【152】弓術大会-観覧席にてⅢ
ピジョンブラットルビー伯爵家
※4章が予想以上に長引いている為、章の区切りを変える事にしました!
それに伴い、タイトルが「一年目」より、「~春季~」に変更されております。
ピジョンブラットルビー伯爵は、主催者として、立派な椅子に座していた。とはいっても質実剛健の極みのようなルビーの血族の人間が作らせた椅子なので、豪奢な飾りなどがついている訳ではない。良いものを使い、立派な椅子を作ったというだけである。王都によく出入りする流行りにうるさい貴族からすれば、何も凝っていない、つまらない椅子に見えるだろう。しかし、ルビーの人間にとっては、これで十分であった。
すべての試合を、歓声を上げるでもなく見つめていた伯爵は、己の隣に立っている息子に声をかけた。
「意外と保っているな、ブラックオパールのヘークレスの寵児は」
父親の言葉に、カールフリートは頷いた。
「はい、始まってすぐの頃は、あまりに緊張しているようで、すぐ脱落してしまうかと心配しましたが」
カールフリートは残っている参加者たちを見下ろす。
あれほどいた人間は、もう、見知った顔しか残っていない。あと三巡、いや二巡もすれば、出番を待つ者はいなくなり、あとは全員、ひたすらに矢を射るだけのターンになるだろう。
残っている者は皆、他の大会でも上位に来るような、実力者ばかりだ。ルビーの血族であれば、聞いたことがあるだろうという名のある者たちばかり。
その中で唯一、ルキウスだけが、ルビーとは無関係の人である。
「とはいえ、どこまであの状態が保つか」
「ルキウス卿なら問題ありません」
「言い切るな」
父から視線を向けられ、カールフリートは口角を上げた。
「ええ。彼はオレの誘いを即座に蹴るほどの忠義者です。忠誠を向ける主君からの期待に、応えるでしょう」
「随分高く買っている」
「自分でも不思議に思います。はく製は確かに立派なものでした。とはいえ、実力を直接見た訳ではないのに……直観的に、彼はルビーの者として、尊敬に値する者だと感じたのです」
直接剣を交わし、互いの実力を認め合う。そんな話は、ルビーの中では大量にある。
ルビーの人間の間では、『力』は、時に爵位より重要視される。
カールフリートとルキウスは、そういう事をしあった訳でもない。なんなら、ルキウスが矢を射ているのを見るのは、今日が初めてだ。
だというのにブラックオパール伯爵邸で自分の誘いをきっぱりと断りを入れた姿を見た時から、カールフリートは彼を尊敬し、「ルキウス卿」と呼ぶに値する人間であると認識していた。
息子の言葉に、伯爵は目を細める。
「彼は、お前の尺度にはまったのだろう」
重要視される『力』がどういう形をしているかは人それぞれ。そして相手の力を認めるかも、また、人それぞれ。絶対の指針というのはない。
ピジョンブラットルビー伯爵は息子の目に理解を示し、それから、試合の場を見下ろした。
一巡が終わり、ついに参加を待っている者はいなくなった。
また一巡。相変わらず、一番手のプロェルス・ビーフブラッドルビー子爵は、綺麗に中心の赤い丸を射貫いている。
安定しており、撃った後に観客に視線や、手を振る余裕もある。有名な分、彼を直接的に応援している観覧席の者も多い。
ルキウスまでの人間が一人ずつ矢を放っていく。そしてまた、ルキウスの番が来て、相変わらずの早打ちが放たれる。
(よくもまあ、あそこまで早打ち出来るものだ)
と、カールフリートは感心した。
今回は、赤い丸の端に刺さっている。
カールフリートは剣が得意だ。槍をはじめとしたその他の武器も勿論人並み以上に扱えるが、弓に関しては、あまり自信がない。
それでも弓術に触れた事があるので、番えたかと思った瞬間によく放てるな、と感心出来た。しかもそれが、しっかりと的に当たっている。自分が同じことをしたとしても、そもそも的に当たるかも怪しいと思ってしまう。
(今回が早打ち大会だったなら、ルキウス卿とプロェルス卿の一騎打ちだな)
プロェルス・ビーフブラッドルビー子爵は落ち着いて的を狙い、安定した弓術の腕を見せているが、彼が早打ちも出来る事をカールフリートは知っている。
なんなら、放つ時の力も抑えている。彼を知っている者なら全員気が付いている。もし彼が本気で矢を射ていたならば、一射で的ごと破壊されている。
実の所、彼の的だけ、木の板の的ではなく、鉄の板になっている。そうでないと、数回ももたないからだ。
流石に、弓で的を破壊するなんて真似は、並外れたパワーも兼ね備えているルビーの血族にしか出来ない。
本当に同じ人間かと疑われるような怪力から繰り出される武術は、他国の人間からすると恐怖の対象だ。長年ジュラエル王国と争っていた他国では、ルビーの血族を指して「血濡れの悪魔」などという呼称まで生まれている。血濡れになりながら、一騎で百数、いや、数百の敵兵を切り殺した伝説がある騎士などが、時代が変わっても複数人いる事から、ついたあだ名である。
勿論そこまでの強さを誇るのはルビーの血族の中でも一握りだが、平穏な時代であろうとも力を求めるルビーの動きは変わらず、結果として、時を経てまたおこる戦争でも、そういう英雄が生まれてくる。
今ルキウスの左右にいるのは、そういう伝説を数多く持つ血族の者たち。己が次の伝説となろうという志を持ち、日々精進を続けている者たちである。
すっと、視線を移す。ブラックオパール伯爵家の席では、ルイトポルトが座っていた。先ほど力強く彼を信じると言った時とは違い、真剣な顔つきで己の侍従見習いを見つめていた。
恐らくルキウスの不安定な状況に気が付いているのだろう。
それでもルイトポルトがルキウスを見つめる瞳に宿る、強い光は変わらない。カールフリートの知らない主従の絆がそこにある。そう見えた。




