第5話
「…もう一人新任がいるなんて聞いていないんですけど…」
4月9日になった。職員室には私と瑠璃さんしかおらず、瑠璃さんはりんごを丸齧りして食べていた。八代さんから聞いた衝撃の新情報を瑠璃さんに聞いてみた。
「そうだね、言ってないからね」
呆れ返る私をよそに、瑠璃さんは無邪気にりんごを齧っている。
「なんかお偉いさんの推薦?らしいね」
そういう情報は早く言ってくれ…と頭を抱える。何で毎回情報源が警備員さんなんだ・・・。
「こんにちは!佐倉先生、御酒先生!」
佐野くんが登場した。相変わらずの弾ける笑顔だ。
「あの子、普段はめっちゃテンション低いんだよ、信じられる?」と瑠璃さんが耳打ちする。
「え!?」
「私と同類だったってわけ。まあ私の素もバレたけど」
信じられないけれど、まあずっとハイテンションなのが疲れるっていうのもわからないでもない。
ていうかもう素がバレてしまったのか。まあ瑠璃さんも猫被ったままでは疲れてしまうだろうし仕方がない。
「私と話す時はそこそこテンション高いけどね」
それは佐野くんがあなたに惚れているからです・・・と言いたかったがやめておいた。
するとコンコン、と音がして、「あ、あの・・・」と弱々しい声が聞こえた。
「どうぞ」
と瑠璃さんが大声で言う。
「し、失礼します・・・ま、松本翔介と申します。よ、よろしくお願いします」
佐野くんとは打って変わって、弱々しくて覇気がない男性だ。
「君、聞いてるよー?」
「へ?な、何を・・・」
松本くんは顔を強張らせる。瑠璃さんは彼に近寄っていって何かを囁き、次の瞬間松本くんは何かを恐れるような顔をした。
「ま、せいぜい気をつけるこった」
そう言うと瑠璃さんはりんごをさらに齧った。
「何言ったんです?」
恐る恐る瑠璃さんに訊いてみる。
「別に・・・不安の芽は摘んでおこうかと」
瑠璃さんは長年生きているだけあって、勘がいいし、何かの兆候もすぐ察知する。このおどおどした松本くんから、何かを察したのだろうか。
「わー、君は理科教師なの?僕も新任なんだ。よろしくお願いします!」
佐野くんはそんなことも気にせず松本くんに近づいて、手をぶんぶん握手していた。
「ああ、大江先生の後任なんですか」
「そうだよ?ていうか本当に田中ちゃんはお偉いさんの圧力に弱いよねー」
瑠璃さんが田中ちゃん、と呼ぶのは今の校長のことだ。
「ハーイみんなの人気者田中ちゃんだよー」
「「うわっ」」
校長がいつの間にか職員室の真ん中に立っていた。そう、いつもこの校長は気配がイマイチない。瞬間移動のごとく現れ、いつの間にかいなくなっている。
「佐倉先生、新任ちゃんに圧力かけちゃだめですよ」
「いつから見てたんだよ」
「佐倉先生が職員室来る前からいたわよ?あ、りんごは汁が飛ぶから禁止ね?」
「そんな」
瑠璃さんはりんごを取り上げられている。瑠璃さんはいつも飄々としているが、校長には「おっかねー」と言って従っている。「給料も家も握られてるからね」と前に言っていた。確かにそうではあるけれど、何か違う理由もありそうだ。本心は計り知れない。
「それにしても彼、いい子でしょう」
校長が私に言った。
「佐野くんですか?」
「ええ、しっかり面倒見てくださいね」
まあ・・・言われたからには大丈夫だが。
「それに比べて、あいつは駄目だね」
瑠璃さんが言う。え、と顔を瑠璃さんの方に向けた。
「松本の方」
「どうしてそう思われるのかしら」
校長がにっこりと訊く。
「だって奴の推薦でしょう?警戒して下さいね、お二方」
珍しく敬語を私たちに使ったかと思うと、瑠璃さんは不敵な笑みをした。
「そんなに危険人物なんですか、毛利さんって」と私は思いきって訊いてみた。
「一度会ったことがありますけど、そんな変な人でもありませんでしたよ」
「いーや、毛利はあいつの手先だから」
あいつ、というのが誰だか分からなかったから、それからはしばらくその話を忘れていた。でも、すぐに思い出されることになる。
なぜなら松本くんはそれから程なくして学校を去るからだ。
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