2-4 企業案件
チャットの返信を待たせないように、手早く相手の情報を確認する。
イハラプロモーション。WebCM制作会社。創業は十年ほど。小さな会社だが、インパクトあるWebCMをいくつも手掛けており、このところ業績を上げているらしい。
「この井原さんって人は、たぶん社長さん。三十八歳だって。まあ若い社長だね。本人の言った通り、『フェアリーストロング』のCMも制作したみたいだよ」
「そっか。CMはユウヒ飲料自身が作ったわけじゃなくて、外注なのか」
表情を見せないアバターで、多少のタイムラグの許される文字チャットは、こういう時に助かる。
「さて……」
自分から情報を求めたくせに、想定のど真ん中の相手からリアクションがあったことで、にわかに緊迫感が高まっていた。
Olsisの事務所の空間、あちこちにクリップされたフェアリーストロング関連のミームの情報。
その中央に鎮座する、俺のアバターのアライグマの頭上に、吹き出しが出る。
『ご相談とは、どういったことでしょうか』
にこやかに微笑む青い犬からの返信はこうだ。
『安藤様は、あのCMのパロディミームについて調べていらっしゃるのですよね。CMやミームの異変の情報求む、と掲示板に書かれていたので、私どもの抱える問題について、ある程度のことを把握されているのではないかと存じます』
おー、来た来た来た。
どっち方向の話だ? 俺は慎重に言葉を選ぶ。
『井原様、この会話は第三者から見えないように保護されていますので、ご安心ください』
そう前置きした上で。
『井原様の仰る通り、フェアリーストロングのCMあるいは派生ミームに関して、私はある不可解現象に気付きました。他でもない私自身が影響を受けたからです。現状、この件に関して他者と利害関係にあるわけではありません。あくまで個人的に調べています』
相手の警戒心を下げるべく、自分の立場を明示する。
素敵な笑顔のままで見つめ合う、かわいい動物のアバター二体。
やがて、青い犬から新たな発話がある。
『安藤様、フェアリーストロングのパロディミームの調査をご依頼したく存じます。騒動が大きくならないうちに解決したいのです』
来たァァァ! 企業案件ッ!
俺の肩に乗ったメメから、「アキト、血圧が上昇したよ」と報告がある。知ってる。
俺は逸る気持ちを抑えて返信を打つ。
『ご依頼内容をお伺いします』
『ありがとうございます。さっそくですが——』
井原氏曰く。
あのCMのパロディがミームとなって拡散されていること自体に関しては、ユウヒ飲料もまあ前向きに看過している。
そもそも「流行る要素を入れてほしい」とオファーを受けて制作した広告だったため、イハラプロモーションとしてもそうしたバズりはある程度狙い通り、だったそうだ。
『問題は、それ以降のことにあります。現在SNS上にて、『知らないうちにフェアリーストロングを買っていた』という話題があるのをご存知でしょうか』
『まさしく私が受けた影響もそれです。いつの間にかフェアリーストロングを購入していました。それも四回連続で』
『そうでしたか。ご迷惑をおかけしており、大変申し訳ございません』
青い犬がぺこりとお辞儀する。
オレンジのアライグマは「いえいえ」のジェスチャーをする。
どうやら公式の仕掛けたマーケティング戦略ではなかったようだ。
『変異ミーム感染の話は聞いたことがありました。件のミームも、どこかの段階でウイルス化したのだろうと思います。ひとまずはこの話題が拡散しないように、ユウヒ飲料が各SNSへ依頼を出し、表示頻度を大きく下げてもらっています』
Peketterでネガティブポストのインプレッションがやたらと低かったのは、そういうことか。確かにそれなら腑に落ちる。
『弊社やユウヒ飲料としても、これは想定外の事態であり、早急に対処すべきと考えております。安藤様はウイルスミーム問題の解決の実績があると伺いました。つきましては、安藤様に本件調査のご協力をお願いしたい次第です』
要は、身に覚えのないミーム異常で商品や企業のイメージに傷が付く前に、原因を解明して問題をクリアにしたいということだろう。
特に、人間の行動がコントロールされて商品を買わされてしまうような異常だ。問題を公に認めてしまっては、良からぬ憶測が立ち、ユウヒ飲料の信頼や株価が落ちる可能性が高い。だから秘密裏に処理したいのだ。
掲示板にあの書き込みをしたことが奏功したかもしれない。先方にしてみたら、下手に俺に騒がれるより、抱き込んでしまった方が安心ということだろう。
『承知しました。お引き受けいたします』
『ありがとうございます。どうかよろしくお願いします』
青い犬が何度もお辞儀をしている。
それに応じる俺のアライグマが、心なしかイケメンに見える。
「気のせいだよアキト」
「思考読まないでくれる?」
井原氏と仮契約を結び、後ほど俺から改めて連絡する運びとなった。
青い犬が立ち去ったのを確認した後、俺は掲示板の書き込みを消し、Olsisからログアウトする。
「さて、どう進めるかな」
加熱式タバコをセットして、三十秒を待つ。本体が加熱完了の合図で振動する。俺は一口目を胸の底まで吸い込み、吸い込んだ以上のものを吐き出した。
メメは無色の煙から逃れるように浮き上がる。
「今回は個人案件と違って規模が広範囲だから、やり方を考えなきゃね」
「だな。俺のことだけ何とかすりゃいいなら、自分の端末内のウイルスミームを探し出して無害化して、それ以上感染しないように対策すればオッケーだけどさ。あれだけいろんなパターンで拡散されてるコンテンツだもんな」
個人からの依頼であれば、あるいは誰からもリアクションがなければ、その対処で済ませようと思っていた。
「異常ウイルスの無効化は最低ライン。加えて、誰が何の目的で改変を行ったのかってことまで突き止められたら、追加報酬もらってもいいかな」
ひとまず、明らかに感染している俺自身の端末をざっと検める。アクセスログを調べ、主原因となるデータに当たりを付けた。
「この問題に気付く前に俺がマトモに再生したのって、猫ウェイウェイのショート動画一本だけだったんだ。U-Tubeのおすすめショート動画のトップに出てきて、何となく流し見したんだよな。なんか変なもんが流行ってんだなーと思った覚えがある」
「じゃあ、感染経路は十中八九それだろうね」
「問題は、ウイルスミームはこれ一本だけなのかってことだよ」
「他の動画も改変されてる可能性はあるよね。そもそものCMがやられてる可能性も完全には否定できないし」
Peketterで誤購入ポストをしていたユーザーの感染源を突き止められれば一番早いが、俺の立場で情報を得るのは難しいだろう。
せめて、感染者たちに共通点を見出せないだろうか。
U-Tubeの猫ウェイウェイ動画を今一度リストアップし、その投稿時期と感染者のポストの時期とを照らし合わせるなど、あれこれやってみて。
「いやキリがねえな」
気分転換に夜食でも食おうかと冷蔵庫を開ければ、四本のフェアリーストロングが並んでいる。
そう、今はこれを確かに認識できる。
買い物に行った時には、カゴに入れたことすら気付かなかったのに。
「どうにも気持ち悪いよな。自分の認識外のことがあるってのは」
サブリミナル、と頭の中で反芻する。
人が何をどう認識するのか、イヤーカフ端末の骨伝導システムを利用すれば、コントロール可能かもしれない。
流行りのメディアに仕込んだら、民意を煽動することすらできてしまうかも。
「念の為に大元のCMのデータが欲しいところだな。サイバー攻撃的な何かがあったかどうかとかも確認したいし。直接出向くかぁ」
「それがいいと思う。井原社長や社員さんから話も聞けるだろうしね。円滑に物事を進めるには、コミュニケーションも大事だよ」
井原氏にアポイントを取ろうと端末画面を立ち上げると、スターりんが顔を出した。
『アキトさん、ダイレクトメッセージの作成をお手伝いいたしましょうか?』
「えっ?」
『わたくしも何かアキトさんのお役に立ちたいのです。気分が落ち込んだ時や盛り上がりたい時など、ダンスをお見せすることもできますよ』
流行り廃りの激しい世間では、パンダミームもそろそろ下火だ。多くの人がこの緑色のパンダを忘れようと、スターりんは俺の端末の中に居続ける。
「うーん、じゃあ、DMの文章チェックをしてもらおうかな」
『承知いたしました!』
スターりんは、どことなく嬉しそうに見えた。
「……まあ、やれるとこまでやるか」
DMの送信後、俺はまた膨大なデータと向き合い、分析を再開した。




