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高校一年 春
津久見さんが絶対に付き合えない? 果たしてそんな人、存在するのだろうか。言わずもがな津久見さんは可愛くて優しくて、そんなのは誰もが認めていることだ。だとしたら考えられる相手は、例えばめちゃくちゃ年上とか……いや、年下か? 好きなアイドルか俳優がいて、実は日夜推し活でもしていたりするのだろうか? どれもこれも可能性はゼロじゃない。だってこの津久見さんなんだから。
「戸田くん、見て」
必死に頭をフル回転させて考えを巡らせていたが、当の本人の言葉に我に返った。どうやら次はシュート練習が始まったらしい。先ほどの歓声とまではいかないが、辺見さんを含む応援組は必死にその様子を見守っている。
「……どう思う?」
「え? どうって?」
「もう! 光と由紀ちゃんのことだよ!」
「あぁ……」
正直今それどころじゃないけど、光と辺見さんを交互に眺めてみた。
「……光は、気付かないんじゃないかなぁ。辺見さんの気持ちに」
「……だよね」
「今はバスケ一筋って感じ。そんな余裕ないんじゃないかって気がする」
「だぁよねえぇ……」
その後もそんなたわいない会話をしながら練習をこっそり見学した。しかし今後どうしていくのが良いかという案はお互い特に浮かばず、今日のところはひとまず解散することになった。まぁ、普段教室にいるだけでは気付けなかった辺見さんの光に対する真っ直ぐな気持ちは知れたし……光も、ある意味まっすぐではある。まっすぐすぎて、周りがついていけてないようなそんな感じ。そしてたどり着く感想は結局、光はすげえ奴ってことだった。
「付き合ってくれてありがとね。とりあえず二人の雰囲気とか見てもらったほうがいいかなーって思ったんだけど、作戦が何も浮かばなくて」
「いやいや、新鮮で楽しかったよ。それにまぁ……あれだ、俺から光、ちょっと探ってみる。好きな人とかそんな考え自体、あいつにあるのかすらわかんないけど」
「うん! ありがとう。私も由紀ちゃんにもっと話聞いてみる。じゃあ、また明日ね秋人。私、まだ学校でやることあるから」
「おう。じゃあ……え?」
ひらひらと右手を振ると、津久見さんは校舎に向かって颯爽と走って行った。あまりにナチュラルすぎて咄嗟に反応することができなかった。今、下の名前で呼ばれた……?
そして俺はそこから家に帰るまでの間も、帰ってからも、そのことを噛みしめ続けた。
でもただ素直に喜ぶだけじゃいられなかったのは、”津久見さんに好きな人がいる”という事実を知ってしまったからだった。自分から本人に聞いたくせに、一番嫌な返答だった。そして恐らくそれを知っている人間は数少ない。ただでさえ噂というものは嫌でも耳に入ってくるものだが、俺の場合、なぜかやたらと光が津久見さんの周辺の事情や、特に告白されたなんて話を報告してくる。しかしこれまで、その中に彼女に好きな人がいるとかそんな話は一ミリもなかった。つまりは、もしかしたら光すらも何も詳細を知らないのかもしれないのだ。
ろくに口止めもしないまま、なぜ津久見さんは正直に答えたんだろう。俺の咄嗟に出てしまった、ある意味ただの興味本位ともとれる単純な質問に、本来の彼女なら「いない」と答えるのが無難であって、そうすれば「ふむ、やっぱりそうなのか」で終わる話だったと思う。たぶん。
考えれば考えるほどわからなくて、そうしているうちに思考が巡り、去り際に下の名前を呼ばれた事実を思い出してにやついた。こんなのただの気持ち悪い物体に過ぎないが、さすがに頭がバカになっていてもおかしくないだろう。今日は色んなことがありすぎた。
そしてさらに夜が更けていくごとに思考はぐるぐると巡り続け、最終的にあれは夢だったんじゃないかと思い始めた。でもそれをすぐに確かめる術なんてあるわけもなく、その事実に謎に落ち込みながら、俺は翌朝いつも通り登校した。
「秋人、おはよう~」
そして津久見さんは、元々それが当たり前であったかのように挨拶をした。
そんな彼女の姿を見て、一つ思ったことがある。俺は彼女に対して多くを望むことはしないほうがいいということ。この先俺はどんどん津久見さんのことを好きになっていくだろうが、結果はもうわかっている。それなら行動には移さないほうがいい。このまま彼女のことを少しずつ少しずつ知っていき、そして、せめて彼女が心を許せる存在になれたら。そこに恋愛感情はなくてもいいと思った。まだ眠たげで俺の考えていることなんて知る由もない彼女を見つめたが、窓に叩きつける強い雨音が、それを遮るように何度も何度も俺に刺さり続けた。




