第1話(前編)
「この学校の七不思議って知ってる?」
と、送別会で大江先生に訊ねられた。
大江先生は今年定年を迎えた理科教師だ。私の新任時代には教育係をしてくれていた。とてもお世話になった人だ。
「何ですか、いきなり」
「いやぁ、単純なる興味なんだけどね」
大柄な大江先生は居酒屋の席が窮屈なようで、すこし縮こまって酒をちびちび飲んでいる。
「その一つに、『佐倉先生は何歳なのか』っていうのがあるんだ」
私は飲んでいた麦茶を吹き出した。
「生徒っていうより教員の興味ですね」
「御酒くん、君は知ってるだろ?」
大江先生はこちらをじっと見た。空になった盃を振りながら。仕方なく酒瓶を掴んで注ぐ。
大江先生は、私と佐倉先生──瑠璃さんが親しいのを知っている。だから知っているのだろうと踏んだんだろう。
「19歳だよ」
返答に困っていると、瑠璃さんがひょっこり私と大江先生の間に顔を出して言った。瑠璃さんの白い髪がさらさらと光る。
「こんなばあさんのお酌も疲れたでしょ。あとは私がしといてあげる」
そう言って私から酒瓶を奪うと大江先生の私がいないほうの隣に座った。
「人のこと言えないくせに、今日の主役に冷たいなぁ」
瑠璃さんは自分のコップにも酒を注いでごくごく飲んでいる。
「19歳の飲酒はだめでしょ」と大江先生にコップを取り上げられた。「で、本当は?」と大江先生が尋ねた。
「他の七不思議も気になるなあ」
大江先生そっちのけで瑠璃さんは言った。
「確かに、私も気になります」
私も同意した。
「何かはぐらかされた気もしないでもないけど…仕方ない」
そう言って大江先生は話し始めた。
「一つ目は『誰が歴代校長の肖像画を描いているのか』だね」
肖像画というのは学校の玄関に飾られた大きな校長達の絵のことである。全て同じタッチで描かれている。まあ、何となく犯人はわかっているが…
「あ、それ私」
瑠璃さんが自分を指差して言った。
「毎回描くの大変なんだよねー」
大江先生はやっぱりか…と苦笑いした。
「二つ目は『深夜の学校の幽霊』だね。夜中の2時とかに学校の明かりがついてることがもとネタなんだけど」
「それも私だね」
今度は即レスした。
「たまに不審者とかいるからね」
そんな話聞いたこともないが…不審者のその後とか大丈夫なんだろうか。
「よーくお話しして帰ってもらってるのよ」
そう言ってふふ、と笑う。ちょっと怖い。
「三つ目は『教員寮の霊』だね」
「霊ばっかだな」
瑠璃さんはため息をつく。
私にはうっすらオチが見えていた。
「人のいないはずの教員寮から物音がするっていう」
「私、住んでるんだけど」
「これは生徒が言ってた話だから」
そう、無駄に立派な教員寮(築90年)には瑠璃さんだけが住んでいる。もちろん家賃はしっかり払っているらしい。
「こんな調子でさっき話したのも含めあと三つは多分佐倉先生の話だと思う」
そう言って大江先生はがっはっは、と豪快に笑った。
「でも最後の一つは本当のホラーかも」
「どんな話なんです?」
どうせ瑠璃さんだろう、と思って聞いてみた。
「『4月10日の精霊』っていう話なんだけど、結構有名だよ」
結構有名という割りに、私には聞き覚えが無かった。
「私は会ったことがないんだけど、新入生と新任教師しか会えないモノでね」
4月10日の入学式の日には、門の横の桜の木の下に、袴を来た女性が立ってて、何か一つ、話した者の願いを叶えてくれるのだ、と大江先生は言った。そしてその女性は、黒髪を簪で止めた人なのだ、と。
そう言われて、私は20年以上前の、新任として赴任してきた日を思い出した。
続く
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