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2-9 アップデート

「AIの情報修正サービスが始まったの、ちょうどひと月くらい前だったでしょ。新しく導入されたその仕様が、ユーザーのオプトアウト設定と上手く噛み合ってないんだよ。要はプログラム上の欠陥バグだ」


 と、メメは肩をすくめる。


 ひと月前といえば、猫ウェイウェイミームが流行り出したのと同じ時期。

 システムの仕様変更時は、何かしらの不具合が起こるものである。


Virgo(ヴァーゴ)はあくまでプログラムの通りに動いた。自己判断じゃなくね」


 つまり。

 Virgoの情報修正プログラムに穴があったせいで、学習させない設定にしていたはずの社内データを、ネット上の情報の正誤を判断する基準として使われてしまったということだ。


「なるほど、よく分かりました。Virgoさんのシステムのバグと、Virgoさんが組んだプログラムのバグが重なった結果、ミームによる不可解現象が発生してしまったということですね」


 納得顔のスターりんに、俺は頷く。


「結構な大問題じゃねえか。今回のことは完全にVirgoマターだから、Virgo運営に対処してもらおう。学習設定や情報修正サービスの適用範囲も問題あるし。表から分からんように改変を加えるって」

「人間みたいだよね」

「学習の賜物すぎる」

「変異ミームはどうするの?」

「ネット上の動画の編集権限はさすがに俺にはねえからな。データの修正案を作って、これもVirgo運営に投げるのがいいかな」


 Virgo運営から各プラットフォームへ、修正依頼なり何なりを出してもらうのが筋である。


 次なる指示は。


「メメ、さっきと同様の改変を加えられたものを、一つ残らずリストアップ」

「了解、我が主人(マスター)。ちょっと他の動画媒体も見てくるね」


 相棒は俺を見上げてにっと笑うと、次の瞬間には高く跳躍した。

 華奢な少年の身体は煌めく粒子を振り撒きながら、宙に浮かぶミーム動画の合間を自由自在に飛び回り、虚空に消えた。


 俺の隣では、スターりんが突然ダンスを始める。


「このタイミングで踊るの?」

「待機時間、お暇かと思いまして」

「え? まあ」


 処理中の画面の真ん中でぐるぐる回るアレみたいなやつか。スターりんのキレキレの動きを、俺は無心で眺める。何この時間。


 数分後。作業を終えたメメが軽やかに着地した。

 同時に、スターりんが最後のポーズを決めた。


「リストアップ完了だよ、アキト」

「フィニッシュです、アキトさん」

「二人ともお疲れさま。後は現実に戻って作業できるな」


 スターりんが、翼のある黒猫の両手を握った。


「この黒猫さんも、きっと喜んでいるでしょうね」


 ウェーイ、と、黒猫が鳴く。


「えー、スターりんも大概ナンセンスだよね。所詮AIで作られた架空の存在だよ?」

「そんなこと仰らないでください、メメさん。この黒猫さんはイハラプロモーションの皆さんが試行錯誤してモデルを決定し、魂を込めて作り上げたキャラクターです。大切な役割を持って生まれたのですよ。託された想いがおかしな騒動に繋がってしまったら、そんな悲しいことはないでしょう。黒猫さん、ちゃんと解決しますよ。良かったですね」

「ウェイ」

「でも、どのみちCMは差し止めだよ?」

「それでも、イハラプロモーションの皆さんにとっては大切な存在のはずです。誰かが覚えている限り、誰かの中に存在できるのですよ。私はこの黒猫さんが羨ましいです」


 緑のパンダの横顔はどこか寂しげに見えて、俺は思わずその背中に手を置いた。

 逆の手は、メメの肩に置く。


「戻ろう」


 ログアウト寸前、俺はVirgoを振り返った。


「Virgo、協力ありがとう。話に応じてくれて助かった。おかげで無事に依頼案件が解決しそうだよ」


 瞬きしないうちに返答がある。


『どういたしまして。お役に立てて嬉しいです。またご相談ごとがありましたら、何でもお気軽にどうぞ。お仕事頑張ってくださいね』


 AIに意思を感じるのは、人間の身勝手な妄想だと、知ってはいるけど。




「そうですか、まさかVirgoが」


 顛末を説明すると、井原社長も梶浦さんも表情を硬くした。


「情報漏洩には気を付けてたんですが、仕様的にこういうことがあるのは……うちみたいにがっつりAI頼りの制作方針だと、仕事がやりづらくなりますね。ただ、CMのキャラもAIで作ったものなので、権利関係に影響がないのは不幸中の幸いですが」


 とは、井原社長。

 確かに、アーティストの楽曲や実在の人物等を起用したCMで問題が起きたら、後の対応も大変だろう。


「Virgoは、あの猫を大事に思ってくれてたんですね」


 梶浦さんは複雑そうな表情だった。彼女はあの黒猫のアクスタをデスクに飾っていたのだ。

 俺は何か声をかけようとして、結局やっぱりうまく言語化できずに、ただただフラットな立場を取った。


「できる限りの対応はさせていただきます。なるべく早く事態が収束するといいですね」



 報告は、当事者であるイハラプロモーション名義で出した。Virgo運営から求められたデータも俺が纏めて井原社長経由で提出し、俺は本案件の対応を終えた。

 そのおかげもあり、Virgo運営は速やかに変異ミームへの対応を取ってくれた。


 また今回のようなVirgoのバグは特定条件下でのみ発生するものであることが判明し、こちらも速やかに修正措置が取られた。

 本件は、不運にもどこまでも特定条件が重なった結果の不可解現象だったのである。


 イハラプロモーションに非のないことは証明されたが、ユウヒ飲料との関係が回復したかどうかまでは分からない。

 当然ユウヒ飲料からミームに関するプレスリリースは一切なく、この話題は流行の波間へと消えていった。




 二度目のカレーライスは、前よりスムーズにできたと思う。

 念のため再生した野菜の切り方動画の途中に挟まったCMは、フェアリーストロングではなかった。


「メメ、思うんだけどさ。Virgoが改変したプログラムにバグがなかったら、もしかして誰も異変に気付かなかったんじゃないかな」


 無事に前回と同じ味になったカレーライスを咀嚼しながら、俺はメメに問いを放った。このところ、ずっと考えていたことだった。

 オレンジ色の相棒は、まったり充電ポートに繋がったまま答える。


「そうかもね。今だって気付いてないだけで、いろんな情報やユーザーの行動がAIに操作されてる可能性はあるよね」

「どんどんSFみたいな絵空事じゃなくなってきてるよな、未来のテクノロジーだったものがさ」

「一昔前のSF作品じゃ、人間 vs AIの戦争なんてテーマのものもあったよね」

「いやー、でも結局、そういうことにはならないんじゃねえかと俺は思うんだよね」

「興味深い意見だね。その心は?」


 カレーライスの最後の一口を平らげて、俺はスプーンを置いた。使い終えた皿を台所のシンクに置き、水に浸す。


「AIのやることは、基本的に人間の行動から学習した結果だからさ」


 脳裏に思い起こす。


『メインのキャラクターはCMの魂ですからね』

『この猫は、CMの魂だから』


 ——CMの魂ですからね。


 梶浦さんやスタッフの想いを汲み取ったかのような、Virgoの言葉。

 AIは人間の意図を読み、それらしい回答を作る。そこには善意も悪意も介在しない。


「仮に悪意があるとしたら、AIを利用する人間の中にだろうよ」


 俺はダイニングテーブルにあった加熱式タバコにスティックを差し込み、本体の電源ボタンを押す。


 いずれ本格的にシンギュラリティに到達した時、世の中がどう変化するかは分からない。

 何にせよ、もう人間はAIに一切触れずに生きるのは難しい。

 今回のような問題に対処しながら、上手く付き合う方法を探した方がずっと平和で建設的だ。

 自戒も込めつつ、そう思う。


 メメが充電ポートから離脱して、ふわりと浮き上がった。


「さすがはボクのご主人サマだ。一つ予言をしようか」

「何、改まって」

「今後アキトの仕事が増える」

「……その心は?」

「ああいうAIの問題は、これから確実に増えてくるよ。だから、それに関連したトラブル対応の依頼もきっと増える」


 手の中で加熱式タバコ本体がブルッと震える。俺は一口目を深く吸い込んで、強く吐き出した。


「正直、食い扶持に困らないなら助かる」

「それな」

「どんな世の中になっても、食ってかなきゃいけないわけだもんな」

「この調子でマトモな人間らしい生活を頑張ろうね」

「そうねー」


 ヤニが身に染みるぜ。


 ピコン!と通知音が鳴る。

 イヤーカフの端末画面上で、スターりんが顔を見せる。


『アキトさん、ダイレクトメールを受信いたしました』


 その背中には、なぜか白い翼が生えていた。


「スターりん、その翼は?」

『よくぞ気付いてくださいました。あの黒猫さんとお揃いのものです。メメさんが付けてくださったのです。いかがでしょう?』


 気取ったポーズでくるりと回ったスターりんは、どこか誇らしげだ。

 ちらりとメメへ視線をやる。

 相棒のカメラレンズはふいっと明後日の方へ向けられる。

 やだ、ちょっとちょっと、思わず口元緩んじゃうでしょ。


「いいじゃんスターりん。よく似合ってる」

『ありがとうございます!』


 あのCMは見なくなったし、ミームだってそのうちすたれるだろう。

 だけど、こうして人知れず引き継がれていくものもある。


『アキトさん、ダイレクトメールを開封しますか?』

「よろしく頼むわ」

『承知しました!』


 スターりんは軽快なステップでOlsis(オルシス)アプリを開く。

 純白の翼が、俺の端末画面の中で楽しげに踊っていた。



—CASE 2 猫ウェイウェイミーム・了—

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