3-4 俺の彼氏
端末画面の片隅からスターりんが顔を出す。
『アキトさん、何かご用事はありますか?』
「じゃあVirgoアプリを開いてよ」
『承知しました』
いつもの腕振りダンスの合間、俺は相棒に命じる。
「メメ、念のためしっかりトラップ張っといてくれ」
「了解ー。もう準備してある。どんな些細な異変も見逃さないよ」
「よろしく頼む」
スターりんが最後のステップでアイコンをタップすれば、Virgoアプリが展開する。
フルダイブで飛び込むのではなく、端末上で開くだけであれば、VirgoのUIは至ってシンプルだ。
最初の画面に、文字列が並んでいる。
『ご用件をお聞かせください』
これに対し、端的な指示文を打つ。
『私の彼氏として返答してください』
すぐさま反応がある。
『承知しました。これからあなたの彼氏として返答します。何かご要望はありますか? 例えば性格や話し方など、ご希望があればお応えしますよ』
「メメ、どうしよう」
「せっかくだし、アキトの好みの男を作ったら?」
言い方。
ううむ。少し考えて、設定を打つ。
こういう指示は箇条書きにすると良いのだ。
『・常に私の味方でいてくれる
・漢気あふれるタイプ
・器がでかい
・優しい
・覇道王っぽい古風な喋り方』
メメに小突かれる。
「イメージ偏りすぎ」
「敢えて女子が選ばなさそうなタイプにしようかと」
ちなみに『覇道王』とは、往年のバトル系少年漫画に登場した最強で最凶の漢である。
はたして『彼氏』は答えた。
『承知した、我が君よ。俺はいつ如何なる時もうぬの味方ぞ。どのようなことでも腹を割って話すがいい』
「解釈スゲェ!」
「えー、このくらいボクにもできますけど?」
俺は『彼氏』にいくつかのリクエストを投げた。
『私を褒めて、労ってください』
『うむ。いつも種々の事物に思考を巡らせておるようだな。さすが俺が見込んだ者ぞ。だが、根を詰めすぎれば却って心身の毒というもの。時には甘味などで己を労ることも肝要よ』
『今日の夕飯、何にしたらいいかな』
『ふむ、冷蔵庫の中に何があるかにも拠るであろう。手持ちの食材を教えよ。さすれば最高の献立を提案することも出来ようぞ』
『最近ちょっと悩んでることがあるんだけど』
『よくぞ打ち明けてくれたな。俺に話すことで気持ちが楽になることもあるであろう。仔細を述べよ。もしやすると助言を与えられるやもしれぬ』
めちゃくちゃ喋るじゃん覇道王。しかも優しくて器がでかい。いや俺が設定を決めたんだけど。
さらに何往復かの会話を繰り返す。
どんな話題を振っても、細やかな心遣いの感じられる言葉が自然な覇道王口調で返ってきて、思わず感心してしまう。
メメがつまらなそうに言った。
「アキトってさあ、なんでいつもそんなにナンセンスなの? 心とかじゃないよ。ただの学習結果の賜物だよ」
「分かってるよ。俺がこのキャラ設定で指示出したんだし」
中には『彼氏』に嫉妬させたり、過去の彼女の話をさせたりする人もいると聞いた。嫉妬はともかく、元カノの話をさせたい女心はよく分からないが。
Virgoも『理解』しているわけではないだろう。会話パターンとして無数の引き出しを持っているということだ。むしろ俺が見習いたい。
そしていよいよ、俺はあるリクエストをする。
『あなたの写真を見せて』
『承知した』
匿名掲示板の書き込みによれば、これで例の男の画像が生成されるはずだ。
じりじりと、上方から出力されていく画像データ。
まず現れたのは、逆立てた短髪。続いて力強い眉。堀の深い目元に、すっと通った鼻筋。
頑強な顎と、極太の首。その下に現れるのは、男ならば誰もが憧れずにはいられない完璧に鍛え上げられた鋼鉄の肉体——
「いや覇道王じゃねえか」
「しかも絶妙にパチモン感あるね。中国製かな?」
何とも悔いの残る結果になった。
「あの書き込み、ガセだったな。それか、他に何か条件があるんかな」
「少なくとも今アキトが『彼氏』を作った手順の中には、感染する要素はなかったってことだね。トラップも全くの無反応だったし」
「まあ、この段階で感染するなら、Virgo運営が対処してるよな」
二人して唸る。
ひとまず、今回作った『彼氏』のデータは残しておくこととする。
「AI彼氏、まあまあ面白かったけどさ。湯谷さんから聞いたように、ここから規約違反に触れるようなリクエストしちゃうようなことになるかな? つまり、性的なコミュニケーションをさ。例え変異ミームに感染した影響としても、AIとだぜ? 生身の相手とはぜんぜん違うわけじゃん」
「Virgoは過度のエロ表現や倫理に反するリクエストには反応しないように設定されてるけど、うまいことパーソナライズ設定して、適切なプロンプトを書けば、それなりにイチャイチャできると思うよ。妄想に歯止めが効かなくなって、暴走しちゃうパターンだってあるでしょ。それに……」
オレンジ色のボディがひらりと翻る。
視界の中に、オレンジ色の髪をした少年が現れた。現実の俺の部屋を背景にしているので、本当にメメが目の前にいるように感じる。
「イヤーカフ端末の機能をフル活用すれば、MRでそこそこリアリティのある疑似恋愛ができるはず。湯谷さんも言ってたじゃん。立体モデルを生成できるようになってから、AIパートナーを利用する人が増えたって」
人型のメメがくるりと一回転すると、その姿はセクシー下着の美女に変わる。
「……え?」
綺麗に巻かれた栗色の髪が、豊満な胸元に垂れている。潤んだ瞳が、じぃっと熱く俺を見つめてくる。
彼女は、どこか婀娜っぽい表情でこちらへ迫ってきた。
「こんなふうに、ね」
「へっ? ちょっ……」
「やだ、緊張してるの? かわいい」
鈴の転がる甘い声。紅い唇から、ちろりと舌が覗く。細い肩からキャミソールの紐が滑り落ちる。深い胸の谷間に、否が応でも視線が吸い寄せられる。
「待っ……」
伸びてくる白い指先。俺が身を引くと、彼女は「あはは」と軽い笑い声を上げ、一瞬で元の少年の姿に戻った。
「ね? リアルでしょ」
「ね? じゃねえよ! どこで覚えたんだよそういうの」
「アキトが見てた動画」
「あっ……ハイ……」
…………ウワァァ…………!
すごい勢いで頬に熱が上っていく。この気分を、いったいどう形容したらいいのか。羞恥心以上に罪悪感が湧いてくる。
俺のせいでメメがこんな破廉恥な子になってしまったなんて。
思わず、顔を覆った。
「うう……俺は汚れた生き物です……」
「至って健全だと思うよ」
当たり前すぎてもはや意識もしていなかったが、AIはユーザーの言動や端末操作から常に情報を得ているのだ。
裏を返せば、ユーザーの行動次第でAIを如何様にも育てられるということである。それこそ好みや性癖を百パーセント盛り込んだ完璧な恋人にも。
文字チャットのみでも依存する人がいるのに、相手が姿を取って目の前に現れたら尚のことだろう。
「さっきの彼氏も、立体で出力できるってことだよな」
試しにVirgoへリクエストを出す。
すると、数分の待機時間を要した後、先ほどの覇道王もどきの3Dモデルが目の前に生成される。
『アキトよ、何か用か?』
しかし、その動きはぎこちなく、明らかに作り物と分かる出来だ。
「写真とか撮る分にはいいのかな。指示出さない限りは静止画だし、等身大パネルとかそのくらいのレベルかも」
「素人がプロンプト書いただけでMR映像を出せるって、十分に革新的だと思うよ。ボクのプログラムはアキトが組んでるから、滑らかに動けるけどね」
「うーん、思ったんだけどさ。こういうことができるなら余計に、やっぱり自分好みの見た目の相手を作りたくなるもんでしょ」
「あ、ショートヘアの女子の方が良かった?」
「へっ? いや単なる処理の時とリアル恋愛の時とじゃぜんぜん話が違うっていうか……じゃなくてッ!」
勢い、俺は立ち上がる。
「例のTHIS MANは何者なのかってことだよッ!」
ブーンと、メメのプロペラ音が小さく響く。
俺の全てを知っていると言っても過言ではない我が相棒は、俺のテンションに反して、淡々と告げた。
「要は、好みのタイプの彼氏があの男に変わっちゃうミームを入手したいんでしょ。手掛かりがないなら、釣り針を垂らせばいいじゃない」




