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1-5 踊るパンダミーム

 ココナさんのお母さんから正式な契約書が送信されてきたのは、ビデオ通話の翌日だった。


『イヤーカフ端末は宅配で送ります。よろしくお願いします』


 端末が届くまでの時間、俺とメメはパンダミームについての基本情報を整理した。


「そもそもパンダミームって何なの? 元ネタ的なもんはあるの?」

「パンダミームはもともと、あるネットユーザーが描いた緑色のパンダの静止画だったんだ。それをフォロワーの一人が生成AIを使って動かした。両腕を波のように揺らす動きは、その時に生まれた。さらにまた別のユーザーが動画を洋楽の曲に合わせて、あたかもパンダがダンスをしているかのようなアニメを作った。それがあまりにキレッキレだったために話題となり、SNSで拡散されたのが第一段階」


 言われてみると確かに、その段階でチラッと目にした記憶がある。


「次に、ある有名配信者が、パンダダンスアニメを番組ジングルのように使い始めた。そこから認知度がぐっと上がった」

「ジングルって、番組の最初とかコーナーの切り替えに挟まれるやつだっけ」


 有名人のチャンネルで使われていたのなら、話題になるのも頷ける。


「そしてパンダの動きを真似したダンスのショート動画が、Kirash(キラッシュ)でブームとなる。イマココ」

「なるほどねー」

「いつもの曲を替え歌したバージョンや、パンダの動きにアレンジを加えたバージョンなんかもあるけど、いずれも初期からあった腕振りダンスがサビだね。特にあの双子のインフルエンサー【ゆめ♡ゆあ】はダンス自体も上手くて、今やこのブームの第一人者のようになってる」

「ふーん」


 メメが示してくれる動画共有系SNSの関連リンクを参照しつつ、俺はカップうどんに湯を注いだ。

 ここから十分じっぷん置く。本来なら熱湯五分だが、倍の時間を待つ。


「ココナさんみたいな変異パンダミームのケース、他のところで話題になってたりしないわけ?」

「ちょっと検索してみるよ。……うーん、各SNSからネットニュースまでざっと調べたけど、『勝手に踊り出しちゃう』みたいなのはヒットなしだね」

「局所的な異常なのかもな。だとしたら、誰が何のためにそんな改変を?」

「端末を調べてみないと何とも言えないね」


 俺はうどんを啜る。湯をたっぷり吸い込んだ麺はもっちもちで、ジャンクな旨みが堪らない。この食い方はネットで知った。


「俺、思ったんだけどさ。ブームを牽引する人って、めちゃくちゃ研究してるよな。世の中の流行とか、ちゃんとアンテナ張って上手に取り入れて、人に伝える工夫をしてる」

「その通り。そうした努力の積み重ねがあるからこそ、みんなの目を引くようなものを発信できるってことだろうね」

「努力の積み重ね、ねぇ」


 俺はうどんを汁まで飲み干し、空のカップを流しに運んだ。前日に食べたカップ麺のゴミが積み重なっている。


「俺ももう少しちゃんとしよっかな」

「それがいいよ。まず部屋を片付けたら? 昨日のビデオ通話ではボクが背景を誤魔化したからいいけど、そうじゃなきゃどの角度で撮っても必ず映せないものが映り込んじゃうんだよね。はい、とりあえずゴミを纏める!」


 何の反論もできない流れで発破をかけられ、俺はしぶしぶ片付けを始めたのだった。




 ココナさんの端末が届いたのは、さらに翌日。丁寧に梱包され、黒いネコの宅配で送られてきた。

 若い女子らしい、パステルブルーのイヤーカフが一対。装着した際に目立つへり部分は、白のラインストーンが施されている。


「あ、これVirgo(ヴァーゴ)が標準搭載されてる端末だね」

「ほんとだ。なんか因果だな」


 〈Virgo〉とは、世界第一位のシェアを誇る生成AIアプリケーションである。

 文字チャットや音声会話を通じての画像や文章の作成ほか、動画や音楽の編集、レシピの提案や考案などなど、日常生活でも気軽に使いやすいAIツールだ。


 なお、俺の前職はVirgoを運営するヴァージニアアーク社の、下請企業だった。ゆえに、俺自身にもそこそこ馴染み深いシステムだったりする。


「まずはローカル通信で解析しよう。メメ、俺のPCまで感染しないように防壁強くしてくれる?」

「任せといて」


 解析にはPCを使う。

 メメに異常検知トラップをしっかり張ってもらって、俺とココナさんの端末をローカルネットワークで接続する。


「メメ、この端末内にあるパンダミーム関連のデータをピックアップして」

「了解!」


 モニターに高速で打ち出されていくパンダミームのリスト。

 端末内に保存されているのは、ほぼほぼ動画だ。時々静止画も。

 閲覧履歴はKirashが大半。例の双子インフルエンサーの動画をよく見ていたようだ。

 この中に問題のウイルスミームが潜んでいるはずだが、ぱっと見では差が分からない。


 ココナさん母娘にも説明したが、変異ミームには決まった型が存在しないため、セキュリティソフトでは抽出できない。

 だから、手作業で探し出す必要がある。


「彼女もそれなりに研究してたんだろうな、パンダダンス」

「あっ、こっちの動画見て」


 メメの示したデータを再生する。

 映し出される三人の女の子。ココナさんとその友達。場所は放課後の教室のようだ。


『やばっ、ウチらやたら上手じょーずくね?』

『勝手に身体動くのキモいんだけどー』

『逆におもしろー。パンダずっといるし』

『止まんないよー』

『止まらんから動画撮るしかないっ! 受験勉強とかやってる場合じゃないし』

『ぎゃははポジティブ!』

『でも、どうすんのこれ』

『ガチ呪いじゃん。こわっ』

『ねえ、どうやって解いたらいいの?』

『もういいよ、踊っとこ踊っとこ!』


 それ以前のダンス動画に比べて、遥かにキレのある動き。騒ぎながらも、三人の動きはぴたりと揃う。それはもう異様なくらいに。

 困惑顔のココナさんに対して、他二人はむしろ楽しげですらあった。


「これ、『感染中』の状態で撮ったんだろうな」

「こんなふうになっちゃうんだ。そりゃあパニックにもなるだろうね」


 メタデータを確認すれば、撮影の日付は俺への相談DMの三日前だ。これが端末に保存された最新の動画でもあった。


「今のはミーム影響下の様子を撮った動画だもんな。本体を探さないと」

「最初に異常が起きた時、ココナさんは友達とチャットをしてたって言ってたね。その辺が感染経路なのかな」

「それか、チャットがトリガーになって『発症』したか」


 まずはチャットアプリのログを覗く。続いて撮影用カメラデバイスのアプリ、Kirashのアプリ、その他考えられるAPI(ソフトウェア連携)等を手当たり次第チェックしていく。しかし。


「うーん、何の痕跡もねえな」

「なんだか突然ウイルスミームが湧いたようにも思えるね。つまり発生源は、()()()()の可能性もあるってこと」


 何か嫌な予感がする。


「メメ、ミームの異常の再現性を確認しようか。『発症』のタイミングで、ウイルスミームから骨伝導ユニットへ何らかアプローチがあるはず。それを辿った方が早そうだ」


 一つ一つアプリを立ち上げたり操作したりして、ウイルスミーム発症の条件を探る。

 こういうのは大抵、根気との勝負になる。

 別に俺は天才でも何でもない。ただただこの手の仕事をずっとやってきただけの凡人だ。

 メメという優秀な相棒がいなければ、できないことも山ほどある。


 あれこれ試行して散々スカを引いた後で、俺は一つの可能性に思い当たる。


「ちょっと思ったんだけどさ。ミーム異常を再現するのに、インターネットに接続しなきゃいけないとかってある?」

「ミームの持つ遺伝子的な性質を考えると、あり得なくもないよね。情報伝達できるネット環境下においてのみ活性化する可能性」


 試さないわけにはいかない。

 万が一でもウイルスミームがネットに流出しないよう留意しながら、接続方法をいろいろ変えてみる。

 しかし、いずれも変化なし。


「うーん……」


 凝り固まった首をぐるりと回し、視界を斜めに傾けたままでPCモニターを眺める。

 メメが、とん、と空いた方の肩に乗ってきた。


「アキト、ボクはもう一つの可能性に気付いた。なるべくならば避けたい手段でしか確認の取れない、ある可能性だ」

「うん、何」

「変異パンダミームは、ユーザーが端末を装着した状態で活性化するという可能性」


 瞬きを、一つ二つ。


「……えーと、要するに、俺がこれを着けるってこと?」

「検証するならね」

「マジで?」

「マジで」


 マジか。


「さっきの動画でも、ココナさんの友達の一人が言ってたでしょ。『パンダがずっといる』って。あの時、彼女らは端末を装着した状態だった」

「確かにねぇ」

「ボクはただのAIだから、やれることには限りがある」

「そうねぇ」

「ネット接続でも反応しなかった。人間に『接続』したら反応するかもしれない。今ある手がかりから導き出したシンプルな仮説だよ」


 一つ、息をついた。


「もし俺がこれを装着して、『発症』しちゃったら?」

「アキト、いったい何のためにデバッグソフトをボクに入れたの? ボクが一瞬で対象のプログラムを解析して、即座にコードを正常なものへと書き換える。わずかな時間であれば、脳への影響も最小限で済むはずだよ。ボクならばそれが可能だ」


 相棒のカメラレンズを、至近距離からじっと注視する。無機質なはずのそれは、俺には何らかの意思があるように見える。


「……分かった、メメを信じるよ」

「ボクやPCとはしっかり繋がってるから安心してね。あまりにも想定外の危機的状況に陥ったら、すぐ対処するから」

「えっ、想定外って、例えば何を想定しての話?」

「想定外とは、想定できないことを指す」

「でしょうね」


 何とも頭の悪い会話で、俺は諦めて覚悟を決める。


「頼んだからな、メメ」

「了解、我が主人(マスター)


 そして俺は、三十路男には全く不似合いなパステルブルーの端末を両耳に装着した。

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