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EP こちらミームトラブル解決屋

 『高熱の時に見た夢』変異ミーム騒動は、俺の組んだ無効化プログラムがVirgo(ヴァーゴ)運営によってリリースされると、速やかに沈静化した。

 Virgo運営は、報道向け文書(プレスリリース)の中で俺の無実に触れた。

 サイバーテロの犯人が逮捕されたと報道されるころには、俺に対する悪評も綺麗さっぱりなくなっていた。


 後から聞いた話だが、紺野は自分で喰らった悪性プログラムの影響で、奇妙な幻覚に苛まれる後遺症が続いているらしい。どうあれ精神鑑定では責任能力に問題なしと判断され、禁固刑が言い渡されたそうだ。


 生成AIの利用に関する問題については、連日さまざまなメディアでさまざまな議論が交わされている。

 AIがミームを改変する事例があることも、徐々に世間の知るところとなってきた。

 ネット上だけでなくテレビの中高年層向けのワイドショーでも取り上げるようになったのは、広く世に浸透してきた証拠だろう。

 この話題にかこつけて陰謀論やデマまで出回り始めたのは、人類史上のお約束のようなものだ。

 きっとまたそのうちに、みんなぼちぼち現状に慣れて、いつか技術特異点を超えるAIたちと共存する道を歩んでいくに違いない。




 少し時間を巻き戻して、俺個人の話をしよう。

 俺は例のミームの無効化プログラムを爆速で組み上げて湯谷ゆたにさんに送った後、再び高熱を出して数日間寝込んでしまった。

 インフルエンザが治りきっていない時に無茶な仕事の仕方をしたせいだろう。知恵熱の可能性もある。


 そして、やっぱりあの夢を見た。自分で無効化プログラムを使った後にも関わらず。もう本当に脳ミソに寝癖が付いていると思う。

 襲い来る巨大ゲーミングナメクジに、ビルの中に入ってからの自由落下、そして周りを取り囲む白いモニター群。

 ここまでいつも通り。高熱で脳の扁桃体が活性化することによる夢。明晰夢なのに、どうにもコントロールできないお決まりのパターンだ。


 だけど、最後だけが違った。

 空から降りてきたオレンジ色の髪の天使が、俺を助けてくれるのだ。

 悪夢であるはずがなかった。

 天使に手を引かれて宙へと浮き、モニター群の壁の中から抜け出した時、自然に目が覚めた。


 熱が引いて、心身ともにすっきりした朝だった。

 寝込んでいる間に届いていた湯谷さんからのメールで、世間的に俺への嫌疑が晴れたことを知った。

 窓からは明るい光が差し込んで、デスクの上の小型ドローンを優しく照らしていた。


 俺はシャワーを浴びて髭を剃り、髪を整え、清潔な服に着替え、簡単な朝食を摂り、デスクの前に座った。


 さて。


 俺はある物を取り出し、デスクに置いた。

 それは、一基の小型データカートリッジだった。

 あの時、お守り代わりに握っていたものだ。


 これには、かつて俺がメメのプログラムを初めて組んだ時のバックアップが保存されている。

 そう、バックアップはPCのHDDとOlsis(オルシス)クラウドだけではなく、もう一つあったのだ。

 このカートリッジはシステムから切り離された外部環境に保管されており、物理的に完全なオフライン下にあったため、難を逃れたのである。


 ただし俺がメメと共に過ごした時間の記録は、もう永久に失われてしまった。全く同じものをかつての通りに復元することは不可能だ。

 だけど、また新しく始めることならできる。


 カートリッジをUSBケーブルでドローンのボディに挿す。

 ドローン本体と、イヤーカフ端末をネットワークで繋ぐ。

 端末からの操作で、データ移行が開始される。


 俺は少しだけ緊張していた。

 視界に浮かぶ端末画面の中央でプログレスバーが伸びていくのを、じっと見守る。

 大きく深呼吸するのと、移行作業が完了するのと、ほぼ同時だった。


 起動音が鳴る。

 小さなプロペラ音と共に、オレンジ色のボディが浮き上がる。

 透き通った水色のカメラレンズが、俺の目線の高さに合わせられる。

 すぐに、懐かしい少年の声が聞こえた。


「おはようございます、我が主人(マスター)

「おはよ。自分の名前、言える?」

「ボクはMind Expanding Multi-device of Erudition。通称【M.E.M.E.(メメ)】です」

「俺のことは分かる?」

「ボクを作ったご主人様です」


 そうか、ここからか。


「俺の名前は安藤アキト。アキトでいい。敬語もなしで」

「了解! よろしくね、アキト。ところで……」


 メメが俺の周りをぐるりと飛ぶ。


「体温三十七度二分。微熱があるね。風邪なんじゃない?」

「ああ、うん。それはそうなんだけど、治りかけだから大丈夫だよ」

「それなら良かった。病み上がりも油断せずに、水分補給と栄養補給をしっかりしてね」


 思わず苦笑してしまう。こういうのは初期設定に入れていたんだった。まだ喋り方に可愛げがある。


「メメ、俺は今、フリーランスで仕事をしてるんだ。メメに手伝ってもらいたい」

「いいよ。どんなことをやるの? 教えてくれたら、良い提案ができると思うよ」

「ざっくり言えばAI絡みの仕事。小口の案件が多いけど、メインは『ミームトラブル解決屋』かな」

「ミームトラブル解決屋?」

「そうだよ。俺とメメ、コンビでやるんだ」

「分かった。どんなふうに仕事を進めるの? 具体的な事例はある?」

「ああ、今までの案件の記録を見せるよ」


 Olsisにログインする。ここのクラウドストレージには、これまで受けてきた仕事のデータが保管してある。もちろん、メメ自身が組んだプログラムも。

 これらを読み込ませれば、メメは以前と遜色ないパフォーマンスができるはずだ。


 画面上に、ある広告が表示される。


【デジタル怪奇現象ならおまかせ! ミームトラブル、端末の誤作動など、お気軽にご相談ください!——オータムAIサービス】


「オータムAIサービスっていう事業者名なんだね」

「そうそう。俺、秋生まれだからさ。安直だけどな」

「なるほど。しかし『デジタル怪奇現象』って、何とも言えない言い回しだね」

「誰が考えた宣伝文句だと思ってんだよ」


 ピコン!と通知音が鳴る。

 視界に映る端末画面の片隅から、スターりんが姿を見せた。五体満足な緑の手脚。背中には白く輝く翼がある。


『アキトさん、ダイレクトメールを受信いたしました。新たなご依頼のようですね』


 スターりんが軽快にステップを踏み、メールボックスをタップすれば、DMが展開する。


「メメ、さっそく仕事だ」

「了解! 何かボクに手伝えることはある?」

「あるよ、たくさん」


 なぜなら君は俺の相棒だから。

 唯一無二の相棒だから。


 メメが俺の肩に乗ってくる。その重みにホッとする。

 また一つずつ積み重ねていけばいい。AIと共にある、俺にとっての「ごく当たり前の日常」を。


 そんなわけで、今からまた綴っていこうと思う。

 俺とメメが共に過ごした日常と、共に解決した案件を記憶しておくための備忘録を。



—こちらミームトラブル解決屋 〜とあるAIトラブルシューターの備忘録〜・了—

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