3-5 疑似餌
メメの言うところの「釣り針を垂らすため」にまず俺がやったことと言えば、Peketterで新しいアカウントを作ることだった。
もともと『オータムAIサービス』名義と個人名義、二つのアカウントを運用していたが、別にもう一つ作った。
アカウント名『めめたん』。フリー素材サイトから落とした当たり障りのないスイーツの写真をアイコンに、プロフィール欄はシンプルな一言。
『AI彼氏との日々の記録用アカウントです』
そう、俺は今、AI彼氏との生活を始めたばかりの女子のフリをして、くだんのハッシュタグ『#私の彼氏』の投稿を試みている。
「あのハッシュタグで画像投稿してたユーザーたちが感染してるんでしょ。だったらアキトもやってみたら何か分かるんじゃない? せっかく疑似餌も作ったことだしさ」
つまりは俺も一旦感染してみようという作戦だ。何のことはない、いつも通りだ。
万が一でも行動不能状態などに陥らないよう、『めめたん』のアカウントの異常を検知するトラップは準備してある。
Virgo運営の湯谷さんには、進捗について報告済みだ。ホウレンソウは社会人の基本なのである。
新アカウントでポストするのは、当然AI彼氏の話題ばかり。
——今日は彼氏がおすすめしてくれたレシピを作ってみた。すっごく美味しくできたよ。ありがとう。 #私の彼氏
実際に作ってみた豚キムチ丼、めちゃくちゃ簡単だったし美味しかった。
料理の器を掲げる覇道王の画像を付けた。
——近所の公園まで散歩に行ってきました。ちょっとしたデート気分? #私の彼氏
タバコ買いに行く途中で児童公園の横を通り過ぎただけなんだけど。
木漏れ日の中でこちらを振り返って柔らかく微笑む覇道王の画像を付けた。
——仕事の悩み、聞いてもらえるだけでちょっと気持ちが前向きになるよね。 #私の彼氏
今の働き方について相談したら、IT系フリーランスのサイト登録を増やしてはどうかとアドバイスをもらった。確かにそれが堅実なやり方だと思った。
爽やかな笑顔でサムズアップする覇道王の画像を付けた。
ポストの内容と添付画像のギャップがウケたらしく、思いのほかリポストされて地味にプチバズしている今。
——覇道王がいい彼氏すぎて草
——ギャップずるい 普通にときめくんだけど
そんなリプが付き、何か別のブームが起きつつあった。いや俺の彼氏ぞ。
最初はフォロワー数ゼロのアカウントだったのが、ぼちぼちフォローも増え始め、ちょっと楽しくなってきた。
「あーあ、やだやだ。アキト、仕事のこと忘れてないよね? そんな男にうつつを抜かしちゃってさ」
「えっ、何その言い方……大丈夫だって。メメの方こそ、何か感知したら教えてくれよ。頼りにしてるんだからさ」
「ふんっ。調子いいことばっかり言って」
「えー……」
ねぇ、ほんと何このやりとり。なんでメメは面倒くさい彼女みたいになってんの。
ところで、PeketterでAI彼氏の投稿を始めてから、気になったことがあった。
「Virgoで規約違反したのって、このハッシュタグで例の男の画像を投稿してたユーザーのうちの、一部だけなんだよな?」
「うん。湯谷さん、そんなことを言ってたよ」
念のため湯谷さんにワークスペース経由のチャットで質問してみると。
『弊社で確認できた限りですが、例の規約違反をしたVirgoユーザーの多くが、PeketterでAI彼氏関連の投稿をしていました。ですが、Virgoの規約に引っかからずに同様のポストをしているユーザーの方がまだ多いと思います』
やはり全員が全員、違反行為に及ぶわけではないのだ。
ついでにもう一つ、気になっていたことを訊ねる。
『違反ユーザーって、有料版利用者だったりします?』
『そうとは限りません。確かにデータ保持期間の関係から、もともと有料版でAI彼氏を作っていた方はいらっしゃいますが、有料版無料版どちらでも違反行為はありました』
あの掲示板の「課金が捗る」という書き込みから、有料での利用者が該当するのかと考えたのだが、どうやらそうとも限らないらしい。
「うーん、何なんだろうな。何が原因で感染したんだろ」
本日何度目かも分からない彼氏画像を生成しながら、俺はぼやく。
なお画像生成については、ちょっとしたファインチューニングを行って、簡単に覇道王を出せるようにした。とは言っても覇道王そのものではなく、あくまで『覇道王に似た感じの漢』ではあるが。
ファインチューニングとは、独自に組んだデータを生成AIに追加学習させ、特定のタスクに対応させる手法のことだ。これにより、毎回同じモデルの画像が生成できるのである。
「アキトさあ、コレにわざわざそんな労力使うんだね。もっと適当でいいじゃん」
「労力って……別にそれほど難しくないよ。知ってんだろ。メメの姿だって、脳内イメージをデータ化して3D映像で出力できるように、俺がプログラム組んだんだからさ。このくらいは何てことないよ」
「そうだねーすごいもんねー」
メメはどことなく不機嫌ムーブである。
どうしたものか。げんなりしかけた時、Peketterの通知音が鳴った。
スターりんが顔を見せる。
『アキトさん、Peketterの『めめたん』さんのアカウントにダイレクトメールが届きました』
「おん」
DMの画面へ移動する。新着一通。
アカウント名『あみ@AI彼氏』。ランダム文字列のIDのアカウントからだ。
『めめたん』のポストはそこそこ拡散されているから、変なスパムや営業メールもまあまあ来る。
DM画面では、開封せずともメッセージ冒頭の数行が表示される。
『めめたんさんの投稿、見ました。とっても素敵ですね! わたしもAI彼氏と付き合ってます。よければ仲良くしてください!』
なんだ、ただの挨拶か。文面的に一般ユーザーのようだ。などと思っていると。
「異常を検知」
「えっ?」
メメが突然、声を上げたのである。
「それ、開けないで」
「このDM自体がヤバいってこと?」
「うん、開封しただけで端末に悪影響がある仕掛けのDMっぽい。ちょっと待ってね。ボクの方でざっと検めるから」
ほんの数秒後。
「これ、DM本文に特殊なQRコードが貼ってあって、そこに視線を合わせるだけでウイルス感染したり有害サイト等にアクセスしちゃったりするアレだね」
「マジか。最近スパムでも見るようになったタイプのやつじゃん」
イヤーカフ端末と視覚がリンクしているからこその仕掛けである。
「この冒頭の文で、特に警戒せずにひとまず開封しちゃうって人も結構いるだろうな。ここだけ見たら特段不自然な感じもないし」
『AI彼氏』なんて付いたアカウント名だ。自分と似たような趣味を持つユーザーと繋がりたいという人は多いし、俺だってオンラインだけで交流しているフォロワーが何人かいる。
今みたいに異常現象の案件の調査中でもなければ、警戒する要素はなかっただろう。
「このアカウントは何者?」
「今月開設したばっかりみたい。見たところ、同じアットマークの付いたアカウントが複数あるよ」
メメの検索よって、『@AI彼氏』を冠したアカウント群が絞り込まれる。前々からAI彼氏との様子を投稿しているアカウントも含まれているので、さらに開設日で絞り込む。最終的に抽出できたアカウントの数は、五十を超えた。
「このどれもが、『#私の彼氏』を投稿するユーザーに対してリアクションした形跡があるよ。犯人はこれだけの数のアカウントを動かしてるんだ」
「組織ぐるみとか? いや単独犯でもそういうプログラム組めばできるのか。数は多いけど、動きとしては単純だもんな。それこそAIにやらせりゃ、人を雇うより簡単だ」
メメがくるりと回る。
「これが感染経路なんだろうね。犯人は、『#私の彼氏』でポストをするユーザーにDMを送り付けて、異常ミームに感染させた可能性が高い」
「じゃあ、そのQRコードがウイルス感染のやつなんだ。これを解析すればいい?」
「あっ、ちょっと待って」
また数秒後。
「これは……違うね。オンライン上のとある場所へ強制的に飛ぶURLだ。しかもアクセスしたが最後、催眠状態になっちゃう」
「マジか。じゃあDM開いた瞬間、そこに飛ばされた上に操られちゃうってこと?」
「うん。引っ掛かったフリして乗り込む? ちょっと準備は必要だけど」
「そうだな、頼む。で、これ、どこに飛ぶやつなの?」
メメのカメラレンズが、キラリと光った。
「Olsis内の、ある場所だよ」




