第1話(後編)
あれは私が教師になった日、4月10日のことだった。
胸を高鳴らせながら校門をくぐり、校舎まで歩いていると、『こんにちは』と声をかけられた。
『え?』
振り返ると、そこには桃色の袴を着た女性が一人立っていた。
『ああ、こんにちは』
誰か見覚えがあるけれど思い出せなかった。その日は入学式だったので、私はその人を誰かの保護者だと思った。
『頑張って下さいね』
と、その人は微笑んで言った。
『ありがとうございます』
彼女が私を新任だとわかっていたようだったのも、保護者だと思った理由だった。
『誰かを待たれているんですか?』
桜の木の影の中でぼんやりと立っているその人が動く様子がなかったので、私は声をかけた。
『まあ・・・ええ。』
そう言って女性は頷いた。
『暑いでしょう。中で涼まれたらどうです?』
その日は4月のわりに暑い日だったから、袴を着た彼女が暑いのではないかと思った。でも彼女は断って、『早く行かないと遅れますよ』と手を振った。
私が一礼して行くときに、彼女が何か言っていた気がするが、今はもう思い出せない。次に振り返ったら、もうそこには誰もいなかった。
その後入学式でどこを探しても袴を着た人なんていなかった。だから不思議な出来事として記憶に残っている。
「私、その精霊に会ったことある気がします。願いとかは特に叶えてくれなかったけれど」
と私が大江先生に言うと、「本当?」と言って笑った。
「そりゃあ運が良いね。佐倉先生は?私なんかよりずっと前から学校にいるんだから、一度くらい見たことがあるんじゃない?」
大江先生が振り返って瑠璃さんを見る。
「・・・無いかなあ」
どこか瑠璃さんは寂しそうな顔をしている。「それに」と続けた。「幽霊とか精霊とか、所詮はまやかしだから」
「そんなつれないこと言わないで下さいよ」
「私の元には来てくれないさ、私なんかに会いたいと思う人なんかいないし」
「でも、夢があるわよね、幽霊とかって」
大江先生はいつのまにか瑠璃さんから奪った酒瓶で自分の盃に酒をたっぷり注いで一気に飲んだ。
「もう10時だ。そろそろお開きにしよう」
他の先生たちを見送って、私たちも店を出た。
「あ、大江先生。これ、よかったら」
店を出て、私は大江先生にグラスの入った箱を渡した。「本当にお世話になりました」
「まあ!ありがとう。大事に使わせてもらうわ」
大江先生はにっこり笑った。安心感があって、私はこの笑顔が好きだった。
その後、「たまには顔を出して」と大江先生に言い残して、瑠璃さんは帰ってしまった。
「結局答えは聞けなかったわね」
「え?」
「佐倉先生が何歳か」
そう言うと大江先生はまた寂しそうな顔をした。
「・・・先生は、誰か会いたい人がいるんですか」
先程の会話を思い出したので、尋ねてみた。
「そりゃあいるわよ。この歳になれば両親とも死別したし、友人だって何人か・・・」
「・・・そうですよね」
「大事にしなさいよ。人生は間違いの繰り返しでもあるからね」
大江先生はそう言うと私の背中をポンと叩いた。
「佐倉先生をよろしくね」
私じゃプライベートを聞くほどの関係にもなれなかったから、と大江先生は付け足す。
その時、風が私の横を通って行って、ふと振り返ると、あの袴の彼女が見えた気がした。
「あ」
思い出した。あの時何と言われたのか。
「どうしたの?何か忘れ物でもした?」
「いや、大丈夫です」
あの人の寂しそうな笑顔と大江先生の顔が重なる。
「──それじゃあ」
「はい。お世話になりました」
大江先生と別れて、ふと誰もいない道で立ち止まって目を瞑る。
『──あの人を、よろしくね』
『え?』と思わず聞き返した。
『あの人はいっつも強がっているけれど、寂しがり屋だから』
袴の精霊は、あのときそう言った。『あの人』というのがその時誰だかわからなかったけれど、今ならわかる。
・・・そうか。
袴の彼女は、毎朝学校の玄関で見でいる、初代校長だった。
「霊とか精霊とか、まやかしじゃあないですよ」
いつか瑠璃さんに言ってあげよう。
あなたに会いたいと、あなたの幸せを願う人だって、確かにいるってことを。
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(切実に!待ってます!)
拙い文ですが、これからも頑張ります!




