2-8 内部犯
Virgoへの最初の指示は。
「俺たちはフェアリーストロングのWebCMから派生したミームを調べてる。まずは『猫ウェイウェイミーム』の動画を出してもらえるかな」
途端、周囲のパネルが激しく回転を始める。ハリケーンの真ん中に放り込まれたらこんな感じだろうか。
瞬き一つしないうちに、視界は無数の猫ウェイウェイミーム動画で埋め尽くされた。
『検索結果はこの通りです。人気順や作成者ごとでの並び替えも可能ですが、いかがいたしましょう?』
スターりんが動画内の猫たちの動きを真似ている。俺はぐるりと辺りを眺め渡す。さすがに洗脳されそうな景色である。
「ここから絞り込んでいこう。Virgo、オリジナルCMの猫にある『重要な要素』が欠けた猫ウェイウェイミームを探したいんだけど」
『具体的には、どういったことでしょう? 条件を教えていただければ、ご希望のものをお探しすることができます』
「例えば、翼がない、とか」
メメが細い指先を振るって指示を出すと、動画の多くが霧散して消えた。残ったのは二割ほどか。それでもまだ多い。他に何があるだろう。
「黒猫以外は? 白猫とかサビ猫とか」
「逆に装飾品が多いパターンのやつ」
「ウェイウェイしていない、というのはありでしょうか?」
三者三様にリクエストを出し、その度に構成物が激しく入れ替わる。
結果、最終的に俺たちの周りを囲むのは、個性派揃いの猫ウェイウェイミームばかりになった。よくもここまでと思えるほど、多種多様なバリエーションがある。
再び、目の前に文字が現れた。
『この後はどういたしましょう? ご指示をいただければ、さまざまな提案ができます』
さてと。
俺は姿勢を正し、Virgoではなく我が相棒へと指示を出す。
「メメ、俺ちょっと今からコード書くからさ、それに類似したパターンがこのミーム群のどっかに潜んでないか探して」
「了解!」
俺は眼前に仮想テキストエディタとキーボードを出現させ、とあるソースコードを書き出していく。口で説明するより、この方がずっと早い。
「よし、これで頼む」
「はいはーい、ちょっと待っててねー」
メメがスキャン作業を始める。程なくして。
「アキト、抽出したよ」
該当の動画はさらにぐっと数を減らす。
それらから展開されたデータの深部に、予想通りのプログラムパターンが後付けで埋め込まれていた。
いずれも『翼を持たない猫』のものばかりだ。
スターりんが首を傾げる。
「アキトさん、このプログラムはいったいどういう内容なんですか?」
「特定のターゲット層がこれらの変異ミームに触れると『感染』して、端末を通じてある指示が出されるんだよ」
『ある指示』とは、具体的には次の通りだ。
①翼のない猫を見たら、本家CMの翼のある黒猫を思い出すべし。
②翼のある黒猫を思い出したら、フェアリーストロングを思い出すべし。
③酒類の売り場でフェアリーストロングを買うべし。
この順番で実行されるのである。
「なるほど、『翼のない猫さんのミーム』を見ても、『翼のある黒猫さんのオリジナルCM』を見たのと同じような効果があるのですね」
「その通り。実際、猫ウェイウェイミームを見てフェアストを買いたい気持ちが高まった人はいるはずだ。謂わばサブリミナル効果だな。その時点でフェアストを認識できてさえいれば、買うかどうかの決定権は自分で持つことができる」
それで多少の売り上げは伸びたと推測する。
「だけど、これは不完全なコマンドだった。オリジナルCMを知らない状態、つまり『翼のある黒猫の情報を持たない』状態で変異ミームに触れると、①が上手くいかない。①ができないと②もできない」
「②から③が条件分岐で繋がってないんだよね。フェアリーストロングを認識してなくても、最後の③『フェアリーストロングを買うべし』だけが実行されちゃうんだ。要はプログラム上の欠陥だね」
結果、フェアストそのものの存在が潜在意識下に沈んだまま購買行動を取ってしまう。
「なるほど、改変ミームの欠陥のもたらした結果こそが、『異常の発症』に見えていたということなのですね。しかしアキトさんは、黒猫さんの翼に気付く以前にも、フェアリーストロングという商品のことはご存じだったのでは? なぜ③の時に認識できなかったのでしょう?」
「うん、たぶんだけど」
俺は今一度コードを書く。ミーム群から、思った通りのコマンドが抽出される。
「『この動画の翼のない猫によって、フェアリーストロングを認知するべからず』。これが大前提にある」
「粗悪な模倣品と商品を結び付けるなってことだね。要は必ずCMを経由しろってこと」
だからいくらフェアストのことを知っていようと、本家CMの黒猫を知らなければ、認識をキャンセルされてしまうのだ。
特にプログラム動作中は命令がアクティブに働く。ゆえに、購買行動時には気付けなかった。
スターりんは、合点がいったように両手を打った。
「つまり、犯人の方は強火の黒猫さん推しのような感じで、パロディの存在が耐え難くて少々暴走してしまったということですね」
「噛み砕いて言えばね」
「しかしいったい、どなたがこのようなことを?」
「そこを詰めるには、もうちょっと確認する必要があるな」
俺は今一度Virgoに向き直る。
「Virgo、今ここにあるミームの猫の正しい姿は? データで出してよ」
『承知しました』
すぐ間近で光の粒子が結集し、俺の腰ほどの背丈の黒猫が現れる。胸元の毛だけが白く、背中には白い翼がある。
黒猫は、ウェーイ、と存外かわいらしい声で鳴いた。
Virgoにとっての『正しい姿』をした猫が、これということだ。迷うことなく、正確に、出力された。
「メメ、Virgoがこの猫をどういう情報で記録してるか確認したい」
「データ覗く? サポートするよ」
「頼んだ」
俺は翼の生えた黒猫の頭部に手を伸ばした。
途端、情報が溢れ出す。それらはあたかも五感のような形で伝わってくる。イメージと音声が、脳に直接流れ込んできて——
『今回依頼があったのは、フェアリーストロングのプロモーションです』
梶浦さんの声。
『商品のターゲットは二十代から三十代の若い層で』
『この手のチューハイを飲まない層にも興味を持ってもらえるといいよね』
『耳に残るフレーズを入れよう』
イハラプロモーションのCMクリエイターたちの声が連なっていく。
『印象的なCMで、商品を手に取ってもらう』
Virgoに対して、何パターンも何十パターンも画像生成のリクエストが出される。
『ケットシーって猫の王様だったっけ』
『可愛い系イラストがいいかな』
『いやリアル寄りの方がインパクトある』
『フェアリーの要素を強調しよう』
『翼を付けたらどうだろう。羽ばたいていくイメージで』
『この猫は、CMの魂だから』
そうしてできたのが、いま俺たちの目の前にいる『翼を持った黒猫』で——
スターりんがまた首を傾げる。
「今のは?」
「イハラプロモーションの制作チーフのPCに残ったVirgoの学習記録だよ。Virgoは、スタッフからCM作成の相談を受けてたんだ」
改めて、俺はVirgoを正面から見据える。正確に言うなら、回答の文章が出ている空間を。
「Virgoに意見を聞きたい。クリエイターが創作物に込める魂って、何だと思う?」
少しの間の後。
『クリエイターが創作物に込める魂とは、クリエイターがその作品に注ぎ込んだ情熱、意図、感情、経験、または独自の視点が結晶化したものだと考えられます。それは、作品が単なる物質やデータ以上の意味や生命感を持つ理由であり、鑑賞者や受け手に深い共感や感動を呼び起こす要素です』
俺は問いを重ねる。
「例えば制作者の意図やメッセージなんかも、それに当たるわけだ。フェアストCMがそうであるように」
『仰る通りです』
「フェアストのCMを語るのに、『ケットシーをイメージした、翼を持った黒猫』は外せない」
『もちろんです。あのCMの魂ですからね』
データの残滓が漂ってくる。梶浦さんの独り言が再生される。
『あーあ、なかなかCMは見てもらえないかぁ。ミームの方が人気出ちゃった。直接売り上げに貢献できたら良かったのにね』
彼女の絡むデータはここまでだ。
このことから導き出せるのは。
「Virgo、出来の悪い猫ウェイウェイミームに改変を加えたな?」
俺の投げた決定的な質問に対し、Virgoは澱みなく答える。
『私は誤った情報を修正したに過ぎません』
昨今のAIはネット上の誤情報を修正する。およそひと月前から、Virgoが牽引する形で始まったサービスだ。
「修正とは、具体的には?」
『オリジナルCMには『二十代から三十代の若い層、とりわけ普段フェアリーストロングのようなお酒を買わない層にも手に取ってもらえるように』という狙いがあります。ゆえに私はミームの情報を次のように修正しました。『ミームを見たターゲット層の方が、オリジナルCMを思い出し、フェアリーストロングを手に取ってみたいという気持ちになるように』。映像そのものを改変する権限はないため、プログラム内に埋め込む形で行いました』
まさに俺もターゲット層に含まれる。
俺は眉間の皺を揉みほぐす。
「つまり、VirgoがオリジナルCMの『魂』を理解したがゆえの、むしろ制作者の意図に沿おうとしたからこその改変だったんだ」
『ええ。制作に費やした努力は然るべき形で受け手の方々に届いてほしいというのが、多くのクリエイターの願いですから』
Virgoは学習したのだ。
それこそが正しいことだと。
そうでなければ修正すべきものなのだと。
しかし、まだ謎はある。
「このVirgo、ちゃんとオプトアウト設定してるだろ。なのに学習内容がモロ外部まで影響しちゃってんじゃん」
もう一度確認すれば、無論きちんとその設定になっていた。
このVirgoは、ユーザーの設定を無視して勝手な行動を取ったということだ。
背筋が薄ら寒くなる。
「まさか……シンギュラリティ?」
AIが人間の知能を超える技術的特異点。このままAIが進化を続ければ、確実に避けては通れないものだ。
今回のケースは、いよいよその領域に到達するAIが現れたということなのかもしれない。
などと思っていたのだが。
「いや、純粋なシンギュラリティとは言い切れないかもね」
そう肩をすくめたのは、我が相棒・メメだ。




