第16話 私にしか出来ないこと
呆然と家に向かう。途中、何度も人や自転車にぶつかりそうになって、頭を下げる度に、堪えていた涙が溢れそうになる。徒歩20分の帰路が、果てしなく感じる。
『私は、瑠璃さんがどんな人かを知っています!それで、十分です。瑠璃さんが色々打ち明けてくれる日まで、待ちます!』と私が言った後、瑠璃さんは、冷たい目をして、
『悠湖は、私のことをどれだけ知っているの・・・』と言ってしゃがみ込んだ。
『え?ひ、人柄、とか・・・』
『松本だって言っていたでしょう?そう、本当にその通り。あなたは私のことを一割も知らない』
何も、言い返せなかった。
私は人生のほとんどを瑠璃さんと一緒に過ごしてきた。私は瑠璃さんの娘のようなものだ。でも──何かこの関係性の危うさも感じていた。
いつか、瑠璃さんが居なくなってしまうんじゃないか。だってこの人は、いつも本音を隠している。
でも、その不安に蓋をして生きてきた。それと向き合う日が、来てしまったのだ。
どうにかして家に帰ると、娘の十和がまだ起きていた。
「お母さん、おかえり。・・・どうしたの?」
怪訝な顔で見る。
「瑠璃さんが・・・いなくなっちゃう・・・!」
言った瞬間、涙が溢れ出た。
「え?なんで?」
「私たちを守るためって、ひっく、言ってた・・・わ、私には、どうにもできないの・・・どうしたら良かったの・・・?」
「?」
娘は何を言っているのかわからないようだったが、何かを察したのか、私の頭にポンと手を置いた。
「行っておいでよ」
「え・・・?」
「昔から、お母さん、私が友達と喧嘩したときに言ってくれたよね、しっかり向き合ってこいって」
「うん」
「だから、あたしはお母さんに言えることはそれしかないよ。向き合っておいでよ」
すごく、すごくまっすぐな目だった。
「その人にしか出来ないことって、あるようで中々思い付かないけど・・・それどもね、あたし、その人にしか出来ない・・・換えが効かないものって、確かにあると思うんだ。でも、その多さは、その人が積み上げてきた人徳っていうか、どれだけ人と向き合ってきたかにかかっていると思うんだ。」
「うん・・・」
「それで・・・それでね、あたしが言いたいのはね、お母さんは、いい人だからね、人を大切に出来る人だからね、瑠璃さんのことだって大切にしてきたでしょう?」
瑠璃さんの顔が浮かんだ。色々な表情があって・・・そりゃあ全てが本音というわけでは無いだろうけど、瑠璃さんは私に向き合ってくれていて、私は・・・色々目を背けたくて・・・瑠璃さんのことをあまり知ろうとしなかったけれど・・・。
「うん、ありがとう」
頭のもやが晴れていくのを感じた。
「ちょっと・・・行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
娘はひらりと手を振った。
それから私は──走って走って走って──息切れも何も気にせずに走った。
「る、瑠璃さん!」
今度こそ、向かい合う。
「ああ悠湖、迷惑をかけるね。じゃあ・・・」
瑠璃さんは目を逸らしながら言う。
「行ってしまうんですか」
もしそれが瑠璃さんの願いなら、私は止めることが出来ないと思った。でも、ほんの少しでも、一緒にいたいと願うなら・・・
「うん、まあ長居しすぎたかな。こんなに一つの場所に留まったことなんて無かったよ。もう悠湖も立派になったし・・」
明るい声で言う。
「だから、もうお別れだ。私の人生の短い間だったけど、私は悠湖と過ごせて楽しかった。元気でね」
瑠璃さんの目には決意が宿っている。でも、どこか寂しそうだ。
「わ、私は・・・瑠璃さんに、行ってほしくありません!瑠璃さんのことが大切です!だから全力で止めます!」
瑠璃さんを両手で抱きしめた。昔、瑠璃さんが私の手を握ってくれたみたいに。
「・・・このままだと、悠湖は死ぬんだ・・・」
瑠璃さんがポツリと言った。え、どういうこと?と思ったが瑠璃さんを離さない。
「それでも、私と離れるのは嫌?」
「そんなこと、わからないじゃないですか。私、死にませんよ!」
「わかるんだよ!」
瑠璃さんは私を振り解いた。
「輪廻は廻る・・・死んだ魂は輪廻に返る・・・私は、松本と同じように、悠湖の前世たちを知っているから・・・」
「え?」
「私が悠湖を引き取ったのは・・・悠湖が・・・死ぬ未来を回避するためだ・・・今度こそ」
瑠璃さんの目は本気だった。




