第3章「次の名前」
結城志保
警部補。機械に弱い刑事。
津田翔太
巡査。結城の同僚。
伏見智遥
結城の隣人。家電に詳しい青年。
神蔵美琴
占い師。紫月ミラの名で活動している。
朝倉義男
会社員。臨終速報に名前を告げられた男。
浅井誠人
借金を抱えた男。
あの夜以来、私はほとんど眠れなくなっていた。頭の中で何度も神蔵さんの声と伏見さんの言葉が反芻された。それでも、朝になれば社会は動く。事件が進んでいる以上、私が止まっているわけにはいかない。
……そう思い込むことで、なんとか足を動かせる。
あれから伏見さんは何回か来てくれて、変な電波がないかとか、アンテナの不具合はないかとか、様々な機械を使って調べてくれた。テレビの裏やコンセント周りまで確認してくれたが、結局、異常は見つからなかった。
朝倉さんの件も、結局“自殺”という結論で処理された。納得できない部分はある。だが、決め手になったのは、ビルの防犯カメラに朝倉さんが一人で屋上に向かう姿が映っていたことだった。映像には、その時刻以前に朝倉さん以外の人物は映っておらず、侵入の痕跡もなかった。
自殺する動機は見つかっていない。だが、他に犯人らしい影もない。明確な異常も証拠も見つかっていない。
だから、終わり。
それは正しい判断だったと思う。
警察はすべての“納得できないこと”に付き合っていられない。
ずっと事件を追い続けていたら、全人類が警察官になっても足りなくなってしまう。
そして幾日が経過し――やはり、続きがあった。
その日の夜、私はいつも通りテレビを見ていた。朝倉さんの件は、もうニュースに取り上げられない。事件直後は多くのワイドショーが取り上げており、怪奇現象やUFOに誘拐されたなど、好き勝手に言われていた。そして飽きてくると、何事もなかったかのように次の事件に移る。……好奇心とは残酷だ。そうやって勝手に利用して、勝手に捨ててしまう。
まるで“死”そのものまでが、消費として扱われる。
暗い気持ちになった私は、顔を洗いに洗面台へ向かった。リビングへ戻ると、テレビは消えていた。寝る前だったし、無意識に消したのだろう。リビングの電気を消し、誰もいない真っ暗な部屋に「おやすみ」と言った後、寝室に向かい就寝した。
寝ていると、どこからか音が聞こえた。何やら音楽のようだ。リビングから少し光が見えた気がして、私はそちらへ向かった。
そこには、消したはずのテレビが映っていて、
「臨終速報です。浅井誠人さん。次は貴方です」
……また、あれだ。あの時と同じ――いや、本当に“同じ”なのか? 見たはずの映像と今の映像を比べようにも、最初の記憶は寝ぼけた頭の中で曖昧だ。あのときの臨終速報を、一語一句覚えているはずがない。
今、この場にいるのは自分だけ。何も触っていないテレビが勝手に点いて、勝手に喋り出す。――やはり、また“あれ”が始まったのだろうか。
私の心臓が、大きくドクンと脈打った。寝る前に部屋の電気を消した際、テレビは確かに消えていたはずだ。それなのに、また勝手に点灯し、知らない名前が機械的に読み上げられる。
声も出せず、私はその場に立ち尽くした。
やがて、画面がふっと暗くなり、部屋には静寂だけが残された。
その後、私は眠ることができず、部屋の電気をつけたまま朝を迎えることになった。
翌朝、始発で私は警察署に向かった。
次の死者が出る前に動かなければいけない気がしたし、何より、一人でいるのが怖かったのかもしれない。
とにかく、じっとしていると不安が胸を締めつけてくる。何でもいいから動いていないと落ち着かなかった。
まずは警察署の端末で「浅井誠人」の名前を検索してもらった。
該当する人物は数人ヒットしたが、最近亡くなった人はいなかった。
「珍しい名前じゃないし、朝倉さんは引っかかってなかったしな……」
朝食をつまみながら、ニュース速報や警察の緊急連絡を気にしていたが、特に動きはなかった。
そして幾日か経過しても、浅井の名前が事件として出てくることはなかった。地方ニュースまで追いかけているせいで生活のリズムはめちゃくちゃになり、寝つきも悪い。
今朝なんて、目を開けた瞬間に時計を見て血の気が引いた。遅刻寸前。頭が回らないまま飛び起き、身支度をして、玄関を飛び出した。
――カチリ、と鍵を回した感触は……あっただろうか。
出勤途中にふとよぎったが思い出せないし、いくら探しても鍵が見当たらない。
「……まあ、オートロックだし」
無理やり自分を納得させて歩き続ける。空き巣が、よりによって私の部屋を狙う確率なんて低い。そう言い聞かせるしかなかった。
不安にはなったが、どうしようもないと思った時、不意にあの占い師・神蔵美琴のことを思い出した。
――あの人も、また何か見ているかもしれない。
名刺に書かれていた電話番号に連絡を入れる。時刻は午前九時過ぎ。
一般の社会人なら、職場に到着し仕事をしている時間帯だ。普通なら、だが――。
七コール鳴らしたところで、眠たげな声で応答した。
「はい……神蔵です……」
「おはようございます。結城です」
「……あ! 先日の! わ、私何もしてないですよ?」
第一声からそれでは、かえって怪しく思われても仕方ない。
だが、今はそのことを詮索している場合ではない。
「その後、何か変わったことはありませんか? また変なのを見たとか――」
「変なのって言っても、黒猫が横切ったり、鏡が割れたりはしましたが」
……それはただの不吉なことでは? とツッコミたくなるのを飲み込む。
「いえ、臨終速報のような内容についてです」
「ああ、あれは……見てませんよ。あの日だけです」
私は一瞬、言葉を失った。
――見ていない? では、なぜ私だけが……?
私は電話を切った後も、胸のざわつきが消えなかった。神蔵さんは見ていない。となると、やはりあのテレビは――。
「最近はぎりぎりだな? どうした?」
後ろから声をかけられ、少しドキッとしたが、馴染みの声だったのですぐに警戒は解けた。
「最近気分が良くてね。つい寝過ぎちゃうの」
本当は二時間ぐらいしか眠れていない。でも、それは大人としてのプライドなのか、同僚が気を使わないようにするためなのか。多分、前者だろう。お化けが怖くて眠れないなんて、口が裂けても言えない。
「まぁ顔色悪いから気をつけろよ。あと事件が発生したから、俺らが対応することになったぞ。てか、何だそれ?」
津田は私が持っている名刺を指さした。
「そういうのは信じないタイプだろ? どうした? 人生に悩んでんのか?」
「この前、警察署に来てた女性。覚えてる?」
津田は一瞬思い出すように視線を上げた。
「ああ……そういえばいたな。何だ? 変なトラブルでも巻き込まれてんのか?」
「その人が、朝倉さんの件で気になることを言ってたの。ちょっと、その確認を取ってた」
「確認って……何を?」
その意見には、以前の私なら大きく同意していただろう。ただし、私も見ていたので今回は同意できなかった。
「それで、臨終速報について聞いてたの」
「は? 臨時速報?」
津田は耳慣れない言葉を取り違えたらしい。
「臨終速報。その……次に死ぬ人の名前を読まれるの」
「ホー、それで、次の名前はなんなんだ?」
津田は笑いながら言った。私がこんな話を真顔でするとは、思っていなかったのだろう。
「浅井誠人」
その名前を口にした瞬間、津田の表情が固まった。嫌な予感が、背筋を冷たく撫でた。
「……聞きたくはないけど、もしかして……」
津田は、黙って頷いた。
また――当たってしまった。
臨終速報。それは“死の宣告”だった。死体という形で、それを思い知らされた。




