第4章「夢」
第四章「夢」
出動要請が出ていたので遺体発見現場へと向かうことになった。職務中に寄り道はダメだが進行方向は同じだった為、津田にお願いして一度私の家に戻った。やはり施錠はされておらず、鍵は廊下に落ちていた。拾った鍵で扉を閉め足早に津田が待つ車へと戻った。
「うわ、また高層階か……」津田は30階建てのマンションを見上げてぼやいた。
オートロック付きの建物だったが非常階段の扉が故障しており、外部からの侵入は可能で監視カメラはなく死角となっていた。とはいえ、それに気づいたのは遺体が発見されたあとで、いつから壊れていたのかは分かっていない。
「被害者はエレベーターで最上階まで行き、そこから非常階段で屋上に上がった。屋上で睡眠薬を飲み、ロープで首を吊った……鑑識の話ではそういう流れらしい」
「ロープの購入履歴も本人名義で確認されてるしな」津田が資料を確認しながら付け加えた。
私は周囲を見渡すも特に異変はない。だけど胸に不快感が残っている。
「でも……どうしてわざわざここで?」
「自殺する人の動機なんて、他人には分からないだろ」
津田の言葉はもっともだが、どうしても割り切れないし、納得がいかない。
「それに、被害者はここの住人じゃないんでしょ?」
「ああ。だが、エレベーターの防犯カメラに被害者が映ってたし片手にロープを持っていた。スマホでの連絡はあったが、暗号化する奴ですぐには解析できないってよ」
なら浅井さんは何かに導かれるようにこの場所を選び、最後の連絡を済ませてから命を絶ったと言うのだろうか。
「……ふ~ん」
津田は鑑識から受け取った写真をめくった。浅井さんが亡くなる当日の映像には住民以外の人物が写っている。引っ越し業者や配達員など大半は業務での往来しかなかった。
朝倉さん、浅井さん——どちらの死も不可解で、唯一の共通点は“臨終速報”に名前が出たこと。
もし、あの放送が本当に予知なら……
頭の中に、またしてもあの不気味な声が蘇る。
どちらの事件も、場所も手段も繋がりもない。
ただ、そこには「誰も異常に気づかなかった」という静かすぎる終わりがある。
それが怖かった。まるで「次は貴方」と告げる“それ”が全ての命を握っているかのようで——。
そう考えた瞬間、背筋が凍った。私は一度、深く息を吐く。
怖い。だが、それを認めたらもっと怖くなる……。
私は、自分の中の“警察官”としての理性に縋るように理屈を立てたかった。
何処か変な所がないか、鑑識の報告書に目を通すと些細だが私にとっては必要な異変があった。浅井さんの衣服には現場屋上の砂利が広範囲に付着していた。靴底だけではない。衣服にも入り込んでいた。さらに、首の摩擦痕の向きも通常と違う。まっすぐ落ちたなら縄の跡は首の前にあるはずなのに、浅井さんの場合は首の横に跡があった。
即ち——転がされるように落下した。そう考えるのが一番、理屈に合っていた。誰かが浅井さんを眠らせて落としたって事になる。
証拠は決定的ではないが、この積み重なった不自然さを説明するには、人為的な介入が一番筋が通る。それに遺体のポケットに入っていた小物が気になった。大人の男性が持つような物には見えず、違和感があった。
「ねぇ。これって何だと思う?」
津田はその写真を見て少し考えている。
「何だこれ。見た感じは藁だな…小さな箒か?」
箒にしては柄が短い。私には熊手にも見えた。しかも長い所には赤い紐が結ばれていた。ただのお守りかも知れないが、私には異物にも見えた。報告書には、索溝は明確で自殺も否定できないとしつつ、衣服への砂利付着状況および移動痕から、第三者関与の可能性を付記した。その後、藁で編まれていた小物の写真をコピーした。
その後、浅井さんの親族から話を伺う事が出来た。浅井さんが独身であり警察署に来たのは妹さんだった。 「兄は恨まれるような人ではありません」 そう言うと不安からか体をこわばらせていた。 「では、最近気になるような事はありましたか?」 「いいえ、兄は一人暮らしなので私は知りません。ただ...」 「ただ?」 「昔からそうだったんですが、少しお金遣いか荒かったので、借金はあったかもしれません」 それは既に調べてあり、浅井さんは消費者金融数社から借金をしており、生活としては切迫していた。だがそれが故に殺されるような額ではないし、いわゆるグレーな所からの借入はなかった。 「分かりました。一応確認ですが、朝倉さんと言う方に心当たりは?」 妹さんは即座に首を横に振った。 「聞いた事はありません。実家にも顔はあまり出しませんでしたし、その...交友関係も広くなかったと思います」 なら、この二人に対する接点は少ないか... 現場は似たような高層階だけど関連性が見当たらないけど、臨終速報だけが絡んでいる。 これは偶然なのか?それとも必然なのか?胸の奥に不快感だけが募る 「ご協力ありがとうございます。また改めてご連絡します」 私は妹さんを署の出口まで誘導して送り出す。帰り際に深く頭を下げて去って行った。例え疎遠でも家族を失った悲しみは同じ...早くこの事件を終わらせる必要がある。
臨終速報について情報が欲しかった私は報告書を提出した後、神蔵さんに連絡をし会う約束を取り付けた。勤務時間が終わり私は神蔵さんと会うためファミレスに向かうことにした。
津田にそれを伝えると「ファミレスまで送るぞ」と言ってくれて車を出してもらう事になった。
神蔵さんの姿を思い出す。同じ“臨終速報”を見た者同士。
彼女の言葉の中に、何か手がかりがあるかもしれない。
そう信じたかった。
私は簡単にこれまでの経緯を津田に話した。津田は黙って聞いてくれた。
「何で浅井さんは亡くなったんだろうな」
信号待ちをしている時に、津田はそう呟いた。
「それは私が知りたい。あの二人には接点がなかったし、犯人像がまったく浮かばない」
どちらの事件も状況は似ているのに、関係性が見えてこない。
唯一の共通点は“臨終速報”だけで、それは何の意味も持たなかった。
浅井さんの職歴から見ても、朝倉さんとの繋がりは見当たらなかった。
「でも別に接点がなくてもいいだろ?」
津田は何が悪いのか分からないような顔をして言った。
「日本の殺人事件における犯人は、顔見知りを含めた身内がどのくらいの割合か知ってる?」
「半分くらい?」
「80%は超えてるのよ。だから調べる際は家族や周辺トラブルを重点的に見てるでしょ?」
「マジか……血の繋がりが憎しみに変わるのか」
なんかロマンチストなことを言ってる気がするけど、私はスルーした。
「そして通り魔的犯行は僅か5%ほど。もし無差別なら、犯人を探すのは難しいの」
津田は「なるほどな」と短く返すと、信号が青に変わった。
車が静かに発進し、窓の外の街灯が流れていく。
数字を並べて冷静さを保とうとしても、心のどこかでは分かっていた。
——この事件は、統計では説明できない。
私が考え込んでいる間、津田はそれ以上何も言わず、静かにハンドルを握っていた。
目的地のファミレスに着くと、私は軽く息を吐いた。
少し待つと、神蔵さんがやってきた。
以前のような特徴的な服装ではなく、落ち着いた格好だった。
隣に座る津田を見て、一瞬顔を硬直させる。
「本当に私は何もやってません」
開口一番に何を言っているのか?やっぱりこの人の自宅を一回調べた方が良いのではないか?
「まだ何も言ってません」 それよりも私の唯一の共通点である神蔵さんに聞きたいことがあったのだ。
「先日、臨終速報を見たと言って警察庁に来ましたよね?内容とか状況をもっと詳しく聞きたいのです。」
呼び出した理由を聞いた後、神蔵さんはホッとした表情になり、「あ~そっちなら良いですよ」と言った後、「何か頼んで良いですか?」とメニューを開いた。
「どうぞ、折半ですけどね」
「情報提供料みたいなのはないのですか?」
急に図々しくなったなこの人と思いながら、少し脅す事にした。
「それだと違法になるので捕まりたかったらどうぞ」
「なら大丈夫です」
目を伏せメニューを閉じ、コップに水を注ぎそれだけで済まそうとした。
「・・・まぁ常識の範囲であれば奢りますよ」
なぜか同情してしまい つい言ってしまった。神蔵さんは嬉しそうな顔でパスタを注文した。
パスタが届くと、神蔵さんは「わあ、美味しそう」と嬉しそうに声を上げた。フォークを手に取ると、迷いなく麺を巻き、口に運ぶ。思ったより上品に食べている。私は水をひと口飲みながら、ぼんやりとその様子を眺めていた。
「なら何でも答えますよ。今なら占いも無料でやりますよ」と生き生きとした表情で言ってきた。
「占いは結構です。臨終速報を見た流れを聞きたいのです」
食べ終えた神蔵さんは口元を拭いて思い出すように目線を逸らしていた。
「あれは夢の中で見たんです」
・・・夢?私は現実のテレビで見たけど、この人は夢で見たの?
「よくあるニュース番組のセットの前に居ました。ニュースキャスターが原稿を読み上げてて『ここで臨終速報です。朝倉義男さん。次は貴方です。』」と言って私を見て言ったんです。それで目が覚めました。まぁ夢だろうと思ったんですが、それから1週間後に朝倉さんが亡くなったので正夢だったんだと思って怖くて駆け込んだんです」
神蔵さんが話した内容は、私が見たものと類似している。
「私も似たようなものを見たんです。」
私がテレビで見た内容を伝えると、神蔵さんは少しだけ表情を変えた。
「……え? テレビで?」
「そう。夜中に映ってました。それも二回も。」
「そんな非現実的なこと、ありえません。」
占いとか夢を語る人に否定されるとは思わなかった。
「そっちだって似たようなもんだろ。」
初めて津田の意見に同意したくなった。だが神蔵さんの表情がどんどん険しくなる。
「それなら、ゲン担ぎも日頃のルーティンも無意味ですよね?運って、不確定なものに縋るんですか?」
津田は少し気圧されたのか、「運と占いは違うだろ」と言い返した。
「似たようなものですよ。お守りだって、ただの木の板が入ってるだけですし、御神籤だって紙に書かれただけ。
でも、人は“そこに意味を見つける”んです。タロットも同じです。」
津田は黙ってしまった。確かに神蔵さんの言い分は間違っていない。
「私達は答えを言うんじゃなく、方向を示すだけなんです。
初めての土地で地図もなく目的地に辿り着けないでしょう?
占いは、その“方角”を教えるだけ。少しでも近づけるように後押しする仕事なんです。」
そこまで言って、神蔵さんは我に返ったように息を整えた。
「……ごめんなさい。つい熱くなってしまって。」
周囲の視線を意識したのか、少しシュンとする。「こっちが失礼なことを言ったので、ごめんなさい。」
怒らせたのもあるが、こちらの対応も悪かった。素直に謝罪し、神蔵さんの言う通りデザートとドリンクバーで手を打つことにした。
……この人、本当はネゴシエイターの方が向いているんじゃないか?
「なら、占いとして——あなたが見た夢は、どういう意味になるのですか?」
この人が夢で見たことを現実で当てた意味。それが知りたかった。
「……夢の解釈には流派があります。フロイトは夢を“抑圧された欲望”の表れと考えます。自己否定や罪悪感——心の奥底にある不満の噴出です。ユングなら、“死”は変化や成長の象徴。夢の中で死ぬなら、それは何かを変えたい願望ともとれます」
神蔵さんは一度言葉を区切る。
「でも、これは“自分が死ぬ場合”の話。他人の死は象徴や関係性を表します。“親”や“教師”など、抽象的な人がベターなんです。なので、“朝倉義男”みたいに具体名でしかも一致すると考えると…」
神蔵さんはそう言うと、腕を組み目を瞑った。自分の中で結論を出そうとしているのだろうか?少し待つと目をゆっくりと開き
「なので分かりません。まぁ未来の私が分かってくれるでしょう」と言いケーキを頬張り始めた。
彼女は“分からない”と言って笑った。
その笑顔には、恐れも焦りもなかった。
それができる人間でいることが、なぜか羨ましく感じてしまった。そして私はなぜか鞄からコピーした正体不明の藁細工を神蔵さんに見せた。
「神蔵さん。これってなんだと思います?」
私が聞くと神蔵さんはジッと写真を見て
「藁で作った鶴ですね。縁起物としては定番ですよ」と即答してくれた。
「鶴?」
「ほら鶴は千年亀は万年って言いますよね。あれです。しかもこの鶴は結構上手くできてますね。手作業が得意なんですか?」
神蔵さんの言葉を聞いてから写真を見ると確かに鶴に見えて来た。ならこの広げたのは羽で長いのが首って事になる。
「...でも鶴って首に赤い線はないよね?」
「そうですね。作った人のアドリブとかじゃないですかね?同じじゃつまらないし」
この藁で作られた鶴は浅井さんが作った物だろうか?それにこの赤い紐...少し嫌な感じがする。
「これって模様だったら塗るだろ?わざわざ紐にしたって事は吊ってるって意味じゃないか?」
津田の一言である言葉が浮かんだ『シリアルキラー』ならこの鶴は犯行儀式としての犯人からのメッセージになる。
「吊るって鶴にかけてます?」何も知らない神蔵さんは冗談として受け取っている。でもその言葉も合っている気がしてきた。長寿の縁起物である鶴を使って首吊りなら犯人の異常な執念を感じてしまう。
神蔵さんはお腹が満たされると「また今度」と言い帰ってしまった。
彼女の「分からないままでいい」という声が、まだ耳の奥に残っていた。
でも私は、その“まま”にしておけなかった。
何かに意味をつけないと、落ち着かない。
だから、私は津田に声をかけた。
「ねぇ。今回の事件はどう思う?」
津田は食後のコーヒーを飲みながら、腕を組んだ。
「“臨終”だし、結局は死ぬって訳だよな。気味が悪いし……なんだこれ?」
「そんなもの、知る訳ないでしょ」
「しかも“速報”って言うわりには時間がかかる。“速報”というより“予告”だな」
津田はコーヒーにミルクを足しながら言った。
「しかも今回は他殺の線が高い。なら、あれは犯行予告としても成立するよな?」
「確かにそうね。しかも直前に連絡も取ってたみたいだし」
自殺する人が、相手が分からなくなるような手段で連絡を取る——それは、ありえるのだろうか。
津田は少し間を置き、低い声で続けた。
「……つまり、あの“臨終速報”は“死を告げる放送”じゃなく、“殺す相手を指名する放送”ってことになる」
「指名……?」
「そう。放送に名前が出た瞬間、その人間は“殺される対象”として選ばれる。
つまり、“誰かが意図的に”それを流してる。自殺でも予知でもなく、殺人って事だ」
津田の言葉が、空気を冷やした。
「放送が流れた時点で、次の“犠牲者”が決まる。なら、“臨終速報”ってのは“犯行予告”であり、同時に“宣告”だ」
その理屈があまりにも単純で——だからこそ、何も考えられなかった。
「だったら、なんでお前と神蔵は見たんだろうな?」
津田の疑問に、私は答えることができなかった。




