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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第四粒 ルイトポルト、貴族学院へ ~春季(はる)~

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【153】弓術大会Ⅳ

 一人、また一人。去っていく。


 残り十人。


 残り八人。


 残り四人。


 残り三人。


 残り――二人。


 未だに弓を持ち、的を狙う立場に立っているのは、真逆の容姿の男たちだった。


 立派な体躯の、赤い髪の男。

 プロェルス・ビーフブラッドルビー子爵。


 そして少し距離を空いた場所に、片目を眼帯で覆った、隻眼の……それ以外は、平民的な容姿の男。

 ルキウス。


 前者は相変わらず、安定して的の中心を射続けていた。

 後者は、先ほどより更に安定性を欠き、中心からはそれながらも、的には矢が当たっていた。


 先ほどまではあれほど盛り上がっていた会場は、段々と静かになっていく。


 選手の間に言葉はない。審判も、淡々と、どちらかが外すまで、的を時折変えながら、また一巡を開始する合図を出している。


 矢が放たれる。的に当たる。矢が放たれる。的に当たる。矢が放たれる。的に当たる。矢が放たれる。的に当たる…………。


「…………」

「…………」


 誰もが声を出さなくなっていた。おっ、という咄嗟に漏れる声すらない。


 ――いつどちらかが外すのか。

 ――状況からして、恐らく負けるのは隻眼の男(ルキウス)の方だろう。

 ――でもいつ外す?


 そんな視線が注がれているが、ルキウスはただただ、機械のように、プロェルス・ビーフブラッドルビー子爵の次に矢を放ち続けていた。

 片方しかない瞳は、ぶれる事なく的を見ている。

 口は堅く結ばれ、ずっと開いていない。

 少しの足踏みすらしないまま、始まってからずっと、同じ位置に立ち続けている。

 ずっと太陽に当てられているからか、緊張からか、顔や首元には、汗が流れ続けている。


 矢が放たれる。的に当たる。矢が放たれる。的に、当たる。


 二人だけになって、交互に矢を放った回数が五十を超えた頃、立ち上がった者がいた。


 主催者である、ピジョンブラットルビー伯爵その人だった。


「止めよ」


 と審判に指示を出すと、彼は前に進み出る。全体からの視線が注がれる中、伯爵はプロェルス・ビーフブラッドルビー子爵とルキウスの二人を見つめた。


「どうやら、大会規定に手を加えねばならぬようだ。どちらかが外すまで続けても構わないが、このままでは百、二百と続いてしまうかもしれぬ。我はそれでも良いが、結末を見届けたいと願う者の中には、そうではない者もいるだろう」


 ちらりと視線が、ルビー侯爵家やほかの二つある伯爵家の方に向いた。


 どこの家かは分からないが、どうやら、時間に追われている家があるようだと、ルイトポルトは気が付いた。

 重要な招待客にそうした者がいなければ、この後も永遠と二人の男が矢を射続ける現場を見るだけの大会となっていたかもしれない。

 あるいは伯爵は、段々と冷え始めた大会の空気に懸念を覚えたのかもしれない。途中までの熱気は大分離散し、中には「いつ終わるんだ?」「安定性をとって、プロェルス卿が優勝でいいのでは?」なんて雰囲気になっている者たちがいるのが、ルイトポルトにも分かった。


 最後まで的に当てられ続けた者が優勝。


 そう銘打っている以上、早々に条件を変えては、不満も出る。

 だが、もう、二人きりになってから、一人が矢を射た数は五十を超える。二人合わせたら、百を超える回数だ。


 その回数を見続けるには、矢を射るという動作は動きが少ない。

 数回で結果が出るならば高い集中力で見れるが、終わりが見えないまま続いてしまっては、飽き飽きする気持ちになるのも、当然だった。

 ノイバーも、飽きてしまったようだ。今は椅子に座り、美味しそうに、持ち込まれた焼き菓子を食べている。


「そこで――参加者に提案する。規定の変更を」

「構いませんぞ! どのような規定となろうとも、優勝いたします」


 プロェルス・ビーフブラッドルビー子爵が堂々と言い切った事で、久々に、オオオッ、という歓声が沸いた。


 伯爵の赤い血のような瞳が、ルキウスにも向けられる。ルキウスは弓を下ろしたまま――いつでも矢を放てるように、構えていた――呆然としているようだった。


 二秒の間をおいて、ピジョンブラットルビー伯爵の視線が移動する。


「――ブラックオパール伯爵家の皆さま方」


 距離があるのに、声はハッキリと聞こえた。


「よろしいだろうか?」


 ルイトポルトはインゴの顔を見上げた。


「ルイトポルト様が判断なさいませ。あれ(ルキウス)は、貴方様の侍従見習いです」

「分かった」


 ルイトポルトは柵のすぐそばまで進み出て、高い位置にいるピジョンブラットルビー伯爵を見上げた。


「問題ありません。我が従者ならば、どのような形であれ、成し遂げてくれるでしょう」


 若い主人の言葉に、ピジョンブラットルビー伯爵はニヤリと笑った。カールフリートによく似た笑顔だった。


「では、新たなる規定の再決定まで、しばしの休息時間を設ける!」


 こうして大会は一時中断される事となった。


 中断時間――観客にしてみれば、何もする事のない時間だ。中には少し所用を……と言い、生理現象の解決に行くものの姿も多くみられた。先ほど、百回を超える試合を見せられた後なのだ。また伸びてしまったら大変だ、と考える者がいるのは当然だっただろう。


 選手たちはというと、ピジョンブラットルビー伯爵家が、休息の為の場を用意していた。試合会場の壁側、影が出来ている場所に椅子が用意され、水や軽食まで用意された。流石の手際の良さである。


 プロェルス・ビーフブラッドルビー子爵は移動して椅子に座ると、水を呷るようにして飲んだ。水分補給を怠ると大変な事になると、彼はよくよく知っていた。

 一息ついた所で、歴戦の騎士は、視線を試合会場に向ける。



 そこには未だ、ルキウスが一人、立っていた。

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