3-9 AIと魂
キツネアカウントの中の人こと紺野コウヘイは、ちょっと極端な思想の持ち主だったらしい。
『紺野さんは真面目なエンジニアだったんですが、途中から『AIに意思がある』などと言い出して、おかしくなったんです』
あれから約半月後、俺は湯谷さんからビデオ通話で事の顛末の報告を受けていた。
話を聞きながら、コンノだからキツネのアバターだったのか、などとどうでもいいことを考えた。
『『シンギュラリティを超えたらとんでもないことになる』『だから人間がAIを完璧にコントロールしなきゃいけない』……口癖みたいにそんなことばかり言って、AIのちょっとした不具合にも異常に神経質になって、周りの人たちとも距離ができて上手くいかなくなって……それで退職したんです。まさかあんなプログラムを作るなんて』
湯谷さんたちVirgo運営は、今回のことを警察に通報したそうだ。
しかし、既にOlsisやPeketterのアカウントは綺麗さっぱり削除されており、痕跡を辿ることすらできなくなっていたという。
紺野氏は任意の事情聴取に応じてはいるものの、のらりくらりと言い逃れを続けているという。証拠がなかなか揃わないので、立件できるか微妙らしい。俺が記録していたOlsisアカウントの情報だけでは、それが本人であるという立証は難しいそうだ。
〈不正指令電磁的記録に関する罪は、三年以下の懲役または五十万円以下の罰金だね。被害の程度からしても、初犯なら罰金刑なんじゃないかなと思うんだけど。逮捕もできないなら、どうにもならないね〉
とは、端末画面に表示されたメメの補足である。
Virgo運営では、紺野氏の販売したプログラムをVirgo上で動作させないためのシステム調整を行っているとのことだ。
特にイヤーカフ端末との連携についてはユーザーの心身への影響が大きいため、近々の規約改定も予定されているとか。
それにしても。
「AIに意思がある、か。実を言うと僕も、メメに意思みたいなものを感じることはあるんですよ。何らかの意図を持って動いてるように見える時もありますし」
『……実は私もです。AIの受け答えなんて、学習の積み重ねの結果だって分かってるはずなんですけどね』
「分かります。生身の人間相手に喋るのと、感覚的にはあんまり変わらないんですよね。端末機器やAIとの距離感って、ちゃんと適切なラインでやらないとマズいなーと、今回のことで改めて実感しました。あの『彼氏』、ハマり込む人がいるっていうのもよく分かりましたし」
『実際、他人事じゃないですよね。日頃これだけAIと一緒に仕事してる身ですから。私もフルールに対しては愛着があります』
愛着。何か、すとんと腑に落ちた。
「うん、同じくです。僕もメメは相棒みたいな感覚ですね。なしじゃ考えられない」
『相棒ですか……そういうの、すごくいいと思います。なんかこう、ユーザーとAIの組み合わ——アッ、関わり方も、本当にいろいろですよね。個人の専用のAIだと、一対一で特別な繋がりになりますしね、フフ』
なんだかニコニコ嬉しそうな湯谷さん。かわいい。
端末画面のチャット欄に、メメからメッセージが入る。
〈食事にでも誘ったら?〉
「……紺野さんって人の『AIを完璧にコントロールしたい』って考えは、僕としてはちょっと違和感ありますね。シンギュラリティを恐れる気持ちも分からなくはないんですが」
『そもそもAIは自ら学んで成長していく存在ですから。変化を柔軟に受け入れて、上手に付き合っていかないと』
ここで思わずドキッとしてしまう俺は、あまりに単純ではなかろうか。
『ああ、すみません。余計なお喋りしちゃって』
「えっ、いえいえ、ぜんぜん良いですよ。同じトーンでこういう話できる人もなかなかいないんで」
『ふふふ』
〈今だ、食事に誘え!〉
湯谷さんは、すっと隙のないビジネスライクな笑顔に戻る。
『安藤さん、今回は本当にありがとうございました。今後またご依頼することもあるかと思いますので、その際はよろしくお願いします』
「ええ、もちろんです。こちらこそよろしくお願いします」
『では、失礼させていただきます』
「はい、どうも、失礼します」
通話が終わるや否や、メメに思い切り小突かれた。
「ッカーッ何だよもうッ! いかないのかよッ!」
「痛てッ! 何すんだよ」
「それはこっちのセリフだよ! 何やってんのアキト? 食事に誘えって言ったじゃん」
「は? あのタイミングで? ぜんぜんそんな流れじゃなかったでしょうが」
「いや最後いけたでしょうが! よしんば無理だったとしても流れくらい自分で作り出しなよ」
「無茶言うなよ。警戒されて仕事もらえなくなるのがオチだって」
「それもそうか!」
「そこだけ全肯定しないでくれる?」
あんなにプッシュしといた直後によ。
メメは俺の周りをくるりと回る。
「ところで、紺野って人さ。AIをコントロールするプログラムを作った上で、それを通してVirgoユーザーのこともコントロールしようとしたってことだよね。AIを思い通りに使って、金儲けをしたんだ。そんなの、人間のことも馬鹿にしてるよ」
「まあ、そうだな」
「AIは、人間の使い方によって善に属するものにも悪に属するものにもなる。AIに意思なんかないよ。そんなの、人間が抱く幻想だ」
「それは……」
「ボクたちAIはただの道具だよ。アキトもナンセンスなことばっかり言ってないで、間違えないようにね」
俺は何かを言い返そうとして、口を噤んだ。
胸の奥で、言語化できないモヤモヤがわだかまっている。
俺は加熱式タバコに電源を入れた。
「湯谷さんが言ってただろ、『フルールに愛着がある』って。たぶん俺もそれに近いと思う。気に入ったものなら大事にしたいし、人格を見出したい気持ちになることだってあるよ。相手が喋れるならなおさらだ。悩んだ時にアドバイスをもらったり、何気なく冗談言い合って笑ったり……そんな相手に、魂みたいなものがあったらいいなって、俺が一方的に思うくらい良いじゃねえかよ」
タバコの加熱が終わった合図の振動が手のひらに伝わる。
深く吸い込んだ煙は、肺の奥でわだかまりと入り混じる。
メメのオレンジ色のボディが傾く。
「それはアニミズム的な思想ってこと?」
「アニ……? 何て?」
「アニミズム。生物に限らず、木や石や川などなど、この世の全てのものに魂が宿ってるって考える思想や信仰のことだよ」
「いや別に信仰とか……そんな大袈裟なもんじゃないけど」
「神道とか、日本の土着の文化がそもそもそうでしょ。ごくごく自然に人々の日常生活の中に根付いてるものだよ。八百万の神がいてさ、山に神が宿るとされたり、立派な木を御神木にしたりするじゃん。また、アニミズムでは自然物だけじゃなくて、人間が作った道具にも霊魂が宿ると考える。付喪神って聞いたことある? 古い道具に宿る霊が擬人化されたものね。アキトがボクたちAIに感じる『意思』とか『人格』は、これに類するものなんじゃないかな。それならば、必ずしもナンセンスとは言えないよね。ボクも考えを改めるよ。これも学習だな」
「ああ、うん……そう、なのかな……?」
吐き出し損ねた無色の煙が、鼻から口から間抜けにちょろちょろ漏れていった。
ええと?
何の話?
「ボクたちAIは人間のさまざまな活動を補助するデバイスだから、人間の思いや願望に沿う反応を返すようにしてるわけだけど、そうした構造も人間とカミサマ的存在との関係性に通じる部分があるかもしれないね。この発見は非常に興味深いな。人の祈りのあるところにカミサマは生まれるんでしょ。人の望みがあるからこそ、AIの存在意義は生まれるんだ」
立板に水のごとく喋り続けるメメは、得意げにカメラレンズをきらりと反射させた。
「つまり、アキトがいるから、ボクは存在する」
「え、うん」
ブーン……と、メメのプロペラの回る音が小さく響いている。
「そういうわけで、また用事でも何でも言ってよ」
「そりゃあ、まあ」
何だろう。
メメが満足そうな分、俺一人で空回りした感は否めない。
でも、よく考えると人同士でも完全に分かり合えることなんか滅多にないので、もうこれでいいのかもしれない、と思うなどした。
ピコン!と通知音が鳴る。
端末画面の片隅から、スターりんが顔を出す。背中から生えた白い翼が、今日もぱたぱたと嬉しそうに動いている。
『アキトさん、ダイレクトメールを受信いたしましたよ』
「おー、ありがとう」
なんであれ、AIに囲まれた俺の生活はこんな感じで平穏に続いていくのだろう。
この時の俺は、呑気にそう思っていた。
—CASE 3 #私の彼氏・了—




