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臨終速報  作者: 紅小豆
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第1章「予告された死」

登場人物

結城志保ゆうき しほ

警部補。機械に弱い刑事。


津田翔太つだ しょうた

巡査。結城の同僚。


伏見智遥ふしみ ともはる

結城の隣人。家電に詳しい青年。


神蔵美琴かみくら みこと

街角の占い師。紫月ミラの名で活動している。


朝倉義男あさくら よしお

会社員。臨終速報に名前を告げられた男。

「テレビの初期設定って……なんでこんなにややこしいの……」

 私は真っ暗な画面の前で、説明書とにらめっこしていた。

 スマホなら、通知が来たものを押せばだいたい済む。けれどテレビは違う。設定画面には聞いたことのない単語が並び、どこをどう触ればいいのかも分からない。説明書は薄いはずなのに、私には六法全書のように見えた。

「できるとは思ったんだけどな……」

 数分悩んだ末、私は諦めて隣の部屋のインターホンを鳴らした。

「結城さん。どうしました?」

 出てきたのは伏見智遥さんだった。私が困った時、家電のことを教えてくれる人だ。スマホも洗濯機も、この人がいなければたぶんまともに使えていなかったと思う。

「この前選んでくれたテレビ、頑張ってやってみたんですけど、映らなくて……」

「ああ……またですか?『テレビは簡単だから大丈夫』って言ってましたよね?」

 口ではそう言いながらも、伏見さんは慣れた様子で部屋に入り、テレビの裏側をのぞき込んだ。

「プラグは?」

「……なんです?」

「こういうの、差してないと映らないんですよ」

 伏見さんはダンボールの中からケーブルを取り出し、迷いなく差し込んだ。すると、すぐに画面が明るくなった。

「すごい……もう点いた」

 私が感嘆していると、伏見さんは呆れたように笑った。

「結城さんって若いのに、機械音痴のレベルを超えてますよ。もうおばあちゃんレベルです」

 少し腹が立ったが、否定はできない。

「このテレビって、動画とかも見られるんですよね?」

「よく知ってましたね。今まではどうしてたんですか?」

「実家の電化製品は全部、親に任せてました」

「そりゃそうですよね」

 伏見さんは納得したように頷いた。その顔が少し悔しかった。

「でも、買い物とか料理は私がやってたので問題ありませんでしたよ。伏見さんは実家でもこうやって呼ばれたりするんですか?」

 そう聞くと、伏見さんは少しだけ困った顔をした。

「ここ何年も帰ってないですよ」

「あ、そうなんですか。私も似たようなものです。仕事が忙しくて、年に数回帰れればいい方で」

「そんなもんですよね。顔を見るだけならスマホでもできますし」

「便利になったのか、不便になったのか分からないですね」

「ですね」

 ひとしきり設定を確認したあと、伏見さんはふと思い出したように言った。

「でもこの家、ネット契約してないですよね? Wi-Fiもないし……スマホで飛ばして動画を見るとかは……」

 そこで私の顔を見た途端、言葉を切った。

「無理です。諦めてください」

 あまりに即答だったので、反論する気も失せた。

 それでもテレビが映っただけで、部屋が少しだけ人の住む場所らしく見えた。私はそのことが嬉しくて、夜まで何度も電源を入れては番組を変えた。

 やっぱり、伏見さんはすごい。

 以前、伏見さんの部屋にお邪魔した時、声だけでカーテンが開き、照明が灯り、テレビまで動くのを見たことがある。私には魔法にしか見えなかった。伏見さんは新しい機能の話をするたび楽しそうで、壊れるまで使う私とは大違いだった。

 ただ、便利そうだとは思う一方で、どこか落ち着かない部屋だとも感じた。私には少し遠い世界のように思えたのだ。

 そんなことを考えているうちに、ふと空腹に気がついた。外を見ると、辺りはすっかり暗くなっていた。

「やばい。もう夜じゃん」

 そうは言っても、だらだらしていたせいで料理を作る気にはなれない。私は夕食を求めて街へ向かった。繁華街は人で溢れていて、どの店も混んでいる。空いている店を探して歩いているうちに、気づけばいつもは行かない通りまで来ていた。

 そこで、椅子に座った女性の姿が目に入った。小さな机には『占い』と灯されたランプが置かれている。よくある街角の占い師――そう思ったが、どうにも表情が暗い。というより、泣くのをこらえているように見えた。

 そのまま通り過ぎようとした時、ふいに目が合った。まるで捨てられた犬でも見つけたような気分になってしまい、私は興味があるわけでもないのに、その前の椅子に腰を下ろしていた。

「ありがとうございます。閑古鳥すら鳴かず、ずっと一人だったので助かりました」

 そう言うと、彼女は鞄の中から様々な道具を取り出した。

「占いなら一通りできますし、なんなら良い結果が出るようにしますよ?」

 占いは操作するものじゃないだろう――そう言いかけたが、ひとまず飲み込む。

「いえ。特に占ってほしいことがあるわけではなくて」

「そうなんですか? では何をしに来たんですか?」

 さっきまでの表情で言う台詞か、それは。そう思ったが、やはり口には出さなかった。

「そもそも、占いって星座とか血液型みたいに簡単にできるものもあれば、名前とか手相とか個人要素にこだわるものもありますよね。幅が広すぎて、ちょっと怪しいなって」

「星座占いって、元ネタはちゃんとあるんですよ。もとは星や太陽、惑星の位置を読む、もっと複雑な占いで、今の十二星座のやつはそれをかなり分かりやすくした大衆向けの形です。ちなみに血液型占いは日本発祥で、かなり最近のものです」

「え? そうなの? じゃあA型は真面目とかは?」

「あれは半分くらいバーナム効果です。誰にでも少しは当てはまりそうなことを言うと、人って勝手に自分に引き寄せるんですよ。A型は真面目で気を遣うけど、案外頑固で傷つきやすい、みたいに言われたら、どれか一つは引っかかるでしょう?」

 なかなか面白いことを言う人だな、と思ってしまった。そこから先は、ほとんど彼女の愚痴を聞かされる羽目になった。星座占いのラッキーアイテムは急に湧いて出た追加ルールだとか、最下位にだけ救済があるなら十一位が実質いちばん不幸だとか、手相を逆に見ると言われて手を長時間握られたことがあるだとか――気づけば、私が相談を受けているような有様だった。

 そうこうしているうちに、空腹は限界に近づいてきた。

「そろそろ食事を取りたいので、今日はここで終わりにしましょう」

「いいですね。私も食べたいと思ってたんです」

 どこまでついてくる気だ。そう思ったものの、身なりや今の愚痴を聞く限り、正直あまり外食の余裕はなさそうに見える。そう感じてしまうと、こちらの罪悪感も無視できなかった。

「分かりました。ここで会ったのも何かの縁ですし、食べに行きましょう」

「いいんですか?」

「まあ、雑学代として」

 二人でずっと話をしていたのに、まだ彼女の名前を聞いていなかったことを思い出した。

「そういえば、名前を聞いてなかったですね。私は結城志保です」

「神蔵美琴です。いやあ、今日の星座占い一位だったんですよ。ばかにできませんね」

 矛盾を見つけたが、特に何も言わなかった。その後、神蔵さんおすすめの安くてうまい定食屋に連れて行ってもらい、食事を済ませ、私たちはそこで別れた。店を出た頃には、日付が変わるまでそう時間は残っていなかった。

 それからしばらくは、仕事と家の往復だけで日が過ぎた。

 新しいテレビにも少しずつ慣れ、最初の物珍しさも薄れかけていた。

 深夜。

 どこか遠くから、ザー……という音が聞こえた。

「……消し忘れ?」

 寝ぼけたままリビングへ向かう。寝る前に消したはずなのに、テレビが点いている。

 いや、正確には――画面は暗く、音だけが鳴っていた。

「……あれ?」

 一歩近づいた瞬間、ぶつりと画面が明滅した。

 映ったのは、ノイズにまみれたニュース番組のような映像だった。人影はいる。たぶんアナウンサーだ。だが、輪郭が滲んでいて、顔も服装も分からない。画面の下には何か文字が流れていたが、砂嵐に食われて読めなかった。

『……こで、り…じ…そ…ほうです。…あさ…よ…おさん。……は貴方です。ごきげんよう』

 何を言われているのか分からないのに、気持ち悪さだけが残った。

 次の瞬間、テレビはぷつりと音を立てて消えた。

 暗闇と静寂だけが残る。

 あまりに現実味がなかった。考えようとすればするほど、寝ぼけた頭では輪郭がぼやけていく。何かの誤作動か、夢の続きでも見たのだろうか。そう思い込むしかなく、私は布団へ戻った。

 翌朝、いつもより早く目が覚めた。

 変なものを見たせいだと思う。

 ニュース番組をつけ、つい昨夜のことを思い出してしまう。新聞にも目を通したが、それらしい記事はどこにもない。名前を見つけられなかったことで、私はようやく少しだけ落ち着いた。

 やっぱり夢だったのだろう。

 そう結論づけると、昨夜の映像は少しずつ現実味を失っていった。

 そして、一週間が過ぎた朝――。

『今朝未明、千代田区内で男性が死亡しているのが見つかりました。死亡したのは会社員の朝倉義男さんです』

 私は朝食の手を止めた。

「……あさくら、よしお?」

 その名前を聞いた瞬間、あの夜の画面が脳裏によみがえった。

 次は貴方です。

 あの時の途切れ途切れは、この人の名前だったのではないか。

 理由を考えようとしたが、時間がなかった。私はいつも通り支度をして家を出た。

 警察は二十四時間動いているが、刑事課の私の勤務は基本的に日勤だ。よほどの事件でも起きない限り、朝の定時に出勤して夕方には帰る。

 私はいつものように席に着き、まず机の上を整えた。書類の端を揃え、鞄を置き、それから紅茶に合うクッキーを一枚。頭を働かせるには甘いものが必要だ。

「今朝のニュースは見たか?」

 振り向くと、津田翔太がコーヒー片手に立っていた。年齢は私と同じだが、体力と行動力で私を支えてくれる、現場寄りの人間だ。

「ニュース?」

「ビルの下で遺体が見つかったやつ。被害者は朝倉義男。あれ、俺らが捜査することになったぞ」

 その名前を聞いた瞬間、背中を冷たいものが撫でた。

 私はあの夜のことを言うべきか迷った。だが、さすがに『死ぬ前に名前を聞いた』などと言えば、夢か疲れかで片づけられるのが目に見えている。

「……どんな事件?」

 努めて平静を装って聞くと、津田は資料を見ながら答えた。

「詳しくはまだこれからだが、高所からの転落らしい。今のところは自殺の線が強いって話だ」

 自殺。

 その言葉で少しだけ息がしやすくなった。もし本当にただの偶然なら、それで終わる。そう思いたかった。

 だが、胸の奥のざわつきは消えない。

「ほら。もう行くぞ」

 そう津田に言われたが、足が少し重く感じてしまった。

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