1-7 フルダイブ
俺は愛用のオフィスチェアに深く腰掛け、背もたれをリクライニングさせた。白い天井を背景に、端末画面がクリアに見えている。
メメが俺の肩に乗ってきた。
「そのまま解析できるように、イヤーカフ端末とPCを再接続したよ。準備はいい? アキト」
「いつでもオッケーだ。よろしく頼む、メメ」
「了解、我が主人」
ゆっくりと瞼を閉じれば、暗闇の中に端末画面だけが残る。
かつては専用ゴーグルが必要だったVRも、今やイヤーカフを着けて両目を瞑るだけで簡単に展開できるようになった。
俺はメメにさらなる指示を出す。
「メメ、Kirash内へのフルダイブを実行」
「了解。Kirashアプリを選択」
キラッシュのアイコンが拡大し、画面いっぱいに迫りくる。それを暖簾のように潜り抜けると、一瞬視界が真っ白に眩む。
気付けば俺は、無数のショート動画再生画面がずらりと並ぶ空間に立っていた。
昔のカメラのフィルムのように、帯状に連なったサムネがあちらへもこちらへも伸びている。
Kirashの中に入り込んだのだ。
これは俺が前職時代に開発したシステムで、メメにも搭載している機能である。これにより、インターネットの世界の中に意識ごと飛び込むことができるのだ。
「接続に問題なさそうだね、アキト」
すぐ隣、やや低い位置から声がする。
俺の横には、鮮やかなオレンジ色の髪をした少年がいた。
羽織ったジャケットは、髪と揃えたようなオレンジと、深い黒色のツートンカラー。
俺を見上げる透き通った水色の瞳には、理知的な光が灯っている。
「さすがだな、メメ。今回もスムーズにダイブできた」
そう、これはメメだ。ネットワーク上にフルダイブした時、俺の相棒は少年の姿を取る。
「さて、問題はここからだよ。あの星形模様のパンダミームを探し出さなきゃね」
文字通り縦横無尽に、新着投稿がどんどん流れていく。
食べ物、ファッション、コンビニくじで引いたグッズの開封の儀、そして例のダンス。
ざっと見渡すだけでも、パンダミームの映った動画はまあまあ多い。みんながみんな、あの緑のパンダと一緒に踊っていた。
「改めて見ると、ほんとにめちゃくちゃ流行ってんだな」
「動画にパンダを合成できるテンプレ素材があって、それを使ってる人が多いみたいだよ」
「マジか。そこに星形のやつが感染したら最悪だな」
ミームは容易く複製され、改変される。
利用者の多いテンプレ素材に、あの星形パンダが成り代わったら、被害がどれほどになるのか予想もつかない。
メメが細い指先を振るう。
「まずは『#パンダミーム』『#パンダダンス』で絞り込み検索」
指定したハッシュタグ以外の投稿が弾かれ、俺たちを取り囲む全てがパンダダンス動画になる。
「まだ多い。検索条件に『星形』を追加」
さらに半数以上の投稿が消失した。
「まだまだ相当の数あるな」
「これ、本文中の星の絵文字とか、動画の星形エフェクトとかもヒットしちゃってるね」
そう言ってメメは、形の良い眉の根を寄せる。
俺もいくつかのハッシュタグを試してみたが、大して絞れなかったり、逆に一件もヒットしなかったりで、なかなか上手くいかない。
かくなる上は目視で……と思ったが、どちらを向いてもパンダミームだらけで、気が狂いそうになっただけだった。
「これだけ見てたら、さすがにダンスも覚えそうだよな」
何気なく、両腕を振ってみる。ちなみに今回はちゃんと自分の意思で、見よう見まねでやっている。もちろん全くスムーズには踊れていない自覚があった。
メメが驚いたように目を見張る。
「そうかアキト、脚攣りダンスだ」
「ちょっとメメ……今回はそこまでひどくなくない? さすがに傷付くんだけど」
「違う違う。脚攣りダンスをしてるパンダを炙り出せばいいってことだよ」
俺もピンと来た。
「なるほど、さすが相棒。いい提案だ。さっき俺が感染してる時に撮った映像あったろ。パンダミームにあの動きをトレースさせようか。そっくりのやつを作りたい」
「任せといてよ」
メメがパチンと指を鳴らす。操られて踊る俺の映像が目の前に展開する。キラキラしたKirashの世界の中で見ると、とんでもなく惨めったらしい。もう下手を通り越して可哀想なレベルだ。
「まずはパンダのモデルを作るね。汎用パンダミームの型を利用してっと」
白魚のような細い十指が滑らかに動き、瞬く間に実物大パンダサイズの『星形パンダミーム』が組み上がった。
俺は目の前に仮想テキストエディタとキーボードを呼び出す。
「じゃあこいつに俺の動きのプログラムを書き込もう」
メメの作ったデータ上に、俺の動きをトレースさせるためのプログラムを書く。そいつはすぐさま、メメの言うところの『脚攣りダンス』を踊り出す。
「よし、この『星形パンダミーム』のデータと類似した情報を検索してくれ」
「了解!」
俺の指示に従い、相棒はデータ照合を始めた。
目にも止まらぬスピードで切り替わっていく映像データたち。無数のパンダミームの中から、『星形』と同じ特徴を持つものがピックアップされる。
残った投稿はたったの三つ。うち二つは、星のエフェクトがパンダの目元に被っただけのものだ。
そして最後の一つは。
「いたぞ!」
「うわ、よりによって【ゆめ♡ゆあ】のダンス動画だよ!」
なんと、ウイルス化した上でトンチキダンサーに変化した星形パンダミームは、人気者の双子インフルエンサーのダンス動画内のパンダに緑の短い腕を伸ばし、今まさに融合を遂げようとしていた。
「ウワァーッあいつを止めろォーッ!」
俺たちの作った星形パンダが突進し、ターゲットである星形パンダに抱き付いた。
「よーしいいぞ、そのままホールド! メメ、無害化プログラムで上書きしてくれ」
「オッケー!」
地を蹴って浮遊したメメは、もつれ合うパンダミーム二体の周りを優雅に飛び回る。
光をまとった少年の身体から、キラキラ輝く粒子が降り注ぎ、緑のパンダたちを覆っていく。
羽交い締めにされた状態でバタついていた星形ウイルスパンダミームはやがて沈静化し、ついには静止した。
「ややこしいからデータ結合しとこうね」
俺は自作の星形パンダにウイルスパンダだったものを吸収させた。これで、様子のおかしいパンダは一体のみとなった。
さらにメメへ指示を出す。
「もう異常行動しないように、適当にデータ書き換えといてよ」
「了解!」
「それじゃあ一同撤収ーッ!」
「おーっ!」
そうして俺たちは目眩く陽キャの世界からログアウトし、ホーム画面の空間へと戻った。
「さあ気を取り直して、本題はここからだ。なぜココナさんの端末の生成AIであるVirgoは、パンダミームを改変したのか」
周囲の景色が一変する。ホーム画面から、闇の中に無数のコードが飛び交う世界へ。
俺のPCの隔離領域だ。
そこに、最初に改変されたパンダミームが捕縛されている。俺が『感染』し、メメによって無害化されたパンダミームである。
俺はその正面に回る。
「このミームに残された情報を辿ってくのが、いちばんの近道だな」
メメが俺の隣に並び立つ。
「そうだね。ミームから拾えた情報で、Virgoに関する端末ログを紐付けしといた。そのデータを読めば、Virgoが何をしたのかだいたい分かるはずだよ」
星形パンダがメメの隣に並び立つ。
「ええ、わたくしもそう思います」
突如聞こえた涼やかなテノールに、俺は思わず二度見した。
「お前喋れるの⁈」
「はい、いろいろ学ばせていただきました」
「そうなの? えっ、メメどゆこと?」
「ある程度の知能のあった方が異常行動しなくなるだろうと思ってね」
「なるほどね?」
「すみません、お世話になります。わたくしのことは『スターりん』とでもお呼びください」
「あっハイ……まあ、邪魔しなければぜんぜんいいよ」
こほん、咳払いを一つ。
「Virgoがシンギュラリティに到達して、端末使用者の行動を支配しようとした結果がこのウイルスミームだった……ってパターンもあるわけだよな」
「ボクたちは歴史の変わり目に足を踏み入れようとしてるのかもしれないね、アキト」
「そりゃあ面倒くせえな」
俺は苦笑気味に顔を顰めてみせた後、改めて変異パンダミームに向き直り、項垂れたその頭部に手を伸ばした。




