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4-3 初期化

 自力で充電ポートへ移動する前に、電源が落ちていたメメ。

 俺の体調モニタリングに手一杯で処理落ちして充電が間に合わなくなったわけではなく、何らかのエラーが起きてプログラムが強制終了した、ということなのかもしれない。

 なぜか、初期化までされてしまっている。会話機能だけでなく、メメ本体に入れていた各種ソフトやアプリもすっからかんだ。


「あの、メメ?」

「私のことをメメと呼んでくださるのですね。何かお申し付けいただければ、喜んで対応いたしますよ」


 大概の対話型AIがそうであるように、極めて無個性な初期設定の会話パターンだ。


 MR(複合現実)の端末画面上では、スターりんが腕組みして首を傾げている。


『メメさん、いったいどうされたのでしょう? 元に戻りますか?』

「メメの学習データは、ちゃんと毎晩零時にPCの外付けHDDにバックアップ取ってる。でもデータを復元する前に、何が起きたのか調べなきゃな」


 しかしPCを立ち上げたところで、俺は我が目を疑った。


「えっ……何だよこれ。バックアップデータが勝手に暗号化されてるんだけど」


 心臓がざわめき始める。嫌なざわめき方だ。


『何事です?』

「まさかランサムウェア? いやさすがに違うか。身代金要求のメッセージとかも出てこないし」


 ランサムウェアとは、データやデバイスを使用不可にし、その解放と引き換えに身代金を要求してくる不正プログラム(マルウェア)だ。

 窃取データの公開を脅しの材料にされたり、データを闇サイトで販売されるといった被害ケースもある。

 感染経路は、VPN機器やリモートデスクトップ、不審メールからのパターンが多い。感染すれば、PC本体のみならず外部接続のファイル等にも影響が及んでしまう。

 ただし大抵の場合、狙われるのは個人ではなく企業だ。二〇二五年ごろにはいくつかの大手企業がこのタイプのサイバー攻撃に遭い、世間を騒がせた。

 俺のような一個人が同様の被害に遭うとは考えづらい。


「イヤーカフ端末は無事だよな。メメ本体とメメに関連したデータに異常があるだけか?」

『すみません、わたくしがこうした異常を感知できる仕様なら良かったのですが……わたくしにできるのは、アキトさんの気分を盛り上げるためのダンスだけです』

「うん、それはまた必要な時に頼むわ」


 ひとまず、感染疑いのあるPCとメメとの連携を切る。

 PCをセーフモードで再起動リブートし、セキュリティソフトを稼働させる。

 しかし、何の異常も検知されなかった。もちろんファイルの暗号化も解除されない。マルウェアが原因ではないということなのか。


「うーん」

『大丈夫ですか?』

「バックアップは他にもあるんだよ。それで復元すれば——」


 と、Olsis(オルシス)クラウド上に保存してあるバックアップのデータを確認しに行って、今度こそ血の気が引いた。


「え……? いや、待てよ、嘘だろ」

『どうなさいました?』

「消えてる」

『なんと』


 そう、消えているのだ。クラウドのバックアップデータも。

 『最近削除した項目』にも見当たらない。データ復元ソフトを使えば元に戻るかもしれないし、他の手がないこともないが、そもそもデータが削除されてしまった原因は、いったい何なのか。


「何が起きてんだよ……」


 何らかの攻撃を受けている?

 メメに、何が起きた?

 データを抜かれて、悪用されている可能性もある。

 ログやら暗号やら細かくチェックすれば何か分かるかもしれないが、だんだん視界がチカチカしてきた。あれこれ考えているうちに、また熱が上がってきた気もする。

 加えて、薬の副作用と思しき泥のような眠気が、じわじわ思考を邪魔してくる。

 視界の端で、虹色がちらちらと揺らめく。

 三回くらい意識が飛びかけて、俺はとうとう観念した。


「ごめん、なんかしんどくなってきたから、もうちょっと休むわ……」

『はい、おやすみなさいませ、アキトさん』


 イヤーカフ端末を外し、ベッドに倒れ込むと、呆気なく眠りが訪れた。



 ■



 不明瞭な夢を見た。

 断片的ではあったが、あの夢と同じ世界の話だと分かった。


 虹色のナメクジから必死に逃げて、極彩色の腹の中で消化されかける夢。そこから落ちて、巨大な白いモニターに四方を囲まれる夢。


 最後、ノイズの走るモニターに浮かび上がってくる人影は、前回よりくっきりして見えた。

 オレンジ色の髪で、小柄な体格で、水色の目をした誰か。


 その人物が俺に何かを伝えようとしているように思えて、手を伸ばす。

 指先がモニターに触れるか触れないかの瞬間、眩い光が溢れ出し——



 ■



 ビクン!と身体が跳ねた。勢いで開いた目には、見慣れた天井が映る。


「あ、れ……?」


 心臓がばくばく鳴っている。人知れずため息が漏れる。

 「うなされてたよ」と教えてくれる相棒は不在だ。

 窓の外には夕焼け空が広がっている。寝入ったのが午前中だったので、かなり眠り込んでいたらしい。頭がぼーっとする。寝すぎて脳細胞死んだかもしれない。


 それにしても、またあの夢だった。

 脳細胞が死んだというより、脳ミソに寝癖でも付いてるんじゃないだろうか。


 水分を摂り、冷凍うどんで夕飯を済ませる。

 そうこうするうちにやっと頭がはっきりしてきた。身体もだいぶ楽になったと思う。


 今も視界の端にチラつく虹色の何かについては、考えても仕方のないことのように思えた。


 さて。

 とりあえず、やれることをやるしかない。

 メメ本体とPC、外付けの関連機器、その他諸々のシステムを徹底的にスキャンし、疑わしい改変などがないかを手動でもちまちまと検索する。

 あまりに地道すぎる作業。結局のところ、HDDのバックアップ①がロックされたこと、Olsisクラウド上のバックアップ②が消去されたこと以外、異常は見つからなかった。


 そもそも俺自身の記憶がまる一日以上抜けているため、その間に自分で何らかの操作を行った可能性はなきにしもあらずで。

 メメに監視してもらっておけば良かったなと、元も子もないことを考えるなどして。

 ピコン!とひときわ大きい通知音が鳴るころには、ずいぶん夜も更けていた。


 端末画面の片隅から、スターりんが顔を出す。


『アキトさん、作業中失礼します。Virgo(ヴァーゴ)運営サポートチームの湯谷ゆたに様からメッセージを賜りました』

「へっ? よりによってこんな時に」

『湯谷様、これほど遅い時間までお仕事をされているのですね。もう日付けが変わってしまいますよ』

「いやそういう意味じゃないけど……まあ、確かに遅いっちゃ遅いよね。大概システム障害でもあったんだろうよ」

『優先度の高い内容でございます。開封いたしましょうか』

「んー……そうだな、頼む」

『承知いたしました』


 スターりんが軽快なステップを踏み、いつもの腕振りダンスを決めた後、メッセージボックスが開く。

 そうして展開される、湯谷さんからのメール。


「え……?」


 目に飛び込んできた、その件名は。


『【高熱の時に見た夢】改変ミーム疑いの事象について』

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