄からコピーした正体不明の藁細工を神蔵さんに見せた。

「神蔵さん。これってなんだと思います?」

 私が聞くと、神蔵さんはじっと写真を見て、

「藁で作った鶴ですね。縁起物としては定番ですよ」

 と即答してくれた。

「鶴?」

「ほら、鶴は千年亀は万年って言いますよね。あの鶴です。しかもこの鶴は結構上手くできてますね。結城さん、手作業が得意なんですか?」

 神蔵さんの言葉を聞いてから写真を見ると、確かに鶴に見えてきた。なら、この広げたのは羽で、長いのが首ってことになる。

「……でも鶴って首に赤い線はないよね?」

「そうですね。作った人のアドリブとかじゃないですかね? 同じじゃつまらないし」

 この藁で作られた鶴は浅井さんが作った物だろうか。それにこの赤い紐……少し嫌な感じがする。

「これって模様だったら塗るだろ? わざわざ紐にしたってことは、吊ってるって意味じゃないか?」

 津田の一言で、嫌な考えが浮かんだ。

 もしこれが偶然ではなく、犯人が残した印なのだとしたら――この鶴は、浅井さんの死に方を示していることになる。

「吊るって、鶴にかけてます?」

 何も知らない神蔵さんは冗談として受け取っている。でもその言葉も合っている気がしてきた。長寿の縁起物である鶴を使って首吊りなら、犯人の異常な執念を感じてしまう。

 神蔵さんはお腹が満たされると、「また今度」と言い、帰ってしまった。

 その後、私たちも食事を取り、食べ終わった時に私は津田に声をかけた。

「ねぇ。今回の事件はどう思う?」

 津田はコーヒーを一口飲んだ後、腕を組んだ。

「“臨終”だし、結局は死ぬってわけだよな。気味が悪いし……なんだそれ?」

「そんなもの、知るわけないでしょ」

「しかも“速報”って言うわりには時間がかかる。“速報”というより“予告”だな」

 津田はコーヒーにミルクを足しながら言った。

「しかも今回は他殺の線が高い。なら、あれは犯行予告としても成立するよな?」

「確かにそうね。しかも直前に連絡も取ってたみたいだし」

 自殺する人が、相手が分からなくなるような手段で連絡を取る――それは、ありえるのだろうか。

 津田は少し間を置き、低い声で続けた。

「……つまり、あの“臨終速報”は“死を告げる放送”じゃなく、“殺す相手を指名する放送”ってことになる」

「指名……?」

「そう。放送に名前が出た瞬間、その人間は“殺される対象”として選ばれる。つまり、“誰かが意図的に”それを流してる。自殺でも予知でもなく、殺人ってことだ」

 津田の言葉が、空気を冷やした。

「放送が流れた時点で、次の“犠牲者”が決まる。なら、“臨終速報”ってのは“犯行予告”であり、同時に“宣告”だ」

 その理屈があまりにも単純で――だからこそ、何も考えられなかった。

「だったら、なんでお前と神蔵は見たんだろうな?」

 津田の疑問に、私は答えることができなかった。

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