1-3 ファクトチェック
改めて、『ミーム(meme)』とは。
もともとは、イギリスの生物学者リチャード・ドーキンスが一九七八年に提唱した概念だった。
英語のgene(遺伝子)とギリシャ語のmimeme(模倣)を合成した用語で、生物が遺伝子によって子孫へ情報を伝えるがごとく、人から人へと伝播する『社会文化に関わる情報』を意味するものだ。
日本語では、『社会的遺伝子』『模倣子』『意伝子』などと呼ばれたりもする。
ミームに該当するのは、スラングやファッション、特定の分野での技術、宗教上の作法などなど。
いずれも遺伝子のように世の中へ拡がり、時代によって変化していく特性を持つ。
SNSやWebサイトを通じて、画像や動画や言い回しなどに模倣、改変が加えられて拡散されるものを、とりわけ『インターネットミーム』と呼ぶ。
昨今『ミーム』と言えば、ほぼほぼ『インターネットミーム』を指す。
俺たちがコンビニで見かけた『パンダミーム』のダンスも、その一つだ。
で。
俺が受け取った依頼メッセージの文面はと言うと。
『パンダミームに呪われました。助けてください。
こんにちは、わたしはココナといいます。中学三年生です。
最近、どうしてもパンダミームの腕振りダンスがしたくてたまりません。
ダンスをするつもりがない時でも、勝手に身体が動いてしまいます。友達二人も同じような状態になっています。
ネットを見ないようにイヤーカフを外せば動きは少しマシになりますが、そうすると今度はパンダミームが見たくて我慢できなくなります。
こういう呪いはデジタル怪奇現象なんですか? どうすればいいか、教えてください。
これはわたしのKirashアカウントです→XXX……』
俺は眉間に寄ったシワを揉みほぐす。
「うーん、何から突っ込んだらいいんかな。メメ、事実検証」
「人間はすーぐボクたちAIにファクトチェックさせようとする。思考の放棄、実に嘆かわしいね。十七世紀の偉大な思想家パスカルは『人間は考える葦である』って言葉を残してるよ。アキトも少しは自分で考えたらどう?」
「すげえ、ファクトチェック一つ頼んだだけでこれだよ。AIの返答技術もここまで来ると何らかの意思を感じるわ。それか、いちいち文句言わないと死ぬ病なのか」
「AIに対してその発言、ナンセンスにも程があるよね」
「はっ、違いないぜ」
俺は肩をすくめる。メメはボディを傾ける。
「ま、冗談はさておき。アキトはどうしたいの?」
「うーん、これってさ、俺がどうにかできるジャンルの話なの? 何、呪いって。ただの子供のおふざけじゃなくて? 最後にリンク貼ってんのも怪しいし。正直スルーしたいとこだけど……一応、話だけでも聞いた方がいいんかなーとは思わんでもない。『デジタル怪奇現象』なんて広告出した手前もあるしさ」
「尤もだね。ボクの検証は次の通りだ」
メメがくるりと回る。
「①中三女子を騙ったイタズラの可能性」
「その場合、中身はおっさんだな」
「②本物の中三女子によるイタズラの可能性」
「ああ、受験生だもんな。ストレスとかいろいろあるよね」
その辺りなら、相手にする必要のないメッセージということになる。
「③本物の中三女子が、受験勉強のストレスで心を病んでいる可能性。『パンダミームに呪われた』などという妄言によって、現実逃避行動を取っている」
「ストレス解消のためのイタズラとの線引きが微妙だけど、本気で思い込んでるなら心療内科案件だろうな」
加えて、とメメ。
「④友達二人が同様の症状との記述のあることから、本物の中三女子がストレスから複数人でパンダミームにハマり、集団パニックを起こしている可能性」
「なるほど、二十世紀には『こっくりさん』とかで女子生徒たちがおかしくなる事件もあったみたいだし。集団で一つのコンテンツに過集中すると、そういう心理状況になりやすいのかも」
あるいは。
「⑤自らを中三女子と信じ込んだ何者かが、高度な幻覚を見ている可能性」
「手に負えなくなってきたぜ」
「⑥中三女子のアカウントを乗っ取ったスパムの可能性」
「俺は何を信じればいいんだ」
「⑦美人局の可能性も」
「悪質すぎるだろ」
「何にせよ、高確率でボクたちの顧客たり得ない相手だと思う。だけど、ボクとしては次の可能性を検証しないわけにはいかない」
メメは正面から俺を見据えた。
「⑧パンダミームがウイルス化し、本物の中三女子らの端末に感染した可能性」
ブーンと小さく響くプロペラ音。人間だったら真面目な表情をしているに違いない相棒に、俺は頷く。
「ミーム感染。このところちょいちょいあるケースだな。世間で流行ってるミームのデータが改変を加えられて、ウイルス化するっていう」
「それがネットを介して個々人の端末に入り込むことで『感染』するんだよね。イヤーカフ端末の骨伝導ユニットが、ユーザーの脳神経へと働きかけて影響を及ぼす」
そう。骨伝導ユニットの信号は、双方向に作用するのである。脳波で端末に指示を出すこともできるし、端末から脳へと信号を送ることもできる。
変異ミームの発する信号は、端末と脳を介して人の感覚器または運動器に作用する。
医療分野でも活用される技術は、悪い方向へも利用できてしまう。
俺は自分のイヤーカフに手をやる。
「このタイプの端末も良し悪しだよな」
一世代前のスマートフォン時代から、ネット依存やさまざまな情報による脳への刺激はまあまあ問題になっていた。
「はちゃめちゃ便利な反面、ネット依存を加速させる。ここまでどっぷり日常生活に入り込むと、なしで過ごすのはもはや不可能に近い。謂わばタバコみたいなもんだな」
「したり顔でタバコと同列に語らないでくれる?」
俺はようやくカップ焼きそばの一口目を啜る。もう冷めかけだが、塩分過多な濃い味の化学調味料がガツンと効いて、五臓六腑に染み渡る。
身体に悪いと分かっていても、やめられないものなんてこの世には掃いて捨てるほどある。
「話を『パンダミームの呪い』に戻すけどさ。原因が分からなかったら、確かに『呪い』だと思うかもしれないよな」
中学生の女の子なら特に、そういう発想をしてもおかしくない。
「アキト、もし改変ミームが原因なら、早めに対処すべきじゃないかな。よりにもよって今いちばんバズってるパンダミームだもんね。下手すると爆発的に拡散されて、パンデミックが起こりかねないよ」
パンダでパンデミック……と、何ともなしに頭の片隅で考えながら、DMの送り主のページを確認する。『ココナ』という名のユーザーのOlsisのアカウントであることは間違いない。かわいらしい水色のネコのアバターだ。
本文にあったリンクにアクセスし、ショート動画共有SNS〈Kirash〉へと飛ぶ。
こちらも『ココナ』名義のアカウントだ。三人組の女の子たちのダンス動画がいくつかアップされている。
「パンダミームの腕振りダンスもあるな」
「真ん中ポジションの子が『ココナ』だろうね」
一緒に映っている子たちのアカウントも、フォロー欄を辿って確認できた。彼女らのコメントのやりとり等に違和感はない。
まだあどけなさの残る、きっとクラスではちょっと目立つタイプの、ごく普通の女の子たちだ。
ゆえに俺たちはひとまず、彼女を本物の中三女子だと判断した。
少なくとも、ネットの向こうに『ココナ』という少女は実在している、と。
「何にしても、一回この子に話を聞いてみるしかないか。中三の『ココナ』さん。イタズラや詐欺だったら、その時また対応を考えりゃいいし。メメ、返信しよう」
俺の生意気な相棒は、くるりと華麗に宙返りを決めた。
「了解、我が主人」




