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高校一年 春
時系列が分かりやすいように(主に自分が)前書き欄に記載することにしました。(秋人視点です)
引き続きよろしくお願いいたします!
「あのー、津久見さん、一体どこへ……?」
「いいからついてきて」
辺見さんの光への恋を応援することになった翌日の放課後、津久見さんは一瞬だけ俺の席までやってくると、十五分後に体育館へ来るようにとだけ伝えて去って行った。なぜ十五分後なのかは分からなかったけど、言われた通り教室で少し時間をつぶしてから向かった。すると既に到着していた津久見さんは「時間ぴったりだね」と言って笑った。
中へ入ると、バスケ部員達がキュッキュッと床を鳴らしながら練習に励んでいた。ちょうど練習試合中のようで、壁沿いには十数人ほどの女子たちが黄色い歓声をあげている。そんな、俺には何がなんだかわからないほどの熱狂に包まれる中には、光の名を呼ぶ声もあった。
津久見さんはその横を慣れた様子ですり抜けると、壁伝いに体育館一番奥まで歩いて行った。そして迷うことなくその扉を開けると、更にその中にある階段を上がっていく。部外者が入っていいのかすらも分からなかったが、とにかくついていく以外の手段はなかった。階段を上がった先の小さな扉を開けると、体育館の二階といっていいのか分からない、ぐるっと館内を囲むようにして続く通路の一番端に出た。
「ここからが一番よく見えるから」
「はあ」
果たしてこんなところまで来る必要があるのかと思ったが、通路の柵の間から見下ろしてみると、なるほど確かにこれなら部員や女子たちの様子をまとめて窺うことができる。先ほどは気付かなかった女子たちの中に辺見さんの姿を捉え、その反対側の壁沿いには待機している部員たちの姿もあった。知っているクラスメイトの顔もいくつかある。
──それにしても、バスケ知識ゼロの俺から見てもかなり白熱した試合が繰り広げられており、思わず目を奪われてしまう。もし光に誘われた時にバカ正直に一緒に入部していたとしたら、俺は一体どうなって……考えるだけでも身震いがする。
「由紀ちゃん、バスケ部の練習がある日……っていってもほぼ毎日、こうやって応援に来てるみたいなんだ」
「え、ほぼ毎日?」
「部活動自体は週四って言ってたかな。でも朝練とか自主練とか。土日は試合だし」
「へぇ……すげえ」
「でしょ? それに、光、期待されてるんだって」
「き、きたい?」
下にいる生徒たちには確実に俺たちの会話は聞こえないのに、津久見さんが突然囁くように言うのでつい声が震えた。彼女はそのまま続ける。
「光って中学からバスケやってるんだって。それで実力もあって、あの人柄でしょ? 既にもうファンがついてて、できるだけ応援に参加しないとなんだって。由紀ちゃんが言ってた」
「ふうん……」
正直、現実味がなさすぎる話で何も言えなかった。陽キャだとかそんな言葉で片付けてしまうのも申し訳なくなるくらい、光は今高いところにいるんだろうな。それでいて俺みたいな奴とも仲良くしてくれるなんて……いや、本当はそんな考え、捨てたい。
「どしたの?」
「えっ……あ、いや、光ってやっぱすげえんだなぁって思って」
「ふふ。そうだね。本当にすごいと思うよ」
「……それでさ、俺みたいな奴とも仲良くしてくれるのって、未だに本当信じられないっていうか」
「え?」
あ。やばい。つい口から出てしまった。
よりにもよって津久見さんにこんなこと……陰湿な奴だって、思われるに決まってる。
「えーっと、だからつまり」
「光、戸田くんのこといつもめっちゃ褒めてるよ?」
「え?」
「私が戸田くんと話したいって思ったのも、光がすげえいい奴ってアピールしてきたからだし」
「え……? なんで……」
「俺みたいな奴となんて言ったら、光、怒るんじゃないかな? 実際私も昨日初めてちゃんと戸田くんと話して、確かにすげえいい奴! って思ったし」
ふふっ、と津久見さんが笑みを漏らしながら言ったその横顔に、顔が熱くなる。ここは真夏の太陽の下かと錯覚するくらい。……でも、嬉しかった。すげえいい奴って、そんなこと言われたら、誰だって嬉しくなる……よな?
その時、試合終了の笛が鳴り、部員たちが汗を拭いながら体育館の端にはけていった。その瞬間、固まって応援していた生徒たちが一気にその方向へ流れていった。その熱気に思わず俺たちも視線を向ける。
他の生徒たちに紛れ、辺見さんも光にタオルを差し出した。光は嬉しそうにそれを受け取った。辺見さんの顔は真っ赤に染まっている。そして驚いたのは、光はタオルや飲み物、差し出されたものを一つ残らず受け取っていることだった。
確かにこの状況なら、辺見さんが熱心に応援に通うのも頷ける。
「由紀ちゃん、嬉しそう」
「うん」
その時ふと、一つの疑問が浮かんだ。
なぜ津久見さんはあの中ではなく、ここにいるのかということ。光だけじゃなくて、バスケ部には二年、三年も含めると本当に、誰が見てもすげえなって思うような人たちがたくさんいる。
入学してから誰に告白されてもOKを出さない津久見さん。やはり好きな人なんていないってことなのだろうか。そう思って、気づいたら口をついて出た。
「あのさ」
「うん?」
「津久見さんって、好きな人、いるの?」
なぜこのタイミングで聞いてしまったのか。
ずっと気になっていたことではあるけど、やっぱり知りたい。目の前ですごい試合を見せられて、光のすごさも再認識したうえで、彼女は誰のことも見ていないのだと、本人の口から聞きたかった。つまりは欲が出たんだ。誰かが彼女のことを好き、なんてのはどうでもよくて、彼女が、どうなのか。そしたらきっとなんでもないことのように「いないよ」と答えるだろう。だって、そうでなきゃ俺は──。
「いるよ。絶対に付き合えないけどね」
一瞬驚いたような顔をした津久見さんが、少し悲しそうに目を伏せて、冷めやらぬ熱気にかき消されるくらいの小さな声で呟いた。




