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1-4 コンプライアンス

『ココナさん、メッセージありがとうございます。オータムAIサービスの安藤です。

 さっそくですが、『パンダミームの呪い』について、詳しい話をお伺いしたく存じます。ご返信お待ちしています』


 俺は彼女にそんなDMを送った。

 リアクションは夕方にあった。

 俺がOlsis(オルシス)で拠点とする事務所に、水色のネコのアバターが訪ねてきたのである。


『こんにちは、ココナです。安藤さん、返信ありがとうございます。今、ネットにつなぐと、すぐ勝手に腕振りダンスをしてしまって、すごく怖いです。このメッセージも、打つのがギリギリです』


 オレンジ色のアライグマであるところの俺が文字チャットに応じる。


『イヤーカフでネットを見られていますか? PCがあるなら、そちらの方が影響が少ないかもしれません』

『やってみます』


 一旦ログアウトしたネコが、数分後、再び現れる。


『親にPCを借りて入り直しました。確かに、少しマシになりました』


 そういうことならば。


『では、イヤーカフ端末の異常の可能性が高いですね。端末のシステムに関わる問題であれば、対応できるケースだと思います』


 メメが口を挟む。


「この子、どこまで親に話してるんだろ。親はアキトとやりとりしてるのは知ってるわけ?」

「あ、それ重要。未成年だもんな」

「早いうちに親御さんと喋った方がいいと思う。できれば通話で。契約するなら親御さんだし」

「確かに」


 コンプラ遵守は基本中の基本だ。


『ココナさん、私にご相談いただいていることは、保護者の方はご存知ですか? 詳しいご説明は保護者の方へする必要があるので、Olsisのボイスチャット等で直接お話させていただければと思います』

『ちょっときいてみます』


 よしんばただのイタズラだとしても、ここで相手がフェードアウトするなり何なりするだろう。

 十数分ほどの後、返信がある。


『今からなら、母がビデオ通話できます』


「えっ、ビデオ通話⁈」

「そりゃあ親御さんにしたら、顔出しで会話した方が安心でしょうよ。ネットで知り合った得体も知れない相手なんだから」

「マジかよ。しかも今からって」


 メメが跳ねる。


「アキト、身だしなみ! ちゃんとして!」

「あっ!」


 寝癖と無精ヒゲがそのままだし、完全な部屋着姿だった。

 俺は大急ぎで髪を濡らして整え、ヒゲを剃り、ヨレたスウェットを脱ぎ捨てた。ちゃんとした白のシャツに着替えて、メメの正面で愛用のオフィスチェアに座る。


「うん、オッケー。マトモな格好さえすればまあまあ見られるんだからさ」

「今そんなことどうでもいいよ……」


 やたらと緊張していた。既に変な汗をかいている。

 なお、下半身はパンツ一丁だ。メメが少しでもカメラを下げたらいろいろ終わるが、ここは信頼するしかない。


 はたして、ビデオ通話が始まった。

 モニター映像がMR(拡張現実)で展開する。先ほどKirash(キラッシュ)のショート動画で見たココナさんの隣に、目元のよく似た中年女性、二人並んで映っている。

 うっすら警戒心の滲むお母さんの表情に、思わず背筋が冷えたのは内緒だ。


「どうも、お世話になります。オータムAIサービスの安藤と申します。フリーランスで端末修理やAI関係の業務に携わっています。このたびココナさんからのご相談の件につきまして、保護者の方とお話すべきだと思い、ご無理を申し上げました。お時間を作っていただき、ありがとうございます」

『あ……はい、どうもご丁寧に……ココナの母です』


 俺はデジタル名刺に加えて、念のため身分証を提示した。顔写真と個人識別ナンバーの入ったものだ。

 さあプロの顔をしろ、安藤アキト。


「いくつか質問をさせてください。まず、パンダミームの異常な影響が始まったのはいつごろからですか?」


 これにはココナさんが答える。


『一週間くらい前です。テスト週間だったから。普段見てるKirashとかも見ないようにして、勉強しようとしてたんですけど、その最中に急にパンダミームが出てきて、ダンスが止まらなくなったんです』

「パンダミームが()()()()っていうのは、つまりMRの端末画面に? その時、イヤーカフを装着して、オンラインの状態だったということですか?」

『つけたままでした。友達二人とチャットしながら勉強してたんです。わたしがおかしくなってから、友達もおんなじ状態に……うわぁっ!』


 ココナさんが突然身体を震わせた。両腕が大きく広がるのを、隣のお母さんが慌てて押さえ込む。

 今にも泣き出しそうな娘。厳しい表情で娘を見据える母。

 なるほど……


「その症状が出るより前に、例えばスパムメールを受信したとか、変なリンクを踏んだとかはありませんでしたか?」

『ありません……知らないアドレスから来たやつは迷惑メールの方に入るようになってますし、怪しいサイトとかもフィルターで入れないようになってます』


 お母さんが不安そうに口を開いた。


『あの、結局これは何なんですか? 病院でも診てもらったんですけど、原因が分からなくって。()()()()()()()()なんですか?』


 俺は居住いを正す。

 端末画面の隅、メメが説明のためのカンペをリアルタイムで表示してくれる。


「まだあんまり世間に知られていないケースなんですが、イヤーカフ端末が変異ミームに感染した可能性が高いです。パンダミームがプログラムに改変を加えられて、ココナさんの端末に入り込んで、その端末を介してココナさんご自身の動きに影響を与えているものだと推測しました。つまり、端末がウイルスに感染しているような状態、ということです。キモは骨伝導ユニットなんですが——」


 その仕組みも交え、俺は解説を連ねた。

 お母さんはまだ釈然としない様子だ。


『……普通のウイルス感染とは違うんですか?』

「そうですね。感染経路はSNSであることが多いです。該当のミームにリアクションすると、その行動履歴に紐付いて感染して、端末内に潜伏します。決まったプログラムパターンがないので、従来のセキュリティソフトではカバーできません」


 母娘が顔を見合わせる。二人とも戸惑った様子だ。

 俺は言葉を重ねた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()です。端末の問題です。ちゃんと対処すれば、解決できますよ」


 通信回線の向こう側の空気が、ふっと和らいだように感じた。

 お母さんが、さっきよりもまっすぐな視線を投げかけてくる。


『あの、どうしたらいいですか?』

「まずは、ネットに繋がないようにすることですね。ウイルスミームの拡散を防ぐためです。端末の装着も控えてください。しばらくは脳が活性化された状態で、ミームの影響が続くと思いますが、そのうちにダンスの衝動も薄れていくはずです」

『分かりました』


 大事なのはここからだ。


「それから、端末内のウイルスミームを無害化する必要があります。具体的には、ミームのプログラムを解析して、異常の箇所を書き換える作業をします。謂わばワクチンみたいなものですね」


 お母さんの表情に納得の色が浮かぶ。

 よし。


「端末の初期化で消せなくもないんですが、お友達の端末にも感染うつってしまっているので、再感染や更なる拡散を防ぐためにも、ここで無害化のパターンを作っておくのがいいかと思います。そのためには、一旦ココナさんの端末をお預かりすることになるんですが」

『どのくらいかかりますか? 費用とか期間とか』

「実際見てみないと何とも言えませんが、ミームの問題だけなら数日見ていただければいいかなと。費用については……料金表を送りますね」


 脳内でメメに指示を出し、料金表と契約書フォームのデータを先方へ送信してもらう。


「もちろん、個人情報や端末機器の取り扱いには十分気を付けます。契約書の内容をお読みいただいて、ご納得いただければ、改めて正式にご依頼ください」

『なるほど……あの、すごくよく分かりました。ありがとうございます。一度、主人とも相談してみます』

「ご検討のほど、よろしくお願いします。本日はお時間をいただき、ありがとうございました」


 深く頭を下げたところで、通話は終わった。

 直後、俺は椅子から崩れ落ちて大の字で床に寝転がった。


「……あーッもう疲れた! これだからフリーランスって嫌ッ! こういうことも全部自分でやんなきゃなんないッ!」

「なかなか上手く説明できてたと思うよ。あとアキト、そのパンツそろそろ買い替えなよ。いくら二年も彼女いないからって、あまりにもビロビロすぎるよ」

「えっ、うん……」


 上手くできたのはメメのフォローのおかげだよ。……って言おうとしたのに台無しだよ。

 俺は生返事だけして、しばらく床に横たわっていた。


 程なくして、ピコン!と通知音が鳴る。


「アキト、新着のDM! ココナさんから!」

「へ? もう?」


 身を起こし、Olsisを開く。


『ココナです。さっきはありがとうございました。ちゃんとわたしの話を聞いてもらえて、母とも話してもらえて、すごくホッとしました。

 わたし、受験生なのに遊んでばっかりだから、バチが当たって気がおかしくなったんだって、親に言われてたんです。

 安藤さんにわたしのイヤーカフを見てもらえるように、両親に頼みます。ありがとうございました!』


 メメがボディを左右に揺らしながらにじり寄ってくる。


「ヒューッ! やるゥ!」

「中身おっさんか……」


 頬が熱かった。メメに心拍チェックされる前に、俺はズボンを取りに行った。

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