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2-3 猫ウェイウェイミーム

 広大なサイバーシティの中。妖しげなネオンの煌めく区画の入り口付近。雑居ビル群の一画。

 どことなく薄暗いトーンでデザインされたエリアには、人影が少ない。人影というか、アバターの姿が。

 俺はこの光景を、イヤーカフ端末で視界に浮かび上がらせたMR(複合現実)の画面で眺めていた。


 仮想空間メタバースOlsis(オルシス)〉。俺がいつも仕事を受けている場だ。


 一般企業が居を構えるビジネスエリアはもっとオープンでクリーンな雰囲気だが、俺のようなしがないフリーランスにとってはちょっぴりアングラな雰囲気のこのエリアが落ち着く。

 いや、もちろん仕事自体は全部合法でやっているわけだが。

 ショッピングエリアにも程近いためにアクセスが良く、個人で依頼に来るお客さんにも「それっぽくて良い」と好評だ。得体の知れない『怪奇現象』の調査依頼をするという非現実感を、サイバー体験できるのだそうだ。


 俺が間借りしている事務所スペースには今、さまざまなSNSや動画アプリから引っ張ってきた『フェアリーストロング』にまつわる情報がクリップしてある。

 オレンジ色のアライグマの姿をした俺のアバターは、その空間の真ん中で待機状態だ。


 Olsis内で誰でも閲覧できる掲示板に、俺はある書き込みを載せていた。


【フェアリーストロングのCMによる異常、またはパロディミームによる異常の情報求む——オータムAIサービス】


 現在、この書き込みを見た()()()からの連絡待ちなのである。

 もちろん自分に起きている問題だけを解決してもいいわけだが、どうせなら金になる作業をしたい。


 現実世界の自宅でまったりタバコを蒸す俺の周りを、メメがふわふわホバリングする。


「アキト、これだけの書き込みで本当に()()()もの?」

「このところの俺、『デジタル怪奇現象』を解決する人としてそこそこ名前が売れてきたわけじゃん」

「まだ知る人ぞ知るレベルだと思うよ」

「そんな俺がフェアストのミームを調べてるんだ。あのCMを利用して何かしらを仕出かそうとしてる誰かさんは、何某なにがしかのアプローチをしてくるんじゃねえかと思うのよ」


 ブーン……と、メメのプロペラ音が響く。


「何もリアクションなかったら?」

「別の手を考える」

「逆に地雷踏んで消されたら?」

「それはそれでビンゴでしょ」

「この書き込みのことじゃなくて、物理的に消されたらってこと。アキト自身が」

「……そんなことある? 缶チューハイのミームごときで?」

「まあ一応ボクも警戒はしとくけどね」


 起こるかどうかも分からない想定は、ひとまず頭から追い出す。

 何にせよ俺自身に害が及んでいることは確かなので、できることからやっていくだけだ。

 

「じゃあ、フェアストミームの変遷について、ざっと確認しとこうか」

「了解!」


 メメがくるりと宙返りする。


「まずは元ネタ。『フェアリーストロング』が発売されたのは半年前だけど、あのWebCMが始まったのは三ヶ月ほど前だね」


 U-Tube(ユーチューブ)が展開し、CMが再生される。


『フェアリ〜〜ストロ〜〜〜〜ング! 飲もーぜウェイウェイ! 飲もーぜウェイウェイ! いますぐー? いっとくー! 飲もーぜウェイウェイ! ガツンとすっきり空飛ぶストロングチューハイ、フェアリーストロング!』


 赤一色の背景の中、リアルタッチの黒猫のキャラが踊る。耳に残るフレーズと共に、映像的にもインパクトの強いCMと言えるだろう。

 この猫はWebCMオリジナルのキャラクターであるらしい。


「……つーか俺、このCMマトモに再生したの初めてかもしんない。いつも飛ばしてたから」

「実はこのCM、最初はあんまり評判良くなかったんだよね。アキトも感じたように『ウザい』って声が多くて」

「でしょうね」


 特に動画の途中で切り込んでくるCMに対して、人は悪印象を抱きやすい。ソースは俺である。商品の広告としては悪手じゃないかといつも思う。

 現に今も、なんとなく薄目で流し見してしまっている。これ以上に悪い影響を受けても困るわけだし。


「でもある時、以前U-Tubeで流行った『にゃんこミーム』の『飲もーぜウェイウェイ』バージョンが作られ始めた」


 『にゃんこミーム』とは、猫の画像の切り貼りを使って日常のちょっとブラックなネタをやる、ショート動画の総称だ。


「従来のにゃんこミームのネタのラストを、『飲もーぜウェイウェイ』で破れかぶれ気味に締めくくるっていうパターンね。通称『猫ウェイウェイミーム』。にゃんこミームの変形バージョンとしてリバイバル的にブームになってる感じ」

「それ、俺のおすすめTLタイムラインにも流れてきたわ。U-Tubeでハネると強いよね。小学生が見るからさ」

「それがここひと月くらいの動きだね」


 繰り返しのフレーズというのは、子供にウケる一つの定番だろう。

 ミームはもちろん、ヒットソングなどにも当てはまる。

 スーパーで見かけた男児たちのように、保護者のストレスになるくらい同じ言葉を鬼リピするパターンだ。


「こういう流行り方すると、元ネタ知らない人も意外といたりしてな」


 かくいう俺も、CMよりミームをよく目にしていた自覚があった。


「缶チューハイが売れ出したのって、WebCMが始まってから?」

「というよりミームが流行り出した辺りからかな。発売後しばらくはあんまり話題になってなかった。あのCMだって、最初は評判悪かったくらいだし」

「こういうのって著作権的にどうなの?」

「CM自体は『映画の著作物』に該当するけど、短いフレーズやキャッチコピーの著作権については創作性があるかどうかで決まるよ。ありふれた表現であれば、著作権を有しないと判断されることが多い。今回は結構グレーだと思うけど、むしろパロディミームになったおかげで商品が売れたようなもんだから、ユウヒ飲料側は微妙な立場だろうね」

「まあ確かに、下手に問題にするより乗っかった方が賢いかも」


 元ネタとはいえ流行のパロディに苦言を呈することで、逆に評判が落ちるリスクもある。


「でも、売り上げが伸びたのは、俺みたいに『知らずに買わされてた』人がいるせいかもしれない」


 そうなると、CMかミームのどちらかに何かしらのプログラムが仕込まれていると推測できる。


「やっぱり問題は、ユウヒ飲料が初めからCMにそういう仕掛けを施してたのか、ミームが流行ったのに便乗して後付けで改変プログラムを仕込んだのかってことだな」

「誤購入に関する投稿がここひと月くらいだから、後者の可能性が高いかもね」


 ネガティブなポストのインプレッションが下がるようにPeketter(ペケッター)側へ手を回すことも、ユウヒ飲料ほどの企業ならば可能だろう。

 何にせよ、悪質な販売戦略だ。


 Olsisで動きがあったのは、掲示板にメッセージを掲載して数時間後。

 ピコン!と通知音が鳴ると共に、端末画面の片隅から緑のパンダが現れた。片目の模様は星形だ。彼は涼やかなテノールで告げる。


『アキトさん、Olsisから通知が来ましたよ』

「了解。スターりん、展開してくれる?」

『お安いご用でございます』


 元変異パンダミームだったスターりんは、お馴染みの腕振りダンスを一フレーズ分踊った後、優雅なターンとともにOlsisアプリのアイコンをタップした。メールを運ぶピンクのクマならぬ、通知を運ぶ緑のパンダなのである。

 画面が切り替わり、俺の事務所が映し出される。


「……お?」


 オレンジ色のアライグマのアバターの前に、誰かいる。青色の犬のような動物のアバターだ。来客らしい。

 青い犬から、チャットの吹き出しが現れた。

 

『オータムAIサービス様、突然のご連絡失礼いたします。イハラプロモーションの井原と申します』


 誰。

 ひとまずチャットに応じる。


『こんにちは。オータムAIサービスの安藤と申します。どのようなご用件でしょうか?』


 はたして、青い犬はこう答えた。


『安藤様が掲示板に出されたメッセージを拝見しました。()()()()()()()ユウヒ飲料『フェアリーストロング』のWebCMに関することで、ご相談したいことがございます』

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