最終話,人魚の宝石
――大丈夫だよ、大丈夫だよ。
耳に残るジークのその言葉。
リズは白い貝殻でできた壁に背をもたれさせ、ぼんやりと自分の、空っぽの宝物入れを眺めていた。
リズの鱗と同じ、珊瑚のような色をした貝殻。
この間までは蓋を開けば、きらきらと美しい宝石達が待っていたのに。
今貝殻の中は、何もない。見ていると、不思議な虚無感に襲われた。
リズは貝殻を重ね合わせて蓋をして、ドレッサーにその貝殻を置いた。
――やっぱり、黒い珊瑚の意思がだなんて、考えすぎというか、気のせいだったかしら。
リズは先日の会話を思い出し、どこか決まり悪い気分になった。
――だって、あれ以来何も無いし。それどころか今じゃ宝石が水を呼ぶ理由とか、黒い珊瑚が生まれた理由とか、なんであんなにも確信があったのかが分からない。
リズは自分の中の、あの時の感覚がどんどんと薄まっていくのを感じた。体の中の水が入れ替わっていくと共に。
「答え合わせ」が済んだ後、体は元に戻っていく。
そして何もかも忘れていく。
「きゃあー!」
燦然と輝く太陽の下。リズは湖で泳ぐ生き物を見て悲鳴をあげていた。
「あっはははは!」
ジークは側で笑っている。手にはリードを持ったまま。
泳いでいるのは、首輪をした犬。ふさふさした見事な毛並みの犬が来て、最初、リズは可愛い可愛いと喜んでいた。
しかしジークがにやりと笑って、犬を湖に入れた途端。
犬の毛は水に濡れてぺたんこになり、犬はまるで別の生き物かのように細く小さくなってしまった。
それを見て、リズは驚き悲鳴をあげた。
ジークは思った通りだと笑いながら、変わり果てた犬の姿から後ずさるリズを見ていた。
「リズ、前に俺の髪が濡れた時驚いてたでしょ。だから、絶対いつか濡れた犬を見せようって決めてたんだ。驚くと思ったから。」
それを聞いたリズは、もう、ひどい! と言いながら笑っていた。
濡れた犬は、まるでしぼんだ風船だ。しぼんだ風船が犬かきで近付いてきて、リズがまた身を硬くする。
しかし恐る恐る手を前に出し、寄ってきた犬をリズは両手で抱きしめた。
「す、すごく不思議な感触。毛が……なんだっけ、濡れる? んだったっけ。私達にはそれが無いから……」
犬に頬や唇を舐められて、リズはそれ以上喋れなくなってしまった。くすくすと笑いながら、犬を抱きしめる。
そんなリズに、ジークは声をかける。
「犬は体温高いから、火傷しないように気をつけてねー!」
「はーい!」
人魚が住む湖には、宝石があふれていた。
その宝石は全て、人間達が捨てたもの。
宝石と水の織りなす美しい世界で、少年と少女は恋に落ちた。
貝殻に入れられていた、人魚の宝石はもう無い。
人魚の宝石は、今も水底で沈んでいる。




