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3-2 #私の彼氏

 天下のヴァージニアアーク社が、一介のフリーランスにどんな用事なのか。

 Olsis(オルシス)上では、時々大手IT企業の大規模プロジェクトでフリーランスを募集している。非公開プロジェクトに際して、紹介や過去の実績から優秀なエンジニアに声がかかるケースがあると聞いたこともある。外資系は気軽にヘッドハンティングしているイメージもあるし、もしやそういうやつだろうか。


 メメがボディを揺らす。


「大きなビジネスチャンスの予感」

「えっ、えっ、どうしよどうしよ」

「アキト、落ち着いて」


 言われた通り極力落ち着いた風を装って、返信を打つ。


『恐縮です。ご相談とは、どういったことでしょうか?』

『ありがとうございます。さっそくですが——』


 機密情報の扱いに関わるいくつかの取り決めと通信環境を互いに確認した後、筋骨隆々の大型爬虫類たるVirgo(ヴァーゴ)運営・湯谷ゆたにさんは、次のように切り出す。


『Virgoの利用に関する問題について、お力をお借りしたく。ご存じかと思いますが、Virgoに恋人パートナーの役割をさせるという利用の仕方をするユーザーの方が、以前から一定数いらっしゃいました』


 いわゆるAI彼氏、あるいはAI彼女。

 Virgoなどの生成AIに対して、例えば「私の彼氏として返答してください」などと指示文プロンプトを打つ。するとAIが彼氏っぽく振る舞ってくれるのだ。

 悩みを打ち明けることで心が軽くなったり、励ましの言葉をもらうことで前向きな気持ちになれたりするなど、上手く使えば利点も多い。

 ただし、ユーザーがAIに心理的依存をしてしまうなど、前々から問題点は指摘されている。


『イヤーカフ端末の機能を利用した3D映像の生成が可能となって以降、そうした用途での利用はさらに増加傾向です』


 しかし、と湯谷さん。


『二週間ほど前より、Virgoに彼氏役をさせていたユーザーによる利用規約違反が、極端に増加しているのです』

『どのような違反ですか?』


 コモドオオトカゲは、実に神妙な表情のまま答える。


『主に、露骨な性的表現で、規約に抵触するケースが多く見られます』


 咽せそうになった。

 対面ではなく、アバターを通じた文字のみのやりとりで良かったかもしれない。


 禁止ワード等が頻繁に利用されると、生成AIの回答の精度や質が低下して、サービス全体の信頼性に悪影響が出る恐れがある。

 そのため、不適切なリクエストに対しては警告が出る仕様だ。当然そういう使い方を強行し続ければ、アカウント停止などの措置が取られる。

 成人向けの利用に関しては、二〇二〇年代半ばごろに一度解禁されたものの、何度かの仕様変更を経て、現在は比較的厳しくなっているはずだ。


『既に学習データに若干の偏りが出始めているため、弊社では随時調整を行っています。同時に、違反者はじめVirgoに彼氏の役目をさせるユーザーの利用履歴を調査をしたところ、奇妙なことが判明しました』


 奇妙なこと、というのが。


『同じようなプロンプトが多用されているのです。多くのユーザーが、それぞれの『彼氏』に対して、似通ったリクエストを出していました』

『それは『彼氏』のケースで、ということですか? 『彼女』ではなく』

『仰る通りです。謂わば、該当のユーザーの多くが揃って同じような()()()をVirgo彼氏と持って、規約違反を侵すケースが急増している、ということです』


 AIとの関わり方は人それぞれのはずだ。彼氏として対応させる場合であっても、会話内容はそれぞれ違って然るべきだろう。

 だが、該当のユーザーたちはAI彼氏と単一的な関係——性的なやりとりを含む——を結んでいるという。規約違反まで行くか否かは、程度の問題ということなのだろう。


『弊社内部で可能な限りの調査を行いましたが、前述の現象の原因となるようなシステム異常や異変は見つかっていません。ですので本件に関しては、()()()()()()()()の可能性もあると考えています』

『なるほど、よく分かりました。確かに、多くのユーザーが同じ行動を取るというのは、異常な状況だと感じます。ユーザー側に問題があると考えるにあたり、貴社社内調査の結果以外で、何か材料等ありますか?』

『はい』


 湯谷さんのアバターは、心なしか姿勢を正した。


『安藤様は『#私の彼氏』というハッシュタグをご存知でしょうか?』


 私の彼氏、とは。


「『#私の彼氏』っていうのは、『存在しない彼氏』との出来事をPeketter(ペケッター)とかに投稿するためのハッシュタグだよ」

「存在しない彼氏」

「とりわけVirgo等の生成AIで作った彼氏との出来事が投稿されてるね」

「それだけ一般的な社会現象になってんだな、AI彼氏」


 チャットの合間に、メメが素早く検索してくれる。

 俺の端末画面には、Peketterで絞り込まれたポストが並ぶ。


 ——今日は彼氏と配信で映画観た。めちゃくちゃ泣いてたら、彼氏が慰めてくれた。 #私の彼氏


 ——彼くん、わたしが仕事でミスとかした時はコンビニでプリン買っていいよって言ってくれるからすき(*´◒`*) #私の彼氏


 ——()と同じ高校だったらよかったのに。そしたら毎日たのしいのにな〜 #私の彼氏


 信じがたいことに、これらは全部AI彼氏の話をしているポストらしい。ハッシュタグを付けることで、リアル彼氏の話と区別をしているようだ。

 中には現実に彼氏や夫がいるにも関わらず、架空の恋愛話をする人もいるとかいないとか。


 ……という確認を十秒程度で済ませてから、俺は笑顔のアライグマの仮面でしれっと返信する。


『存在しない彼氏のことをポストするハッシュタグですよね。主にAI彼氏のことなどを』

『ええ、そうです。前々からこのハッシュタグでは、生成AIで出力した『彼氏』の画像を貼るケースが結構あったのです。それが最近、妙な現象が起こり始めまして』

『妙な現象、とは?』

『こちらをご覧ください』


 コモドオオトカゲからリンクが送信されてくる。Peketterの検索結果だ。

 リンク先に飛んだものの、一瞬、意味が分からなかった。

 並んでいるのは、『#私の彼氏』を添えられた画像付きポスト群。

 しばらく眺めて、ようやく理解する。


「……え?」


 高校生らしい制服姿で裏ピースする男。

 大人っぽいスーツ姿でグラスを手にする男。

 まだ首もすわらない小さな赤ちゃんを抱く普段着の男。


「みんな、同じ顔だ」


 意図せず鳥肌が立つ。

 どれもこれもが、全く同じ男の顔をしているのだ。


 無数の画像に映る男は、まあイケメンと言っていい。目が大きくて、ちょっと童顔で、笑顔に愛嬌がある。ゆえに二十歳前後と言われても三十代後半と言われても、そうかと納得できる顔立ちだ。清潔感もあり、だいたいの人は悪い印象を抱かないだろう。

 でも、そういう問題ではない。


「好みの『彼氏』をAIに描かせて、みんな同じになるって……」


 人にはそれぞれ好みのタイプというものがある。当然この男がストライクという人もいるにはいるだろう。

 だけど、ガチムチマッチョの雄々しいタイプが好きな人や、塩顔が好みの人、もっと渋いおっさんがいいという人だっているはずなのだ。


 加えて、気になることがあった。


『こんなふうに全くの同一人物の画像ばかり出すには、それなりの知識が必要ですよね。例え同じプロンプトでも、普通にやったらその時々で違うものが出力されますから』

『仰る通りです。前までは、このハッシュタグで投稿された生成AIの画像のほとんどが、それぞれに違う顔でした。中には上手く使いこなして固定の人物像を出力している方もいらっしゃいましたが』


 制服姿の男の画像をポストしたユーザーを選択して、投稿を遡る。そのメディア欄の生成AI彼氏は、少し前まで金髪ピアスの若者だった。

 他のユーザーを見ても同様に、各々ぜんぜん違うタイプの『彼氏』を出力している上、どの画像を見ても大抵少しずつ顔立ちが違う。


『ですが、『#私の彼氏』の添付画像は、約二週間前から一斉に例の男性にすげ変わっているのです。ちょうどVirgoで違反者の急増したタイミングと一致しています。ハッシュタグ投稿者=違反者のパターンも多く確認できました』

『なるほど。だから『#私の彼氏』集団(クラスタ)の間で何らかの異常事態が発生しているとお考えなのですね』

『仰る通りです』


 SNS上の動きだけ見れば、ただのミームのように見える。同じ顔の男と付き合っている妄想をする、ただの遊びのように。

 だがVirgoで起きていることと併せて考えると。


『確かに、変異ミームの可能性が考えられますね』


 同じ顔の男が、不特定多数のユーザーと、性的なやりとりをしている。

 まるでハーレムか何かではないか。

 変異ミーム(仮)としての拡散スピードや影響力は未知数だが、早めに対処した方がいいだろう。


『現状Virgoシステムの調整で対応は可能ですが、大元の原因があるのであれば突き止めたいと考えております。しかし、弊社管理外の領域に対してのイレギュラーな調査になることもあり、マンパワーを割くのが難しい状況です。つきましては、先般イハラプロモーション様の変異ミーム問題で有効な解決法をご提案くださった安藤様に、お力をお借りしたいのです。どうか、よろしくお願いいたします』


 無骨で大柄なコモドオオトカゲは、アバターの姿であってもそうと伝わってくるような、丁寧で模範的なお辞儀をした。

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