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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第四粒 ルイトポルト、貴族学院へ ~春季(はる)~

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【148】弓術大会Ⅱ

 弓術大会の仕組みはそこまで難しくない。


 求められるのは、ただただ、的に当てる技術だけ。

 その正確性を競う大会である。特殊な技術は求められていない。


 ただし、結構な数の参加者がいる以上、全員を最初から同列に扱う訳にはいかない。


 最終的に、二百人を超える参加者が集まっている。本当に、国中から弓を得意とする者が集まっているようだ。この大会で名を上げられれば、色々な所から「うちで騎士として働かないか?」という連絡が来たりするようになるという。貴族の肩書を持たない者、役職のないような者からすると、出世の重要なチャンスなのである。貴族でなく平民でも、功績を残せば召し上げてもらえるかもしれないとあり、多くの者が参加している。


 この人数が、最後の一人になるまで、ただただひたすらに、弓を射続けるのだ。


 横一列に並べられた、三十人の参加者たち。その正面にあたる場所には、人数と同じだけの的が用意されている。三十人なのは、会場の広さの都合だ。

 並び終わると、主催者たちに向かって右側の者から、順番に、弓を射る。的に当たれば、そのまま残留。外れたらその場で脱落。成功した者は一巡するまでその場で待機し、失敗した者は特に声を掛けられることもなく会場から去る事になる。

 一巡し、開いた枠に、まだ弓を射てない参加者が入る。そしてまた一巡。失敗者はいなくなり、開いた場所にまだ射てない者が入る。


 これを、最後の一人になるまで繰り返すのだという。

 すべての弓術大会がこのようになっている訳ではなく、大会によって規定(ルール)も異なるらしいが……今回は、この、単純とも思える規定で行われる事になっている。

 一応的には中心を示す赤い丸もあるが、的に当たっていれば問題ないという事になる。


 体力や集中力の面から見ても、最初の方に弓を射る側に回るより、後から出てくる方が有利に思える。

 しかし、そちらは有利ではある反面、名誉に繋がるかというと必ずしもそうではない。

 早い段階から参加する者は、体力面では不利だ。しかし、最初からずっと立ち続けている事によって、「それだけ維持する力を持つ」として、優勝できずともその後の名声も高まったりする。実際、過去には最初から弓を放ち続けた参加者が、最後には負けて二位に甘んじたものの、当時の優勝者よりも目立ったこともあったとか、なんとか。


 そういう経緯もあるからか、実力が知れているものは指名されて最初から立つ者もいれば、自分から立候補して立つ者もいる。


「おおッ! プロェルス卿は最初から立たれるようだ!」

「流石、何度も優勝経験を持たれている御方だな」


 比較的近くのルビーの騎士たちが、そんな風に盛り上がっている。視線の先にいるのは、大柄な体格の男性だ。年齢はルキウスの親と同等か、少し上ぐらいだろうか。太い首には古い傷跡が残っている。服は騎士らしい立派なものだ。布に覆われていても分かるほどの筋肉は、弓よりも剣や盾を振り回していそうな容貌だ。


 黒よりの赤髪と同色の瞳を持つ彼は、ビーフブラッドルビーという、今大会の主催の家とはまた別のルビーの一族の出である。血は高貴なもので、現ビーフブラッドルビー伯爵とはまた従兄弟の関係にあるとか。とはいえ直接的に親族に取り立てられた訳ではなく、弓の腕によってルビー侯爵家に取り立てられ、爵位を得た。



 ――なんて話が、探らなくても周囲から漏れ聞こえてくる。

 声が大きいせいだ。



 噂話を始めた者たちの言う通り、過去、数回ルビーの一族が開催した弓術大会でも優勝しているようだ。


(……こんな人たちと争うのだ。弓術でなければ、俺は即死だな)


 オットマーの言葉――弓術大会なので死人も怪我人も出ない――の意味がやっと理解できたルキウスは、自分が極める事になったのが弓で良かったとつくづく思った。実践はさておき、少なくとも今回のような大会に参加して事故死、みたいな機会はほぼないだろう。



 話が少しずれるが、ルキウスがそう安堵するのは正当な安堵と言えるものだった。

 というよりも、ルキウスの認められている技術が弓だったから、大会に参加させられた、という方がただしい。

 褒められたのが剣や槍などの技術だった場合、カールフリートから誘われたとしても、ルイトポルトたちはルキウスの参加は認めなかった。


 なぜなら、ルビーの一族が開催する武術大会の死者の発生率が高い。


 特に剣術や槍術といった、直接的に武器をぶつけ合う大会では、『怪我人は出るもの。怪我の程度(死ぬこと含めて)は本人の実力不足』みたいな扱いになっている。

 武を誇り、国の剣であり盾でもあるルビー相手に、正面切って武術を競おうとする者はそう多くない。今回は弓の大会故に他の一族出身者の姿も見えるが、剣術大会などは赤一色になるのは珍しくなかった。閑話休題。



 さて、自ら最初から弓を射ると立候補したプロェルス・ビーフブラッドルビー子爵に触発されたように、何人もの騎士たちが並ぶ。横に並べる人数が埋まった所で、的の用意がされた。


 シンプルな、丸い的だ。中心には赤色で丸が描かれている、木の板で作られた的。

 決まり上、中心の赤以外に当てても問題はない事を考えると、比較的大きな的だ。

 ただし、距離はそこそこある。遠い分、飛ばすには力が要る。


「それではすべての参加者は、横に並んで」


 審判の一人がそう声をかけた。


 名乗り出た三十人の参加者が並ぶ。


 しかし、全員一斉には放たない。打つのは順番に、一人ずつ。


「えぇ~、繰り返しますが、自分の前の参加者が弓を放ち、判定を受けるまで、次の矢は射てはなりません! 次の矢をすぐさま射ないように! 良いですね!」


 ルビーの血族だと思わせるよくとおる声で審判は何度も参加者たちにそう声をかけた。撃った矢が外れているかの判定もする関係から、全員同時には撃たないという訳だ。同時撃ちは、変な方向に飛ばした者が出た時、どの弓矢が誰の者かを精査する必要が出てくる。順番に撃てば、変なところに刺さったとしても、誰が撃った矢かは一目瞭然となるため、こうなっているらしい。


「それでは――はじめ!」


 一番手、プロェルス・ビーフブラッドルビー子爵から順に弓を構えた。一射目。問題なく的の中央に、赤い矢羽根が突き刺さる。続いて、次の人間。次の人間。これまた次の人間……と弓が放たれていく。弓が的に当たる度、観覧者たちが「お~」と言ったり「あ~」と言ったり、結構な声量で声を上げる。応援に来ているらしき者たちが名を呼んで大声をあげたりもしている。


(これは……集中が……結構……)


 熱さ故か、タラリと汗が垂れる。まだ一度も矢を飛ばしていないというのに。


 一巡し、的を外してしまったものが退場する。変わりの者が並ぶ。新しい的の準備がされる。審判の合図で、またプロェルス・ビーフブラッドルビー子爵から順番に、矢を放つ。


 あ~!


 お~!


 きゃあ~!


 老若男女の色々な歓声が、会場に響く。


 また一巡。次の者が入る。審判の合図が響く。一番手、プロェルス・ビーフブラッドルビー子爵から矢を放つ。


 なぜ声が、遠くから聞こえてくるのか。それは、ルキウスのもっと近い場所から、ドッドッドッという大きな音が鳴っていたからだ。耳の奥で直接太鼓が叩かれているかのような音が鳴っている。けれどそれで周囲の声が聞こえなくなっている訳ではない。


 また、一巡。次の者が入る。審判の合図が響く。一番手、プロェルス・ビーフブラッドルビー子爵から矢を放つ。


 それを見ているうちに、ルキウスは、段々と、音が遠くなっていく感覚がした。


 低く響く血の流れる音。

 遠くで上がる、人の歓声。

 まだ何もしていないのに、汗が顎を伝い、ポタリポタリと地面に落ちていく。


 また、一巡。

 一巡。

 一巡。

 審判の声。


 一巡。


「次は貴殿の番のようだぞ」


 誰かがルキウスに声をかけた。ルキウスは頷いた。歩いて行った。まるで吸い込まれるように、一人分空いている所に立った。


 弓を持つ。ルイトポルトから頂いた、ブラックオパールを示す素晴らしい弓を。


 審判の合図が響く。

 一番手、プロェルス・ビーフブラッドルビー子爵から矢を放つ。

 次の者。

 次の者。


 空気を切り裂く弓の音が、次々響く。


 それに対する歓声が、絶え間なく上がる。


 ルキウスの隣の人間が、的に向かって矢を放った。

 そして合格かどうかの判定が出る。審判が、ルキウスに向かって合図をする。ルキウスの番が来た。


(いつものように)


 弓をしっかりと持つ。


(いつものように)


 矢を番う。


(いつものように)


 そして構える。


(いつものように)


 そして――。




 白。




 ――最初に的を見てから、プロェルス・ビーフブラッドルビー子爵に話しかけられるまでの間の事を「思い出せない」と、ルキウスは後に語った。

 次話から、いろんな人視点風味でコロコロ変わるターンが少し入ります。

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― 新着の感想 ―
最初の順番の方が不利じゃね? と思ったらちゃんと解説があった。当て続けるのは勿論、先に立つ判断も実力の内というわけね…
 あらまゾーンに入っちゃった。  すげぇ集中力だな。
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