第10話 もしものために
次の日から、松本先生はもう学校に来なくなった。
「校長」
「どうしたの?」
「校長は初めからわかっていたのですか?その・・・松本先生が犯人だと」
「うふふ」
校長は不敵な笑みをした。「田中ちゃんはは何でも知っているのよ」
じゃあ何故松本先生を野放しにしたんだ、と言いたくなった。おかげで手を焼かされたじゃないか。
「おはようございます・・・」
珍しく、佐野くんの明るい、陽のオーラがない。
「おはよう。元気ないね?」
「そりゃあ、同期があんなことになったので。それに、佐倉先生の謎も増えたし・・・ほとんど眠れませんでした。」
「寮ではいつもこんなテンションなのよ」と、後ろから声がする。
「ああ佐倉先生、おはようございます」
「おはよ。ねえ御酒先生、ちょっと話いいかな?」
瑠璃さんは手招きした。今日は英語科の準備室で話す。
「昨日の、ことなんだけど・・・」
瑠璃さんは眉間に皺を寄せる。
「ついさ、毛利についていろいろ言ったじゃない?佐野くんの前で」
「ああ・・・大分不死身の話に踏み込んでましたよね」
「色々話しながら、『しまったな』って思ったの」
それは話している時にうっすら思っていた。
「それで、佐野くんには言ってしまおうかと」
「え?・・・何を」
「私の不老不死。・・・もしものために、ね」
え?と混乱する。何で、と。
「私は反対です」と私はきっぱり言った。「大体、佐野くんが毛利の手先ではないとは限らないでしょう」
「いいや、彼は大丈夫」
「何を根拠に・・・」
「わかるんだ」
まっすぐとした目だった。
「まあ私の兄については、話さないとでしょ?」
「・・・」
「だから今週末、教員寮で」
「・・・わかりました」
それから松本先生が学校に来ることはなく、教員だけには一身上理由で退職したとだけ伝えられた。
幸い、松本先生はどの組の副担任もしておらず、まだ4月だったこともあり、生徒たちに混乱はなかった。
家に帰って悶々と考える。
瑠璃さんは、何故佐野くんに話すことに決めたのだろう。今まで私が見てきた中で、大っぴらに言っていることはなかった。「言うと後々面倒だからね」と瑠璃さんは言う。ならいくらもしものため、といっても佐野くんに話す必要はあるのだろうか?
わかっている。これは、嫉妬だ。佐野くんと瑠璃さんが打ち解けているのを感じているんだ。でも、嫉妬以上に、何か不安がある。
「後々」面倒だと言った。ある考えが頭をよぎる。もし、瑠璃さんがこの学校に長くいるつもりが無いのだとしたら──?
気がつくと電話をしていた。
「もしもし、瑠璃さん?今週末の件で、聞きたいことが・・・」
『・・・話すことは無いよ』と小さな声がして、電話は切られた。
空模様が段々と悪くなっている。どす黒い雲が、空を覆っていく。
まだ先の見えない不透明さに、悩まされることになりそうだ。




