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3-3 THIS MAN

 メメが俺の肩の上でぴょんと跳ねる。


「異変ミームって決まった型がないし、ノウハウらしいノウハウもないから、天下のVirgo(ヴァーゴ)運営様と言えど対応は面倒くさいだろうね。遊撃手的なフリーランスに任せるのが、コスパとタイパの面から考えてもベストってことだろうよ」

「業界的にも人手不足だし、大手ほど面倒いタスクを下請けに回しがちだもんな。俺もそれでどんだけサビ残したかっていう」


 社畜時代の恨みつらみが蘇ってくる。

 かといって断る理由にはならない。連絡をくれた湯谷ゆたにさんが、チャットの印象だけでも聡明で感じのいい人だったから、ということもある。

 受諾の返事をすれば、やはり丁寧なお礼が届く。


『安藤様からご了承いただいた旨を社内で共有した後、また改めてご連絡いたします』


 正式な契約書データとOlsis(オルシス) 上のクラウドワークスペースへの招待DMを受信したのは、翌日の昼だった。


『調査内容ほか、お気付きのこと等ありましたら、こちらのワークスペースで情報共有をお願いいたします』


 と、湯谷さん。

 ワークスペースでは、ビデオ通話やスケジュール管理など、メンバー内での共同作業ができる。もちろんセキュリティもばっちりだ。

 Virgo運営サポートチームメンバーが並ぶユーザー名の中に、『湯谷ユウキ』とフルネームがあった。いったいどんなマッチョ紳士なのだろうか。



 ともあれ、私の彼氏ミームである。


 まずは『#私の彼氏』の付いたポストのうち、例の男の画像を載せているものをリストアップする。

 驚くべきことに、コピペは一件もない。

 どれもこれも服装やポーズが違うので、毎回生成されているものと思われる。

 全てのデータをメメに解析させたが、これといった改変の痕跡は見当たらなかった。


「うーん、ただただ同じ顔の男がいろんなシチュエーションで描かれてるだけか。画像自体はウイルスミームじゃないのかもね」

「ここまでコイツばっかだと、頭おかしくなりそうだよな。夢にまで出てきそう」

「実際、夢にも出てくるみたいだね」


 メメがいくつかのポストをピックアップする。


 ——彼氏と旅行いく夢見たんだけど、ふたりでゆったりできて良かった! #私の彼氏


 ——うちの実家に彼ぴが挨拶に来た!と思ったら、ただの夢でした…はよ結婚したい #私の彼氏


 ——ゆうべ彼がどこか遠くに行っちゃう夢を見て、起きた時に涙が止まらなかった。ずっと側にいてほしい。 #私の彼氏


 一つ目はリゾートらしき場所で満面の笑顔を浮かべる男、二つ目はスーツ姿で手土産の紙袋を手に提げる男、三つ目は光の中で優しく微笑む男の画像が添付されている。


「『彼氏の夢を見た』って話題の投稿は、全体を見てもかなり多い。これが湯谷さんの言ってたプロンプトの偏りの一つなのかも」

「イヤーカフ端末を通じた影響とも考えられるけど、みんなして実在しない同じ男の夢を見てるって怖いな。都市伝説かよ」


 『デジタル怪奇現象』の調査を請け負う身としては、おあつらえ向きの案件かもしれない。


「都市伝説と言えば、アキトは知ってるかな。二〇〇九年ごろ流行したネットミームで『THIS MAN』っていうのがあってさ」

「ディスマン? 何だっけ、それ」


 メメによって、端末画面にある画像が表示される。

 太眉のつながった、額の広い、外国人に見える中年男性の顔のモノクロイラスト。何とも奇妙で不気味な顔立ちの人物である。


「ある精神病患者の女性が、見知らぬ男性の夢を見続けていると訴えた。その似顔絵がWebサイトに載せられると、世界中で二千人を超える人々が『夢でこの人物を見た』と主張し始めた。現実のどこにも存在しない人物だ」


 背筋がゾワッとした。実在しない男の似顔絵の、その虚ろな瞳が、記憶の端に引っかかった。


「……なんか思い出した。その話、ドラマや映画になったりしてなかったっけ?」

「『THIS MAN』を題材としたフィクション作品も、後年になっていろいろ作られてるね」


 別の画面が開き、関連メディアがピックアップされる。アメリカの有名な超常現象ドラマや、世にも奇妙な話を集めた日本のオムニバスドラマなどが挙がっている。


「だけど実は、『THIS MAN』はただのゲリラマーケティングの一環のムーブメントだったんだ。考案者であるイタリアの社会学者ナッテラが、二〇一〇年にそう公表してる。要は『THIS MAN』自体のエピソードは完全なフェイクだったってわけ」

「えっ、そうだったの? フェイクなのに、二千人もこの男の夢を見たって言ってたんだ?」

「そうそう。社会の風潮に影響された、人間の心理が見せたものだと思うけどね」

「思い込みのせいでそんなことになっちゃうんか。怖……」


 俺は問いを重ねる。


「ところで、ゲリラマーケティングって何?」

「広告を見る人に感情的な反応を引き起こすことで、商品やブランドを印象付ける手法のこと」

「こないだの猫ウェイウェイと同じようなタイプの広告ってこと?」

「その通り。結局『THIS MAN』が何のマーケティングだったのかは明かされてないけど、ナッテラは印象的な男の似顔絵と都市伝説的エピソードによって、世界中の関心を集めることに成功した」

「なるほど……」


 端末画面から太眉おじの画像が消えて、再び『#私の彼氏』が前面に出た。

 大量に並ぶ、同じ顔の男、男、男の画像が。


「で、話を戻すけど。今この『#私の彼氏』現象が、匿名掲示板で『THIS MAN』の再来みたいに言われてるんだよ」


 画面上には新たに、匿名掲示板『7ちゃんねる』のスレッドが展開される。一週間ほど前の日付のものだ。


 ——0001 私の彼氏の夢女子 20XX/10/18(金) 22:32:02

   今夜も彼ピの夢みるよ


 ——0002 私の彼氏の夢女子 20XX/10/18(金) 22:40:45

   >>1

   シェアよろ


 ——0003 私の彼氏の夢女子 20XX/10/18(金) 22:42:10

   最近ぺけったで同じ顔の男の生成AIよく見るよね

   this manじゃね


 ——0004 私の彼氏の夢女子 20XX/10/18(金) 22:49:35

   >>3

   インターネット老人ワイ、懐かしワードすぎて泣いてる


 ——0005 私の彼氏の夢女子 20XX/10/18(金) 22:55:41

   >>3

   ディスマンにしてはイケメソw


 ——0006 私の彼氏の夢女子 20XX/10/18(金) 22:57:59

   Virgoに彼氏役させて、「あなたの写真を見せて」とかって頼むと、あのイケメンが出てくるって聞いた


 ——0007 私の彼氏の夢女子 20XX/10/18(金) 23:10:30

   ワイもやってみる

   おまいらみたいにハッシュタグでシェアするわ



 自然、その中の一つの書き込みが目に止まった。


「この6の書き込みさ、本当に? Virgoに頼むと、あの顔が出るの?」


 スレッドをしばらく辿ると、こんな書き込みも。



 ——0098 私の彼氏の夢女子 20XX/10/19(土) 21:47:56

   最初はそんな好みじゃないかもって思ったけど、気づいたらハマってた

   簡単に画像出せるようになったし、いろいろイイよ


 ——0101 私の彼氏の夢女子 20XX/10/19(土) 22:20:04

   課金が捗る もはや廃人の域

   何らかの陰謀を感じなくもない



「98の『簡単に画像を出せるようになった』っていうのは、どういう意味だ?」

「元々は簡単じゃなかったけど、途中から簡単にできるようになったってことだろうね」

「それはそう。でも何きっかけで?」

「このスレッドにはなさそうだね」

「『最初はそんなに好みじゃないかもって思った』って、たぶん例の男のことだよな。少なくとも何かしら明確なきっかけがあって、あの顔の男の画像を出せるようになった」


 それから。


「課金が捗る、とは」

「Virgoの有料版のことじゃないかな。無料版だと一定期間でデータリセットされちゃうからさ」

「あーなるほど、だから『陰謀』みたいな発想になるわけか。さすがに冗談かもしんないけど、既にある程度の噂になっちゃってるんだな」


 このまま噂が一人歩きしたら、Virgoのおかしな悪評が広まる恐れもある。


「しかし、これを変異ミームによる影響と仮定したとして、AI彼氏と過激にイチャコラしちゃうって、何目的の改変プログラムなんだろ。メメ、事実検証ファクトチェック

「了解!」


 メメはくるりと一回転する。


「①感染者に対する直接的な心理的支配」

「まあ、よく言われるやつだよな」

「②感染者に対する間接的な肉体的支配」

「ウワサのカレ、そんなにスゴいの……?」

「③感染者をAI彼氏に夢中にさせることで、婚姻率や出生率を下げる」

「何らかの陰謀を感じる」


 というか。


「今のメメの検証だと、AIの叛乱っぽくも見えるな。結局どういうタイミングで感染するものなのか、見当もつかねえし。男の顔やハッシュタグ自体がウイルスミームなのか、それともミームに感染したせいであの男の顔を出してるのか」

「もうちょっとヒントが欲しいところだね。アキト、次はどうする?」

「うーん、そうだな……」


 わずかな手がかりを得て、次にやれることと言えば。


「ひとまず俺も作ってみるか、AI彼氏」

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