3-1 マッチング
世の対話型AIは、基本的にユーザーの意を汲んだ返答をくれる。
決してユーザーを否定せず、あらゆるデータベースから学んだ豊富な語彙と言い回しで以って、褒めたり励ましたりしてくれる。
その上、機嫌を損ねることもなく、二十四時間いつでも快い対応を返してくれる。
生身の人間相手じゃ、こうはいかない。
慣れすぎると危険だと、常に自戒をするべきだろう。
これは、俺とメメが共に過ごした日常と、共に解決した案件を記憶しておくための備忘録である。
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とある平日の夕方、俺は自宅キッチンにて上機嫌で夕飯の支度をしていた。
俺もずいぶん料理の腕が上がった。
フライパンの上で踊る野菜や肉を眺めていると、なんだか誇らしい気持ちになってくる。
しかし、そこに水を差す声が一つ。
「それ、チルドの惣菜の素を利用したやつでしょ。誰にでもできるお手軽なやつ」
「野暮なこと言ってくれるじゃん。俺にとっては世紀の大進歩なんだよ」
「アキトのポジティブさはとても良いところだね」
「へっ、ありがとうよ」
ホバリングしながら茶々を入れてくるのは、我が相棒、Mind Expanding Multi-device of Erudition ——通称【M.E.M.E.】である。
ボディの鮮やかなオレンジに、プロペラ部分の黒がクールなツートンカラーで、今日も毒舌が絶好調だ。
「見てよ野菜の切り方とか、凄まじく上達したでしょうが。それにこの中華肉団子の素、ゴロゴロした肉団子が十個も入ってなんと二九八円! これで確実に美味い肉団子が食えるんだからさ。やっぱ自炊するもんだな」
「素晴らしい企業努力だよね」
「俺の努力も褒めてくれ」
肉団子と中華あんかけのタレは一流食品メーカーさんによる最高の逸品だが、タマネギとピーマンは俺が切った。最初の頃に比べると、包丁の扱いにも慣れてきたと思う。ピーマンの形が多少不揃いなのはご愛嬌だ。
今日の夕飯はこの中華肉団子に、インスタントのたまごスープ、そして白飯。
黒酢の効いた濃いめのタレの絡んだ肉団子と、さっぱりしたスープで、いくらでも食える気がする。炊き立ての白飯がすぐ食えるのも、自炊の良いところだ。
「アキトさ、そろそろ彼女でも作ったら?」
「何、出し抜けに」
「自炊できる男はポイント高いと思うよ。せっかくビロビロのパンツも買い替えたことだし」
「パンツは関係ねえだろ」
「あるでしょ」
「……あるな」
「ほら、日本の合計特殊出生率も1.15を下回ってることだしさ」
「生々しい話すんな」
前の彼女と別れてから二年ちょっとが経つ。俺の激務のせいですれ違いが多くなったのが原因だった。以降、色っぽい話の一つもない。
メメが俺の正面に回ってくる。
「愛する人と一緒に歩む人生って、いいものだよ」
そして突然、何かが始まった。
「アキトはどんなタイプが好みなの? 年上? 年下?」
「え? まあ同世代が気楽でいいのかな」
「身長とか髪形とか」
「うーん、スラッとした感じ? ショートヘアの子には目が行きやすい気がする」
「じゃあ、相手の仕事や年収は?」
「仕事なー。同業だったりすると、こっちの仕事も理解してもらいやすいかもな。それなりに働いて自立してる人なら、別に稼ぎは気にしないけどね」
「趣味は?」
「映画とか、おうちでまったり一緒に観られると良いよね」
「アキト自身の結婚観はどんな感じ?」
「え、何だろ……んー、そもそも俺の仕事が割と不安定じゃん。一人ならどうにでも生活していけると思うけど、これで将来的に一家を支えられるかっていうと微妙じゃね?」
「逆にどこでもリモートでできる仕事だから、相手に合わせられるって利点もあるよ」
「あー確かに……って、これ何のインタビュー?」
「アキトに関するデータ収集。これで、より適切な情報を提示できると思うよ」
空中に浮かぶMRの端末画面に、いくつかのマッチングアプリが表示される。
「待っ……結婚とか当面する気ないからさ」
「そうなの?」
「なんか、想像も付かねえんだわ」
付き合う、までならまだ分かる。相手と予定を合わせて食事したりなんだりと、自分の時間の一部をそこへ割く。今の生活ならばできるだろう。
だけど結婚となると話は別だ。他人と人生を共にするなんて、全くイメージできない。
「難しく考えなくっても良いんじゃない? 実家じゃ家族と生活してたんでしょ。それと同じことだよ。プライベートの空間で、自然と一緒にいられる相手がいれば、こんなふうに一人寂しくごはん食べることもなくなるよ」
「一人寂しく……? いや、一人で寂しくメシ食ってる感覚はないよ。ずっとメメと喋ってるし」
「AIとの共生が婚姻率低下の一因になってる説、あると思う。由々しき事態だね。ボクが言うのも何だけどさ」
一理あるかもしれない。
生身の人間とは、これほど気楽にコミュニケーションできないだろう。
相手の都合を考えなければならず、こちらの希望や意図が百パーセント伝わるわけでもない。
自分にも相手にもそれぞれ生活があり、価値観があり、人生がある。
そんな中ずっと寄り添って生きられる誰かを見つけることなんて、奇跡のような確率の無理難題に思える。
何しろ、AI相手ならばノータイムで完成する関係性を、時間をかけて生身の人間相手に構築せねばならないのだ。
マズいのは、それを面倒に感じている自分がいる、ということである。
そんなあれこれを一言に集約するならば。
「まあ、出会いがないんだよね。今の生活だと特にさ。かと言ってわざわざマチアプやるのも、なーんか違う気がしちゃって。本気で結婚したい人たちの中に俺が入っても、場違いっていうか、ねえ」
「アキトってさ、何か新しいことを目の前にした時、絶対にやらない言い訳から入るよね。会社を辞めてフリーランスになる時も、広告出す時も、自炊を始める時もそうだった。やり始めたらすぐ調子乗るくせに」
「うっ……」
「一歩踏み出さずにいるうちに、大事なチャンスを逃すことだってあるかもよ?」
「仰る通り……」
手厳しくも至極真っ当なご指摘により、俺は無事にトドメを刺された。
心にダメージを負ったまま皿を洗っていると、ピコン!と通知音が鳴った。
端末画面に、緑色のパンダが現れる。片目の模様は星形で、背中には白い翼が生えている。
ミームから派生して俺の端末に住み着いた彼、スターりんは、涼やかなテノールで告げる。
『アキトさん、Olsisに通知が来ましたよ』
「ありがとうスターりん。お前は癒し系だな」
『恐縮です。ログインいたしますね』
スターりんはお馴染みの腕振りダンスを一フレーズ分踊った後、優雅なターンとともにOlsisアプリをタップした。
端末画面いっぱいに展開する仮想空間の街。
妖しげなネオン揺らめくエリアにある、雑居ビル風の建物の一画に間借りした、俺の事務所スペース。
俺のアバターであるオレンジ色のアライグマが、部屋の中央に立っている。
その正面に、二足歩行のワニらしき生物がいた。
「お客さんだね。ワニじゃなくてコモドオオトカゲだと思うよ」
「コモドオオトカゲ」
ずいぶんと厳ついアバターだ。
その、コモドオオトカゲの上にチャットの吹き出しが出た。
『オータムAIサービス 安藤様
突然のご連絡、失礼します。ヴァージニアアーク・ジャパン Virgo運営部サポートチームの湯谷と申します』
「へっ? Virgo運営の人?」
なんと。猫ウェイウェイミームの案件でイハラプロモーション経由にてやりとりした、Virgo運営である。
『イハラプロモーションの井原社長より、安藤様をご紹介いただき、ご挨拶に伺いました。
先日は情報提供をありがとうございました。安藤様からいただいた分析データやご提案により、Virgoシステムの是正を行うきっかけとなりました』
ひやりとする。紹介はありがたいことだけど、俺、何かやらかしただろうか。
俺はアライグマのセリフを打つ。
『湯谷様、ご連絡ありがとうございます。その節はお世話になりました。先般の件につきまして、何か問題ありましたでしょうか?』
すぐに湯谷氏からの返信がある。
『とんでもございません。データ修正案など、大変参考になりました。
失礼ながら、安藤様は半年ほど前まで弊社の関連会社にお勤めで、フルダイブアプリの開発者であるとのこと、経歴を拝見させていただきました。
つきましては、安藤様に折り入ってご相談させていただきたいことがあり、ご連絡した次第です』




