第13話 その人を知るということ③
『もし私とこの子が養子縁組することを許可してくれるなら、この預金の半分を差し上げます』
と瑠璃さんは言った。
『あなたにとってこの子はさほど大切でも無いのでしょう?──月に一度しか帰らず、食事もろくに与えず教育も施していないのだから。そんないわばあなたにとってお荷物なこの子を私が引き取り育て──あなたは5000万円を手に入れる。悪い話ではないかと』
『そんなの・・・許されると思っているの!?大体あんたは日本人でもなければ子供じゃないの!?』
母の剣幕は恐ろしかったが、それは私の為ではなかった。口元が少し緩んでいた。
『おや、私は日本人ですよ?あと年齢はこの免許証をご覧になれば・・・』
そう言って瑠璃さんは母に免許証を見せた。母はそれを見ると驚いて、『若作りなのね・・・』と呟いた。
今考えると、瑠璃さんがその時最後に戸籍を獲得した──戦後すぐの年齢だったはずだから、相当なものだったに違いない。
『それにほら、必要な書類はここに。サインさえして頂ければ、明日にでも5000万は振り込みます。もう振込先の調べはついているの。』
瑠璃さんはそう言うと再びにっこり笑った。
それから母は完全にお金のことしか頭に無く、サインを必死でして、私の方も振り返らずに家に入った。
『ああ、あんたはじゃあもううちの子じゃないから。はあー清々したわ!ありがとうねえ、あなた。何だっけ、佐倉さん?こんな子お荷物ですけど、よろしくお願いしますねえ』と瑠璃さんにヘコヘコしながら。
母がいなくなって、しばらく呆然としていたら、瑠璃さんがボソッと言った。
『見る目が無いと思わない?』
『・・・え?』
瑠璃さんは私の手を握って言った。
『あのひと、悠湖のこと、お荷物ですって。本当はそんな腐った言葉、悠湖には聞かせたくなかったけれど、母親と接触するにはこれが一番だと思ったから。ごめんね』そう言うと私の頭を撫でた。
『キミは──可能性に満ちているんだ』
その瞬間、私の人生が変わった二度目──世界が色付き、『自由』というものを知った。
『ようこそ。今日から悠湖はうちの子だ。寂しい?』
瑠璃さんはそう尋ねると私の顔を覗き込んだ。
『ううん・・・不思議と、あのひとには未練はないの。今、とっても自由。』
そう言うと、瑠璃さんはパッと笑った。今度は心からの笑顔だった。
『なら良かった』
道を歩いていて、ふと『あ』と立ち止まって瑠璃さんが言った。
『そう言えば私、不老不死なの。まあ悠湖に今のところ害はないはずだけど、よろしくね』
『はあっ!?』
ハッと我に返る。そんな回想に耽っている暇はなかった。
「・・・っ瑠璃さん!」
「・・・何?悠湖には、気分が悪い話でしょう」
瑠璃さんは暗い目をしていた。
「でも、お兄さんを殺したってったって、肝心のどうしてなのかを話してくれていないじゃないですか!瑠璃さんは理由もなくそんなことをする人じゃありません!それは私が一番よく知っています!」
私は恐れていた。瑠璃さんが自分が不老不死であると明かしてくれたその日から──その長い人生の中で、何を思い、何をしてきたのか。
「知ってる?私の何を?」
「私は、瑠璃さんがどんな人かを知っています!それで、十分です。瑠璃さんが色々打ち明けてくれる日まで、待ちます!」
それが、瑠璃さんを知るということだ。




