2-6 アプローチ
「ユウヒ飲料からは、若い層にアプローチする広告にしてほしいという要望があったんです。加えて、普段あんまりこの手のチューハイを買わない人にも届くように、と」
CM制作チームのチーフたる梶浦さんは続ける。
「だからU-Tubeとかの映像サービスに挟み込まれる短いCMでも、インパクトに残るフレーズを入れました」
「ああ、あの『飲もーぜウェイウェイ』ですね」
「そうですそうです。ハッシュタグとかでも拡散してもらいやすいように」
薄っすら罪悪感が湧く。ごめんなさい、俺、あの広告スキップしまくってました。
「広告って、『何これ?』って思うくらいのものの方が印象に残るんです。リアルめの猫に、ちょっとくどい感じのキャッチコピーで軽くハズす。実際この狙いはかなり当たったと思います。実はそういう方針も、Virgoと相談しながら決めまして」
「あ、Virgoをお使いなんですね」
〈Virgo〉——世間で広く利用されている生成AIである。先般のココナさんの案件でも、イヤーカフ端末に入っていた。
「企画立案からフィードバックまで、手早くいろんなアイデアを出してもらえるんで、考える材料になりますね。最終的に結論を固めたりブラッシュアップしたりするのは人間なんですけど、作業効率がぜんぜん違いますから」
「ああ、分かります。今やどんな分野でもAIと会話しながら仕事しますもんね。かく言う僕もなんですが」
俺がメメを指さすと、梶浦さんは軽く笑った。
「ひと昔前まではVirgoも結構間違った情報を出してきたりしてたんで、いちいち確認しなくちゃでしたけど、それも改善されましたし」
「今なんか逆に、間違ってるところを指摘してくれるようになりましたもんね」
先日カレーを作った際も、メメがネット上の情報の誤りを見つけて管理者へ報告していた。
およそひと月前に一般リリースされた、AIによる誤情報の修正サービスに先駆けたのは、他でもないVirgoだ。
最先端のAIは、高速で巡っていく世の時流にキャッチアップするのにもうってつけだろう。
ここで、確認すべき事項がある。
「御社のVirgoは、オプトアウト設定はされてますよね?」
「はい、その辺はもちろんです。未発売の商品の情報とかも扱うんで、社外秘のデータが漏れないように」
オプトアウト設定とは、生成AIとのやりとりのデータを学習に使用させないようにするものである。これにより情報漏洩や知的財産権侵害のリスクを避けることができる。
見れば確かに、学習設定はオフになっていた。
「回り回ってこのCMもバズったんですけど、まさかこんな予想外の問題が出てくるなんて……安藤さん、どうか調査の方、よろしくお願いします」
「ええ、もちろんです」
予想外の問題、ね。
俺は使用許可をもらった小会議室に籠り、持参したノートPCにてCMの元データを確認した。
メメはモバイルバッテリーでまったりチャージ中だ。
『飲もーぜウェイウェイ! 飲もーぜウェイウェイ! いますぐー? いっとくー! 飲もーぜウェイウェイ! ガツンとすっきり空飛ぶストロングチューハイ、フェアリーストロング!』
六秒のショートバージョン、十五秒の通常バージョン、そして三十秒のロングバージョン。元データと、オンライン上の各プラットフォームで配信されたものに、差異がないかを照合する。
念のための確認だが、先ほどから何度このCMを再生したか分からない。
「ウェイウェイがゲシュタルト崩壊してきたわー」
「アキト、集中力下がってる」
「もう一生分聞いたわー飲もーぜウェイウェイ。やっぱこのCM自体は特に問題ないウェイ」
「何言ってんの」
「やっぱ元ネタじゃなくてミームの方ウェイ」
「ある種の感染を確認」
充電を終えたメメがポートから離脱してぐるりと宙返りするので、俺もぐるりと首を回す。頸椎がごきりと音を立てた。
「しっかし、本当に翼あるんだな、この黒猫。今までなんで気付かなかったんだろ」
「CMスキップまでのカウントダウンの数字ばっかり見てたからでしょ」
「そうかも」
「人間の認識力ってそんなものだと思うよ。意識的に見ようとしなければ、記憶に引っかからない」
「うん、それでちょっと思い出したんだけどさ」
俺は改めて、自分の端末にあったウイルス疑いのショート動画を再生する。俺自身の感染源だ。
「このミーム動画の猫、翼がないんだよ」
「本当だ。昔のにゃんこミームの流れも汲んでるし、その辺は適当なんだろうね。素人が拾い画の切り貼り画像で作ったり、生成AIに指示して作らせたりしてる」
「初めて見たのがこれだったから、オリジナルの猫に翼があることに気付かなかったのかも。刷り込みみたいにさ」
昨日のうちに抽出していた他の猫ウェイウェイ動画のリストを眺める。サムネだけ見ても、バリエーションが多すぎる。
他でもない、猫のバリエーションが、である。
「そもそも改変の目的がよく分からんよな。『知らないうちに缶チューハイを買っちゃう』って。その辺の認識を弄るようなプログラムなのかもな」
誰が。何のために。
「商品の売り上げ自体はユウヒ飲料の利益に直結するわけだけど」
「うんうん、そういう思考の方向性はいいと思うよアキト」
「可能性を絞るために一応検証しときたいんだけどさ。例えば逆に、競合他社がユウヒ飲料の評判を落とそうとして、何か仕掛けてるパターンはあり得る?」
「その仮説について、一度検証してみようか」
メメがくるりと回る。
「検証ポイント①変異ミームの影響について。まずは単純に商品が売れるわけだから、ユウヒ飲料にとってのメリットにはなる。だけどこれで変な噂でも流れて炎上したら、ユウヒ飲料にとってはデメリットだ。競合他社がそれを狙って仕掛けたと考えられなくもない。
検証ポイント②変異ミームと関連ポストへのリアクションについて。競合他社が先に述べた通りの目的で変異ミームを仕掛けたとしたら、次になるべく多くの人目に触れさせる必要がある。とりわけネガティブな方向へ拡散される必要性が。だけどいずれの投稿に関しても、拡散行動を取ったり煽ったりする特定のアカウントは見受けられない。
検証ポイント③変異ミームを作ることのコストパフォーマンスについて。人間に何らかの行動を起こさせる変異ミームを人為的に作ることは、技術的には可能だ。だけどそれなら、わざわざ他社商品CMの二次創作的な形で仕掛けるようなまだるっこしい真似をするより、自社商品の公式CMに織り込んでポジティブなムーブを起こす方が、よっぽど簡単なはず」
ブーン……とプロペラ音が響く。
「……要約して」
「競合他社の嫌がらせって線はまずなさそうってこと」
ですよね。
「じゃあさ、他社推しの人がユウヒ飲料を下げるために仕掛けた可能性は?」
「だったらもっと直接的に誹謗中傷しそうなものだけどね。わざわざ下げたい相手のパロディ動画作って、高度なプログラム仕込んで、一旦売り上げに貢献してから、起こる確証もない炎上を待つ?」
「いや無理筋すぎる」
「でしょ」
それならば、考えられるのは。
わざわざアクスタまで作っていた梶浦さんのことが、ちらりと頭をよぎる。
「内部犯、という筋はありかもな。売り上げ云々というより、プロモーションそのものの実験として」
「CMの効果をミームにまで拡げてるわけだもんね」
閑話休題。
「ともかく、改変された動画を全部見つけ出してリストアップするのが先だな。データ深部に『フェアリーストロング』。……一個一個調べるんか。面倒くせえな」
「共通のプログラムパターンがもうちょっと分かれば、抽出しやすくなると思うけど」
「少なくとも俺の端末は確実に感染してるわけだから、症状の出たタイミングで異常プログラムを検知して、そこから辿るのが一番早そう」
そんなわけで、異常の再現確認である。
「よし。息抜きがてらタバコとおやつでも買いに行くか」
「コンビニなら駅へ向かう途中にありますよ」
井原社長にそう教えてもらい、メメと共に最寄りのコンビニまで歩く。
都会の真ん中、穏やかな陽射しが注ぎ、爽やかな風の吹く良い日和だ。
宅配業者のフルオート自転車便が軽やかに駆け抜けていく。すれ違った営業マンらしき男性は、お供のドローンに次の予定を確認している。
俺も今日はちゃんとした社会人に見える格好をしているので、こんなオフィス街でもなんとなく悠然と構えていられる。紛れもなく仕事中なわけだし。
「じゃあ、ボクは異常感知できるようにトラップ張っておくから」
「おう、よろしく」
認識外の異常もキャッチし、自動で処理作業へと移るトラップだ。これで俺とメメが同時におかしくなっても大丈夫なはず。
コンビニの扉をくぐる。耳慣れたチャイムが鳴る。
まずはおやつ。糖分が欲しい。ストレスを低減するという謳い文句のチョコと、ビタミンたっぷりのレモンキャンディをカゴに入れる。
飲み物の冷蔵棚からは緑茶のペットボトルを取った。
視界の端、酒類の棚に、フェアリーストロングの缶があるのが見えた。
レジにて店員にタバコの番号を告げ、レジで会計を済ませる。
そして。
俺とメメはイハラプロモーションに戻り、買ったものを広げて途方に暮れていた。
チョコ、キャンディ、緑茶、タバコ。以上。
「買わなかったねえ、フェアリーストロング」
「ほんとだよ……なんで?」
そう。
確かにミーム感染していたはずの俺の端末は、なぜかこの時に限って何の異常も起こさなかったのである。




