第5章「見えざる手」
家に帰り、すぐさま伏見さんに相談をする事にした。伏見さんは口に手を当てて考えていた。そして「なら、もう一度だけ調べてみましょう。もしかしたら違う場所に原因があるかもしれない」と言い、私の家を再度調べる事にした。
私が同席し物陰に隠れてそうな所を探すも異常は見られない。伏見さんも考えてくれてるみたいだが……
「まず家には何も異常は見られませんでした。なので結城さんが見たものは家からではなく放送事故かも知れません」
「放送事故?」
「テレビの番組やCMは、あらかじめパソコンみたいな機械にスケジュール通りに切り替わるシステムなんです。人は居ますがどちらかと言うと間違えたら手動で切り替えるのがメインです。昔、都市伝説として変な番組が流れた話聞いた事ありますよね?」
「確かにそう言った話は子供の頃に聞いた事はありましたが」
「あれって全部が嘘でなく、新人が作ったダミー番組のデータを誤って放送する可能性があって、それが現実的だったからこそ広まったんです。実際に流したとしても、すぐに周りが気付くので1分もあるかないかで切り替えるから見る可能性も低いし、見たとしても夜中なので夢と勘違いしてしまう」
伏見さんの説明だと当てはまる点は多く、少し安堵してしまう。でもそれだと...
「ならテレビ局で流してると?」
「普通に考えたら認めないでしょうね。仮に殺人犯が流してたとしても証拠はありませんし」
「でも同じような内容を見た人もいますし」
「え?他の人も見てたんですか?」
「はい。最初の件は目撃情報があったんです」
伏見さんは不思議そうな顔をして話を聞いていたが、すぐに切り替えて
「なので結果としては結城さんの家には問題はありません。それしか言いようがないです」
そう言って伏見さんは帰って行った。——私は納得せざるを得なかった。
翌日私たちの報告により、浅井さんの件は殺人と認定された。現場の状況も、遺体についていた証拠がその判断を裏付けていた。
けれど——“臨終速報”の件だけは、否定された。テレビを使った犯行予告など、常識ではありえない。
上層部の判断は正しい。私だって、もし報告を受ける側なら同じ結論を出していたと思う。“臨終速報”を信じるほうが、よほど危うい。
……それでも。
津田の言葉は、どうしても頭から離れなかった。
「あの“臨終速報”は“死を告げる放送”じゃなく、“殺す相手を指名する放送”ってことになる」
犯行予告だとしたら、説明はつく。
だが——『いつ・どうやって・誰が』二度も見せたのか。
夢でも幻でもなく、私の家で。
否定したいのに、記憶があまりにも鮮明すぎた。
理屈と現実が、噛み合わない。
そのわずかな隙間に、不快なしこりとして残った。
そして——その夜、再び“あの音”が鳴った。
夜中、またあの音が聞こえる。ザー……ザー……と、砂嵐のような音。
これは何かのトリックに違いない。頭ではそう思うのに、足が竦んで動けない。
もし——また“アレ”だったら。
息を殺し、ゆっくりとリビングへ向かう。
テレビが点いていた。
そして——
「臨終速報です。宇佐美英充さん。次は貴方です」
気がつくと歯がカチカチと鳴り、足が震えていた。
映像の消えたテレビを見つめたまま、金縛りにあったように動けなかった。
その夜も眠れずに過ごした。今回の“臨終速報”も被害者はまだ現れていなかった。神蔵さんに確認しても「今回も見ていない」と言う。結局、また私だけが“それ”を見た。津田には伝えて2人で宇佐美さんを探す事にした。もし生存していたら助けれらるかもしれない。
そう思い調べるも捜査権もない私達には限度があった。それでもと思い調べて数日が経過した。
朝のニュースで男性の水死体が発見された。名前は宇佐美英充さんで、またしても私はどうすることもできなかった。
署に向かい津田と合流するとすぐさま現場に向かい捜査に加わった。宇佐美さんは司法解剖の結果。大量の睡眠薬を服用してから入水したらしい。手足にはロープが蒔かれており自分の意思ではない事を裏付けていた。スマホは水没しており、データの復旧に時間がかかるとの事だった。もしかしたら浅井さんと同じく連絡は取っていたかもしれない。だが現状は何も分かっていない。
「それで手にはこれが握られていた」
津田はそう言うと一枚の写真を出す。そこには藁で作られた亀のような小物があった。水の中でほどけかけていたが、それでも甲羅の形だけは崩れていなかった。まるで“沈んでも形を保て”と言わんばかりに、強く結ばれていた。
「鶴で吊ってるなら」
「亀は溺死だ。それに溺れる者は藁をも掴むって事か?...ふざけてやがる」
津田は吐き捨てるように言い、現場から遠ざかった。
だがその一言で、私は同じ犯人だと確信できた。
偶然ではない。藁を“握らせた”事に意味があった。臨終速報は犯行予告として使われている。だが、宇佐美さんの事件は暗礁に乗り上げた。殺人事件としては取り扱うが藁細工だけでは浅井さんとの関連性を立証する程の力はなかった。係長は首を振った。『仮説としては可能性はあるかもしれないが、藁だけでは立証は無理だ』
津田は私の表情を見て「だよな」と言った。
私は手がかりを求めて宇佐美さんの親族から話を伺う事が出来た。来署したのは母親だった。落ち着いた身振りを保とうとしていたが、言葉の端に緊張が残っている。
「宇佐美さんに、何かトラブルはありましたか」
「特には……あの子は静かな人で、仕事と家の往復だけでした」
「最近の様子で気になった点は?」
「特に。休日も家にいて、外出が多いわけでもなくて。変わった様子は見ていません」
淡白な生活の輪郭が、そこにある。目立つ交友もない。話が続かない。
「水場に行くようなことはありましたか」
「ないです。元々泳ぎが苦手な子だったので」
「交友関係で、相談できる人は?」
「いえ。そんな話も聞いた事がありませんでした。仲の良い友人も多くなかったと思います」
“薄い”という言葉が頭に浮かぶ。孤立というほどではないし充実もしていない。
「失礼ですが金銭面などのトラブルはありましたか?」
「いいえ特に。家賃の支払いも滞りはないと思います。節約はしていたようですが、特段切羽詰まっている様子は聞きませんでした」
「最後に、何か気にしていたことはありましたか?」
母親は目を伏せ、少し考えてから答えた。
「…以前に引っ越し費用の為に短期間での副職を探しているとは言ってましたが...それ以外は特にありません」
これ以上聞く事はなさそうだった。
「ご協力ありがとうございます。もし何か思い出したら連絡をお願いします」 女性は深く頭を下げ、署を出ていった。情報は手に入ったが、線はどこにも繋がらない。
私は浅井さん、宇佐美さんの事件を調べてたが進展がないまま、数日が過ぎた。
私は、終わりの見えない現象を一人で背負い続けている気がした。
恐怖で眠れなくなり、睡眠薬に頼るようになった。その夜もいつものように薬を飲み、ベッドに入る。日付が変わる頃、ようやく瞼が重くなってきた——その時だった。
またあの音が聞こえる。ザー……ザー……と、砂嵐のような音。怖いが見ないフリの方がもっと怖くなる。恐る恐るテレビに近付く。これまでと違いノイズが酷く、映像も乱れていた。
「臨……速報で……。・・し・・み・・明正さん。次はあ・・・で……」
金縛りにあったかのように立ちすくんでいると
「ああああああああっ!!」
突き刺すような悲鳴が聞こえた。
反射的に私は、警官としての本能で体が動き玄関へ駆け出した。
扉を開けると、伏見さんが外に出て、壁に背を預けたまま自分の部屋を凝視していた。
「伏見さん!」
声をかけても、彼は目を逸らさず——
「なっ……なんだよ……それ……」と、かすかに呟いた。
「どうしたんですか!? 何かあったんですか?」
肩に手をかけると、伏見さんはびくりと跳ね、こちらを睨む。
だが、私だと気づくと、わずかに力を抜いた。
「……結城さん。テレビが……急に……名前を……」
その言葉で、私はすべてを悟った。
伏見さんも、“見てしまった”のだ。
伏見さんの部屋に入ると、暗いリビングの中央にテレビがぽつんと置かれていた。
映像は消え、ただ黒い画面が光を吸っている。
テーブルの上には、血のように見える赤いもの——。
一瞬息をのむが、それは赤い封筒だった。恐怖が、ありふれた色さえ歪めて見せた。
明かりをつけると散らばった手紙が目に入るも、他に異常はなかったので玄関を出て倒れ込んだままの伏見さんに近づくと、唇がわずかに動く。
「……ごきげんようって、何だよ……」
少しして落ち着いた伏見さんから話を聞くと、
「夜中にテレビがついていて……臨終速報が流れていた」とのことだった。
だが、「内容はよく覚えていない」と、力なく繰り返すばかり。
焦点の合わないその目に、私はそれ以上、何も聞けなかった。
やがて伏見さんは立ち上がり、震える声で言った。
「……家には帰れません」
鍵をかけ、足早に出ていった。
玄関の外に残った冷気が、いつまでも引かなかった。
「まだ宇佐美さんの件も分からないのにもう出たのか?」
翌朝、職場についた私は津田に昨日の件を伝えた。
津田は何かを言おうとしては止めを繰り返していた。考えがまとまらない様子だった。
「伏見さんはあれから一度も戻ってないし、連絡手段も知らないの」
昨夜の出来事で伏見さんは出て行ってしまい、それから戻ることはなかった。
私たちが手がかりもなく考えていると、神蔵さんから連絡が入った。
「……今日また夢を見たんです。『伏見明正』って名前が出てきて……。すぐに伝えなきゃと思って」
『伏見明正』——確か、私が見たときにも“明正”という文字が一瞬、画面に浮かんでいた。
あのノイズの中で聞き取れた断片。それがこの人の名前だったのかもしれない。
……しかし、それだけでは何の手がかりにもならない。
津田に名前を調べてもらい、私は神蔵さんからさらに情報を聞き出すことにした。
「何か手がかりとかはありませんか?」
「……いやぁ、特には……あっ! 足元が変でした!」
「足元? 何の?」
「何か、草のようなモフモフ感と言いますか、あとボロボロの木を踏んでいる感じがしました」
——神蔵さんは夢の中で、足の裏に“湿った草と古い木の感触”を感じたという。
それだけでは、何の手がかりにもならない。けれど、不思議と心に引っかかった。
お礼を言って電話を切ると、津田の帰りを待った。
しばらくして、慌ただしい足音が廊下に響く。
「ビンゴだ!」
津田は息を荒げながら言った。
「伏見明正って名前で、捜索願いが出てる!」
伏見明正さん——六十八歳。地元の市議会議員を務めており、裕福な家庭だった。
7日前から行方不明となっており、すでに警察も捜索を続けているという。
「でも、警察も動いてるのに、まだ見つからないんだぞ。どうすればいいんだ?」
津田が明正さんの資料を持ってきた。
すでに自宅周辺や交友関係は調べられていたが、進展はなかった。
「何か……無い? 他に情報は?」
「車は残ってる。遠出の形跡もない。別荘も捜索済みで、手がかりゼロだ」
「別荘?」
「ああ、狩猟が趣味で、山にログハウスを持ってるらしい」
ログハウス……。神蔵さんが言っていた“草に覆われた地面”と“古い木の感触”。
もしそれが夢ではなく記憶の断片だとしたら——。
「だったらそのログハウスが怪しい。神蔵さんから似た情報が来てる」
「あ? 夢を信じるのか?」
「可能性が少しでもあるなら、それに賭けるしかないでしょ。行ってから後悔するの」
津田が何か言いかけたが、私は先に鍵を手に取った。
もはや夢だけが、私たちを導く地図だった。




