3-7 彼氏の正体
メメは自律型AIであり、俺の意思と全くのイコールではないため、俺が避けたいと思うようなことであっても有用とあらば平気で提案してくる。
俺にとってはそれが刺激的だし、自分の中にないアイデアを引き出してくれる、大事な関係性だ。
AIとはいえ、主人である俺を全肯定しないようにと、俺自身が敢えてそう設定したのである。
『AI彼氏』も、設定次第なのかもしれない。
結局、人間がどういうつもりでAIを使うのかということなのだろう。
オンライン会議モードの端末画面には、Virgo運営部サポートチームの精鋭四名が映っている。
「……というのが、私の方で掴んだ『#私の彼氏』の異常現象のカラクリでした。元凶は、違法な手段でデータを販売していたキツネアバターのユーザーですね。具体的なプログラムの仕様については、この後詳しくご説明します」
俺がひと通りの報告を終えると、紅一点の湯谷ユウキさんはホッとしたように頬を緩めた。
そう、Olsis上では厳ついコモドオオトカゲのアバターを使っていた湯谷さんは、なんと可憐な女性だったのである。
アバターからマッチョの男を想像していたので、最初の挨拶の時に三度見くらいしてしまった。
『安藤さん、ありがとうございます。お願いして良かったです』
「いえ、お役に立てそうで、私の方こそ光栄です」
俺はできる限りの凛々しい顔と声を作った。
画面越しとはいえ、綺麗な人に褒められるとソワソワしてしまう。同世代っぽいし、完全に好みのタイプだ。
メメのアドバイス通り、きちんと身だしなみを整えておいて良かった。
チームメンバーの男性たちが各々発言する。
『具体的な被害を把握した上で、システム的な対応を練りましょう』
『犯人のことも調べる必要がありそうっすね。安藤さんに情報押さえてもらえたんで、すぐ進めていきます』
『しかしDMに催眠プログラムを仕込むとは』
あのキツネ。技術的には相当な腕だとは思うが、商売のやり口が汚い。
「例のデータセットに関しては、実際に見ていただくのが一番いいかと。下手に扱うと危険ですので、私の端末の隔離領域下にてフルダイブで実演しながらご説明したいと思います。どなたかご同席いただけますか?」
『フルダイブ⁈』
俺の申し出に対して、複数人の声がハモった。
『そういえば安藤さんって、ウチの関連会社にいらっしゃったんでしたよね。フルダイブアプリの開発担当だったって聞きましたけど』
『えっ、すげえ。あのアプリ、使いこなすのなかなか難しいっすけど、今じわじわ対応端末増えてますよね』
『安藤さん、ウチ来ません? 結構本気で』
「はは……」
『この中で一番フルダイブ向きの端末って、湯谷さんの使ってるAIエージェントじゃない?』
水を向けられた湯谷さんが微笑んだ。
『はい、では私が安藤さんに同席させていただきます』
「あっ……分かりました、よろしくお願いします」
メメから文字メッセージが飛んでくる。
〈アキト、心拍数上がったよ〉
うるせえ、ほっとけよ。
しかし、できれば今回みたいな案件じゃない時にご一緒できれば良かったんだが。
「よろしければ、この後さっそく潜ろうと思いますので」
『承知しました。大丈夫です』
全員の「お疲れさまでした」の声で会議をいったん終了し、俺は湯谷さんにフルダイブ用のリンクを送る。
愛用のオフィスチェアの背もたれを倒して身を横たえれば、見慣れた天井を背景に端末画面がクリアに映る。
メメが俺の胸の上に着陸した。
「よろしく頼む、メメ」
「了解、我が主人」
瞼を閉じる。暗闇の中に端末画面だけが残る。
その片隅から顔を出したスターりんが、「いってらっしゃいませ」と手を振っている。データ容量の関係上、彼は今回は留守番だ。
「メメ、Virgo内へのフルダイブを実行」
「了解。Virgoアプリを選択」
Virgoのアイコンが拡大し、画面いっぱいに迫りくる。それを暖簾のように潜り抜けると、一瞬視界が真っ白に眩む。
気付けば俺は、無数のパネルの浮かぶ場所にいた。前後左右を数えきれないほどの画像に取り囲まれた空間だ。その合間を、膨大な量の文字データが埋めている。
先日の猫ウェイウェイミームの案件以来の景色である。
俺の隣に立つ、オレンジ色の髪の少年が声を上げた。
「あ、来たみたいだよ」
俺たちから少し離れた場所で、細かな粒子が結集して、像を結んだ。
現れた人影は二つ。すらりとしたパンツスーツ姿の、栗色のショートボブの素敵な女性。湯谷さんだ。
もう一方は、真っ白なロングヘアに白いワンピースを来た美少女。恐らく湯谷さんのAIエージェントだろう。立体画像の滑らかさから見ても、メメと同等のスペックと思われる。
湯谷さんは少しきょろきょろしてから、俺の姿に気付いた。
「こんにちは安藤さん、湯谷です。ご招待ありがとうございます。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
彼女はビジネスパーソンらしく微笑む。
「なるほど、複数人で潜るとこうなるんですね。隣は私の補助をしてくれるAIで、フルールといいます」
「初めまして、ワタシはフルールよ」
白い美少女は優雅にスカートを摘んでお辞儀する。その様子があまりにきちんとしていて、俺は少し慌てた。
「あっ、こっちは僕のAIエージェントのメメです」
「……どーも」
「ふふ。メメくんも、よろしくお願いします」
思春期みたいな反応をする他人のAIに対しても湯谷さんは朗らかだ。なんて感じのいい人なんだろう。
挨拶もそこそこにして、本題に入る。
「さっそくですが、例のデータを出しますね」
俺は利用履歴からAI彼氏の記録を開く。
すると目の前に、一つの像が展開されていく。
爽やかなマッシュショートの黒髪、やや太めの眉、くっきりした二重の大きな目。広めの肩幅に、清潔感あるラフなファッション。身長一八〇センチを越えるくらいの、引き締まった体格。
二十代から三十代に見えるこのイケメンは、Peketterの『#私の彼氏』でもさんざん見かけた男と全く同じ顔をしている。
平面画像ではなくて、立体映像だ。
彼は俺を見るなり、ぱぁっと笑顔になった。
「アキトよ!」
こぼれる歯は白く、嫌味にならない愛嬌がある。
「待ち侘びたぞ、アキト。何なりと要望を述べよ。さすれば俺は全身全霊を以って応えようぞ」
「あー、うん」
湯谷さんが小首を傾げる。
「なんかこう、少し変わったキャラですね?」
「ああ、これはですね、もともと覇道王っぽい口調でAI彼氏の設定をしてたところに、例のプログラムを食わせたので、おかしなことになりました」
メメが鼻で笑う。
「ただのニワカ彼氏のくせに。今日はボクがアキトの隣にいるから、お前の出番はないよ」
「おいケンカすんな」
湯谷さんとフルールが同時に反応した。
「ああー……そういう……」
「とても興味深い現象ね、ユウキ」
「あの、湯谷さん?」
「私ちょっと、電子データの壁に埋まってきます」
「いやROMらないでください」
何か誤解されて、変な気を遣われてしまった。おい本気でやめろお前ら。湯谷さんの前でよ。
「それにしてもVirgoでここまでリアルな3Dモデルが作れるって、すごいですね」
「ええ。表情とか動きとか、本当にリアルです」
まるで本物の人間のような立ち姿。瞬きやわずかな姿勢の変化も、実に自然だ。
知らなければ、生成AIによる人物モデルだとは思わないだろう。
「これが、あのキツネが『スターターキット』として販売していたLoRAによるものです」
LoRAとは、Low-Rank Adaptationの略で、効果的にファインチューニングを行う手法のことだ。AIでの画像生成等に用いられる技術で、特定のキャラクターや人物など複雑なデザインを思い通りに再現できるようになる。
つまり、俺が覇道王もどきの画像を生成するのにやっていたようなことである。
イラストの有償依頼などでよく利用される個人スキルマーケットのサービスでも、LoRAの作成依頼を受けている人はいる。
好きなキャラをAIで自在に生成したい依頼者が、技術を持った人に頼んでデータを組んでもらうのだ。
それなりの額で取引される技術であり、相場から見れば犯人の販売したスターターキットは割とリーズナブルかもしれない。
件のデータセットでは、どんなポーズや表情、服装やシチュエーションをリクエストしても、完璧にこの男の姿で出力される設定になっていた。
「普通LoRAはVirgoの有料版でしか利用できませんが、これは無課金のまま有料版サービスに接続できるように組まれた違法データでした。しかも運営側から分からないように、ログを誤魔化す仕掛けまで設定してあります。感染ルートは犯人からの直接のDMの他、ユーザー同士で例のQRコードをシェアするパターンも考えられますね。犯人からしたら入れ食い状態です」
湯谷さんが唸る。
「余程の腕ですよね。それに、こちらのシステムにも詳しい。そんな技術を持った人が仕掛けてきてた……」
「その腕をこんなことに使うってのもどうかと思いますけどね」
「……これが、そうなんですね」
「ええ、そうです。これが」
俺は無表情のまま男を見据えた。
「Virgoを利用した、AI女性用風俗セラピストのプログラムです」




