03 戦いは終わらない
気付けば、荒めのグラフィックで描かれたフィールドに立っていた。
眼前に聳えるのは、こんがらがった麺に二つの目玉のついた怪物だ。クラゲのように下部から伸びた触腕がうねうね動いている。
「シンプルにキモいな」
「このプログラムを作った人の気が知れないね」
すぐ隣、やや低い位置から声がする。
俺の横には、鮮やかなオレンジ色の髪をした少年がいた。
羽織ったジャケットは、髪と揃えたようなオレンジと、深い黒色のツートンカラー。
フルダイブ時に少年の姿を取る俺の相棒は、透き通った水色の瞳に理知的な光を灯して、俺を見上げた。
「アキト、指示をちょうだい」
「じゃあ、あのモンスターが俺に働きかけてくると思うから、そのタイミングを狙おうか」
「了解」
レトロな2Dで表現されたグラフィックの怪物が、3Dの奥行きを伴って蠢いている。
上空から降ってくる黄色の粒。花粉に見立てられたそれを次々打ち消していくモンスターが、うっかり神々しく見えてしまう。
やはり、まだ薄っすらこのプログラムの影響下にあるらしい。
突如、怪物の触腕の一本が俺に向かって伸びてきた。
しかしそれは、俺に触れる直前で光の粒となって消失する。
「ボクの目の前でアキトに手を出せると思った? この雑魚プログラムが」
メメは冷たく言い放ち、アプリを強制停止させてから、口角を上げた。
「指示通り問題のコマンドを全部抽出したよ、アキト」
空中にウインドウが展開して、コード群が打ち出されていく。
先ほど依頼人から聞いた話と照らし合わせても、矛盾のない内容だ。
「『ヌードル・モンスター』の製作者は『空飛ぶスパゲッティ・モンスター教』の賛同者なんだろう。何らかの知性によってデザインされたらしい我々の不具合……今回は花粉症に関わる問題を、プログラムという知性的なものによって解決してやろうというコンセプトの」
「だけど、それはあくまで表向きのことなんだよね。真の目的は別にある」
メメが白魚の指を振るうと、あるコマンドがピックアップされる。
『SNSへの投稿や知人へのメッセージでスパモン教の素晴らしさを伝えよ』、あるいは『とある商品を購入せよ』という指示のもの。
「すなわち、『空飛ぶスパゲッティ・モンスター教』の布教と資金調達だ」
依頼人に訊ねたのは、その辺りのことだった。
彼が知らないうちに知人に送っていたメッセージはスパモン教に関わるものだったし、買った覚えのない日用品はスパモン教支持を公言する団体の商品だった。
「スパモン教の信者っつーか、スパモン教の思想を利用しただけの、ただの犯罪者だな。おおかたその団体がこのプログラムの発注元だろうよ。ユーザーの脳波をコントロールして、自分たちの事業を拡大するためのな。本来なら、ユーザー自身も洗脳状態になって例の教えにどっぷり浸かっちまう仕様だ」
俺とて、ノーガードだったら洗脳されていたかもしれない。
「だが、依頼人は正気のままだった。だから異常に気付くことができた」
俺は記録を遡り、該当の箇所を指す。
「ここ、バグがある。このせいで洗脳が実行されなかった。原因は依頼人が花粉症の薬を服用してたこと。それも、本格的な花粉症シーズンが始まるより前からだ」
「要は、プログラムの効き方が部分的に薄まったってことだね。結果的に、ヌードル・モンスターのイメージは『夢』としてのみ認識されてた」
画面を切り替え、Peketterのアイコンを選択する。俺たちの周りを、タイムラインが囲む。検索欄にて、『花粉症』や『ヌードル・モンスター』のワードで絞り込みをかけてみる。
「ざっと見た感じ、洗脳されてるっぽいユーザーのポストがいくつかあるな。異常を疑う投稿はなさそうだけど。薬の効き方に個人差があるように、プログラムの影響もまちまちなんだろう。今回はたまたま条件が揃って、バグが発生した」
「おかげでこのプログラムの違法性を炙り出せたね」
俺はメメに追加の指示を出し、『ヌードル・モンスター』の影響下にあるシステムを抽出させて、全ての連携を切った。
端末内の巡回を終えたメメは、電子空間にふわりと降り立った。
「アキト、この端末はもう大丈夫だよ」
「お疲れ様、メメ」
「で、アレ、どうする?」
「うーん」
動作停止中の『ヌードル・モンスター』アプリを、ちらりと視界の端に捉える。
「まあ……ちょっとした後処理があるかな」
依頼人へひと通りの説明をし、端末を返却して報酬を受け取った後。
俺は警察のサイバー犯罪対策課へ連絡を入れた。いわゆるサイバーパトロールである。こうした活動がネットの治安維持につながるのだ。
例のプログラムを販売した団体には捜査が入り、被害状況の確認も進んでいる。俺も調査データの提供など、できるだけの協力をした。
また、『ヌードル・モンスター』のユーザーらから端末の洗脳プログラム除去に関する相談が何件も入ってきており、しばらくはその対応に追われることとなった。
そんなこんなで、今回も一件落着。
……と言いたいところだが。
「はっ……くしょん! くしょん! くしょん! ハァ……」
俺の花粉症はまだ始まったばかりだ。
薬を飲めばある程度マシになるものの、目も鼻も無限にムズムズしているし、油断すると容赦なくくしゃみを連発する。そろそろうんざりしてきた。
メメが俺の肩に乗ってくる。
「アキト、ちゃんと耳鼻科行った方がいいよ」
「んー……そうねー」
「予約入れとこうか。近場の耳鼻科を、地図アプリの口コミ高い順にピックアップするよ。おすすめはここ。ネットで初診予約できるけど、どうする?」
「んー」
だるいな。
「またアキトはすぐ面倒くさがって後回しにする」
「思考読まないでくれる?」
一応まだ市販薬はあるわけだし。
あの『ヌードル・モンスター』がなかなかの効き目だったから、俺も似たようなプログラムを自作できないだろうか。
と、麺の怪物の姿を思い浮かべたところで、唐突に思い出す。
「潜ってる最中さ、なんか花粉症平気だったんだよな」
「リアルの肉体から意識を切り離して、ネットの海に沈めてるわけだからね。身体が不自由なユーザーも、フルダイブ状態ならネット上で自由に動けるでしょ。それと同じ原理だよ」
「そっかぁ……はっくしょん!」
特大のくしゃみの後に、次々湧き出す鼻水。安売りのティッシュで何度も鼻をかむせいで、もう肌もガサガサだ。
俺は助けを求めるように、じっと相棒のカメラレンズを見つめた。
「メメ、フルダイブしよ?」
「用法はちゃんと守りなよ」
くそ、ダメか。
「アキト、耳鼻科の予約取ったよ。今日の午後の175番目」
「175番……」
「流行ってるね、花粉症」
スパモン教に賛同するわけじゃないが、インテリジェント・デザイン説の理屈はいただけない。
俺たちの世界が知的な存在によってデザインされたものだとするなら、花粉アレルギーを起こす肉体のシステムは何なのか。悪質なバグだ。仕様書を出せ。
何にせよ、自分でデザインして組み立てたAIに耳鼻科の予約を取ってもらうくらいが関の山なのである。
ピコン!と通知音が鳴り、端末画面の隅からスターりんが顔を見せる。
『アキトさん、新たなダイレクトメールが届いています。また『ヌードル・モンスター』関連のご相談のようですね』
「おー了解。まだ予約までだいぶ時間があるし、対応しとくか」
『承知いたしました』
緑のパンダが軽快なステップでDMを開封してくれる。
花粉症に苦しむ気持ちに付け込まれた哀しき同志を救うため、俺はチャット画面を開いた。
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さて、今回の備忘録はここまで。
いくら花粉症が辛くとも、怪しいプログラムにはくれぐれも手を出さないように。
万一お心当たりのある方は、オータムAIサービスにて対処いたします。
その他ミームトラブル、端末の誤作動など、デジタル怪奇現象ならおまかせあれ。どなた様もお気軽にご相談ください。
—ヌードル・モンスターと花粉症 了—




