第2章「死亡欄」
朝倉義男さんが亡くなった現場に到着した。現場は繁華街のすぐ近くにあるオフィスビルで、偶然通りかかった人が遺体を発見し通報が来たとの事だった。
遺体の損傷具合と最上階に被害者の所持品があった事から、このビルの屋上から飛び降りたと見られる。死因は全身打撲・外傷性ショック死。
だが、屋上の出入り口は内側から施錠されており、朝倉さんはこのビルとはまったく無関係の人物だった。どうやって侵入したのかは現状分かっていない。
「死体をここに持ってきたとかは?」
津田が遺体があったテープを見ながら言った。
「それなら指紋がないとか侵入した形跡がないとか説明はつくし」
私は首を傾げて
「……それってつまり、どこかで落下死させて、遺体を運び、さらに所持品を屋上に持って偽装したってことよね?そんな無駄に手間のかかるリスクしかない方法、選ぶと思う?」
それが一番の謎になっていた。遺体はあるが、所持品はビルの最上階にある。本人は入る手段がなく、指紋も一切発見されていなかった。まるで屋上から湧いて出たような状況だった。
「なら自殺?」
怪訝そうな顔で津田が私に聞いた。
「多分そう処理されるんじゃない?」
警察は朝倉さんの交友関係や勤務態度、金銭問題等を調べてはみたが、一切怪しい点が見られなかった。突発的な自殺——そう判断されるだろう。
だが私は、ある違和感を拭いきれなかった。屋上から飛び降りたこと自体は間違いない。遺体の損傷や状況からしても、その点に疑いはなかった。
それでも、あまりに整然としすぎている気がした。屋上には誰の痕跡もなく、遺体が落ちた地面には飛沫や痕跡が不自然なほどに少ない。物証の少なさというより、“何も残さないように設計された”ような印象すらある。
犯人の意図的な偽装? あるいは偶然の積み重ね?
まるでこの場所が「死ぬための舞台」として最初から用意されていたような……そんな居心地の悪さもあるし、私は朝倉さんを知っていると言う根拠のない考えが胸の奥にまとわりついていた。
朝倉さんの家に向かっている最中、ふとあの時の事を思い出す。
「夜に変なのを見たの」
津田はハンドルを握ったまま返事をする。
「どんな?」
「テレビで次に死ぬ人の名前が出るってやつ」
「……なんだそれ、変な夢でも見てたんじゃないのか?」
——やっぱり夢だったんだろうか。
冷静になるとそうとしか考えられない。人の記憶は当てにならない。脳は空白を都合よく埋めてしまう。今朝のニュースの名前を後から重ねただけかもしれない。そう考える方が普通だ。
朝倉さんの自宅に到着した。外見は普通で特に周辺トラブルもなかったとの事だ。インターホンを押すと女性の声が聞こえた。
「はい」
声からは覇気がなく、
「警察の者です。義男さんの件で伺い事がありまして」
「はい...お待ち下さい」
すぐに扉が開き目を腫らした女性が現れた。奥様だろうか?リビングに通される。部屋の中は異変は見られない。唐突に亡くなったのだと感じてしまう。
「主人はどうして亡くなったのでしょうか?」
その言葉を聞くのが辛い。現場での会話は聞かれてはいないが、遺族の前では不適切であったと痛感してしまう。
「確定はありませんが、自殺の可能性が高いです」
そう言うと奥様は涙を流し、嗚咽している。いたたまれないが調べるのが私達の仕事である。
「失礼ですが、義男さんの最近の様子はどうですか?」
私が伺うと奥様は目を閉じ、暫く動かない。必死で思い出そうとしている。そしてスーッと息を吸い。
「すみません。思い当たる事がないんです」
「そうですか...」
「本当に……いつも通りでした。仕事も、家のことも、普段と変わらなくて。何かを抱えていたようにも見えませんでした」
「では昨晩は?」
「普通に帰ってきて食事を取り、私が先に寝室へ向かいました。朝起きたら姿がなくて、朝早く出勤したとばっかり思ってたら電話があって...」
なら突発的な行動になる。でも行動を起こすには道理がある。それなのに欠片すら見えない。
私達は朝倉さん宅から署に戻る事にしたが、その足取りは重かった。
署に戻り車から降りると一人の女性に声をかけられた。
「すみません。刑事さんでしょうか?」
見た目は20代で何処にでもいる普通の女性なのに、少し違和感を感じた。
「はい。そうですが」
「あの...今朝のニュースで気になる事がありまして」
何処が歯切れが悪いが、なぜか無視できなかったので、応接室まで誘導することにした。応接室では私と彼女だけで他に誰もいない。警察署という空間に圧倒されており、周囲を見回している。
「結城と申します。本日は何用で?」
「はい。私の名前は神蔵美琴って言います。職業は占い師です」
と相手も名刺を差し出してきた。
そこには『占い師 紫月ミラ』と書かれていた。一瞬固まる私を見て、
「あっ、それは……芸名というか、占いのときに使ってる名前で。本名は神蔵です」と言ってきた。
だったら名刺いらないのに……と思ったが口に出さず名刺を交換し、お互いが席に着いた。
「まず、ここにはどうして来たのですか?」
大声で叫んでいたので話の半分は聞こえていたが、落ち着きを取り戻したことで内容が整理されていく。
「少し前に……変なのを見たんです。アナウンサーみたいな人が『ここで臨終速報です。朝倉義男さん。次は貴方です。ごきげんよう』って……」
その言葉を聞いた瞬間、背筋が固まった。
私が夢だと思っていた内容を、この人も見ている。
なら、あれは現実にあったことになる。
「最初は気味悪いなと思ってたんです。でも……今日のニュースで本当にその人が亡くなってて。それで……“次は貴方です”って、あれ、私のことじゃないかって……!」
その発想はなかった。確かにあれは誰を指しているかなんて言っていない。
もしかして“次は私”ってことなのか?
でも朝倉さんはもう亡くなっている――。
思考が波のように押し寄せては消え、神蔵さんの声が遠のいていった。
それでも、何かを掴まなければと指先が震えていた。
察せられないよう心を落ち着かせ、名刺を渡して後日連絡を取ると約束し、神蔵さんには帰ってもらうことにした。
その日の夜、私は伏見さんを訪ねた。テレビの異常について誰かに話すなら、この人しかいない。伏見さんなら理由を教えてくれる。そう思えば少し気が楽になった。
私はあの日の出来事をできる限り詳細に説明し、何か原因が分かるかと思っていたが、話しながら、自分の記憶がいかに曖昧だったかに気づかされた。寝ぼけた状態で見たせいか、映像の構成は覚えていても、細かい言葉やニュアンスがところどころ抜け落ちている。特に最後に何か言葉があったような気がするのだが、どうしても思い出せなかった。
伏見さんは真顔のまま聞き終えると、
「それは……ちょっと気持ち悪い話ですね。分かりました。明日は土曜日ですし、伺いますよ」
そう言って、翌日のお昼頃に来てくれた。
真剣な顔でテレビの設定を確認し、裏側を覗き、メニュー画面を開き、いくつかの操作を行うと
「特に異常はなさそうですね。勝手に電源が入る設定もされていませんし、レコーダーもないので録画が流れたって事もないですね」
「なら他にはどんな可能性があります?」
少し縋るような気持ちで聞くと
「そもそもこの家自体ネット接続されてないので、第三者が結城さんの家に入り込まない限り、テレビを操作する事はありえません」
伏見さんの一言はとても重く私の心に響いた。




